Ⅳ
ちょっと短くなりました....
大和がセドリックの家に居座って3日が経過した昼頃。
都市カデナの中心から少しだけ北西にずれた場所。そこに位置するのは広い王国の中で唯一存在するコロッセオ。
そこには様々な者が様々な思いでただ一つの目的を達せんと集まった。
大和勇希もその一人である。設定上義父であるセドリックに貸してもらったロングソードを腰に納め、青空に浮かぶ小さな雲を眺めながらのんびりと時を待つ。
セドリックはどうやら仕事らしく、朝のうちにどこかへ行ってしまった。大和は親が仕事に行った後、就活する人の気持ちってきっとこんなのだろうなと一人溜め息をついた。
「えー....。では就職試験の説明をするぞー」
試験官らしき男の声が聞こえて、大和は顔をあげる。
ジョリジョリと無精髭の生えた顎をさすりながらやって来た男には大和は見覚えがあった。見覚えしかなかった。
(は!?何で....?)
「まずは自己紹介をするか。試験監督を務めるセドリック・オルウェンだ」
人違いではなかった。大和は驚きを隠せずセドリックを見つめるが、当のセドリックは大和を一瞥するだけで淡々と説明を始める。
「ルールは簡単。トーナメント方式で上へと勝ち上がっていく。闘いについては特に言うことはないが、試合以外での戦闘と八百長は禁止だ。見つかり次第失格とする」
そこで「おい」と声が上がる。声の主は体長2m以上ある巨体で、筋骨隆々とした男だった。
「何だ?」
「反則技とかないのか?」
「いいや、目潰しだろうが金的だろうが別に構わんが?それに、その程度で駄目になるような奴はいらんしな」
「なっ」
アリーナ中がざわめく。
生活に支障をきたす大怪我をしてなお仕事にも採用されない、そんな恐ろしい話をさも当たり前のように言うセドリックに、それを可能にするこの世界に、初めて大和は恐怖した。
「この中には強い奴もいる。残虐な奴もいるだろう。それでも、お前らが降参するか、気を失うか、酷ければ死ぬまでは試合を止めない。それでも自分の理想の為に闘うと言うならここに残れ。それ以外は諦めて帰れ」
一人が帰れば、二人、三人と続いて去っていき、気づけば半数以上がアリーナから出ていった。
大和の心臓は危険だと伝えるかのように早鐘を打つ。
「....諦めねぇし帰りもしねぇ....」
背中に嫌な汗を掻きながら無理矢理笑う。
それを見ていたセドリックは意地が悪そうな笑みを見せる。
「どうした?震えてるぞ?」
「はっ。武者震いだよ」
そう言うといっそうニヤニヤしだして、。
昨日までの当たりのいい40代といった印象だったが、今は底意地の悪そうな印象を与えられる。一体どっちが彼の本性なのか。
「....もうこれ以上は無理だな....」
セドリックはぼそっと呟く。今回の採用試験の応募者は53人。ふるいをかけ、今は8人になった。全数の6分の1もいない。
「じゃ、試合を始めるぞー。近くの奴と適当に2人組作れー」
「そんな...」
(そんな適当すぎるノリで集まるわけ....)
「おい、そこのいかにも普通のチビ!」
(................あれれー?)
振り向けば、筋肉の壁があった。見上げればさっきの筋肉男だった。
「俺とやろうぜ!」
ハンマーを担ぎながら不敵の笑みを大和に向ける。
「いや、でも近くの人って言ったよね?1番俺から離れてたよね?」
「細かい事は気にするな!理由は1番弱そうだったからだ!」
「うわぁ....」
勝つ気マンマンの筋肉男とドン引きの大和。
「どうやら全員組めたみたいだな....それじゃあそこの1番早く終わりそうな2人組から始めろ」
挙句の果てにセドリックにすら見捨てられた大和。
そちらを睨むと普通に無視された。
リングの上には審判であるセドリックも含め3人しかいなくなった。
大和は男に向き直りニヤッと笑ってみせる。
「....実は俺は強いんだぜ?」
「ははっ。言ってろ」
「ぐっ」
強がりも一笑にふされ、涙目になる。
「では、始めっ!!」
開始の合図と共に動く。
「ラァッ!!」
「おうぁっ!?」
相手は、いきなり持っていた自身の体長の5分の3ほどのハンマーを豪快に振り下ろす。大和は横に飛び避ける。前まで大和がいた場所は剛撃によって砕け散り、凄惨たる状況になっていた。
(おいおい....。この世界の人間はどういう体してんだ!?)
「当たったら無事ではすまねぇな....」
(落ち着け....。セドリックに教えられたのは基礎中の基礎。当たり前すぎて大して学んだ事もないが、ないよりかは幾分かはマシだな....)
そして、大和はこの街についたその日の夜から昨夜まで続いたセドリックとの稽古を思い出す。
『いいかユウキ。大事なのは5つ。
距離をとって観察する事、相手の心理を読み取る事、冷静に判断する事、切り札はとっておく事そして───』
「うおっ!?」
今度は横振りで骨ごと粉砕しようとする。
相手の踏み込みが甘かったせいか後ろに飛ぶことで回避することができた。
「てめっ回想途中で邪魔すんな!!」
「はあ? 何の話だ?」
男は頭を傾げる。その動きには余裕が見て取れる。
そして、間髪入れずに鉄の塊を振り回してくる。
(まず最初は距離をとって観察する....)
確実に当たらない距離を保ちながらハンマーの速度、威力、動きのモーションを観察する。
ハンマーを豪快にブン回すものの隙は少なく、カウンターをかけようとしたらさらにカウンターをかけられるだろう。
流石に諦めて帰らなかっただけの実力はある。
(次に、相手の心理を読み取る....)
大和は、ハンマーに注意しながらも相手の表情を確認する。
やはり、どれだけタフネスだったとしても、あれだけのものを鬼気迫る勢いで振り回せば、疲れる。大方短期決戦をするつもりだったのだろう。鼻息は荒く、いつの間にか顔つきも真剣なものになっている。
(考える事として妥当なのは....適当に逆上して適当に振り回すふりをして端っこに追い詰める事か....なら)
大和は改めて構え、そして飛び込む。
「ヤケになったかッ!!」
確信したのか、今度は勝利の笑みを見せ、ハンマーも勢いを増す。
どんどんと近づいてくる鉄槌。大和は『死』が背中をよぎった気がした。
「ぉおおおおおおおおおッッッ!!!」
自身の心臓にまで響き渡るほどの叫びで恐怖を振り払う。
そして、あの言葉の続きを思い出す。
『───そして、どんな状況でも自分を貫き通す勇気だ』
その時にはもう、迷いは消えていた。
地面に剣を突き刺しそれを踏み台にして飛ぶ。
タイミングがずれ、空を切り地面を粉砕する。
「なっ!?」
奴には大和が消えたように見えただろう。辺りを見回して空中にいる大和を見つける。
大和はハンマーに着地して、もう一度飛ぶ。
「おぉぉりゃぁぁぁッ!!」
男の顔面にドロップキックをお見舞いする。バキッ、という効果音とともに2m程吹っ飛ぶ。男は地面を転がり、止まった。
一方の大和はドロップキックを加えたところまでは良かったものの着地に失敗。強かに腰を打ち付け、腰を押さえて悶絶していた。
「ぉぉぅふ....」
肉弾線になれば大和に勝ち目はない。大和は静かに筋肉野郎が立ち上がらないことを願う。
その時、男の体がピクリと動く。大和は諦めて降参の意思表示をする。
「はあ......まいっ───」
「参った。俺の負けだ」
「は?」
大和は男が降参する事とは思っておらず、素頓狂な声を出してしまう。
「残念な事に、これ以上体が動かねぇ」
ハハハと乾いた笑いをする。
「それに、俺は途中から冷静さを失ってた。だが、お前は最後まで考えるのを止めなかった」
そう言ったあと、今度はゆっくりと噛み締めるように言う。
「....俺の、完敗だ」
大和は最初は戸惑ったが、次第に身体のうちから喜びが零れ、ゆっくりと握り拳を作った。
「よっしゃ!」