Ⅰ
サブタイトルが思いつきませんでした。
そして少し変更しました。すいません。
「ゴァァァァァッ!!!」
「ぉおおおおおッ!!!」
二つの影が吠える。
一つはもう大きく、自分より一回り小さい背中を追う。
もう一つは自分より一回り大きい相手に恐れ、背中を向け走る。
「あんなんに勝てるわけねぇだろォォォォッ!!!!」
草原をがむしゃらに走り、森の中へと逃げ込む大和。今心の中は恐怖と混乱でいっぱいだった。
対して魔物は、弱った獲物を追い込んで楽しむかのように、その動きには余裕らしきものがそこにはあった。
大和は恐怖で支配されそうになった脳内を無理やり戦闘モードに切り替える。数秒後にはもう既にどうやってこの状況を抜け出すか、欲を言うなら自身のことを強者だと妄信しているあの魔物の鼻っ面を潰してやろうか、の二つだけしか考えていなかった。
大和は木の根本に飛び込む。そこには土がなく空洞ができていた。
だが、勢いがつき過ぎたせいで肉が石に引っかかり、左の脇腹がパックリと裂ける
「だっ!!?」
左の脇腹を右手で押さえる。が、出血は止まらない。
うっすらとぼやけた視界の中、大きな獣の前足が中にいる者の胸を抉ろうと激しく動かしている。
それをみた大和は笑みを浮かべる。
「ははっ....そんなんじゃ届かねぇよ、ハイエナ野郎」
しばらくして諦めたのか、大きな前足は穴へと戻っていった。
「ふぅ........ん?」
大和は安堵のため息を漏らす。
が、奴もすぐには諦めてはくれなかったようだ。
大和は何かが焦げる匂いを微かに感じ、すぐに穴から抜け出す。
振り返れば、今までそこにあった木は炎に包まれ、数秒のうちに全て灰になっていた
「何だ....あれは....?」
大和はその犬の口から放たれる火炎に目を見張る。
どんなことがあっても生物の口から炎なんかが出やしない。
例えばもし、あの体の中に可燃性物質があってそれを引火させて吐き出しているならば。
それでもありえない。あの炎はまるで火柱のように高出力で発射されていて、長く持続している事から可燃性物質を供給したまま引火させている事になる。
例えるなら、ガソリンを供給している状況下で車のエンジンを付けるようなものだ。
リスクが大き過ぎる。大和は自分の想像を即座に否定する。いつ爆発するか分からない体の構造なんてする訳が無い。だとすれば考えられる事は一つしかない。
「魔法....ッ!?」
今まで生きていた世界の常識は通用しない。
それを感じ取った大和は身震いをする。
今まで標的を隠れていた木に炎を使う事によって炙り出した魔物は今度こそ勝利の雄叫びを上げる。
そして標的の喉を噛みちぎろうと飛びかかる。
魔物にとっては0.1秒の事だったかもしれないし大和には1分の出来事だったかもしれない。実際には2秒。だがその2秒で事が大きく変わった。
大和は父親と母親のことを思う。
彼が生まれた時から今に至る前まで、耳にタコが出来る程言われ続けてきた最初で最後の約束。
だが、大和はその約束を守れず、ここで死ぬ事になる。
(父さん、母さん、……ごめん。でもせめて───)
彼はこの2秒間のスローモーションの中で、押さえていた脇腹から右手を離し、拳を握る。
(───せめてヤラレっぱなしで終われるか!!)
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
玉砕覚悟で放った拳は魔物の鼻に突き刺さる。
次の瞬間、自分より一回り大きい体がスーパーボールが横に跳ねたように吹っ飛ぶ。いくつもの木を折ってもその勢いは止まらず、巨木にぶち当たってようやく止まった。
「何で!?」
開口一番、大和は驚愕する。
「え....何で....?」
右手に問いかけるが勿論返事は返ってこない。
「何でぇぇぇ!!!?」
◆
ここグラトール村はウォル大草原の中にぽつんとたつ村である。
その村娘メルはぽけーっと村の入口を眺めている。そしてふと思う。
「いつになったら自由に遊びに行けるようになるのかなぁ....。あっ!また口に出ちゃった」
彼女はしまった!っと言う感じで口を両手で塞ぐ。
退屈だと分かっていながらも村の入口を眺めていると、こちらに走ってくる影が見えた。
その影は必死にこちらへ走ってくる。
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
その正体は灰色の髪の少年。顔は信じられないものを見てしまったかのような驚愕で歪んだ顔。その顔をこちらに向けると
「この世界は何だ....?」
などと質問を投げかけてくる。困惑しながらも落ち着かせるために家に招待することにした。
「と、取り敢えず家来ない?」
それを聞いた少年はまじまじとメルの顔を眺めると、一呼吸おいて返事が返ってきた。
「あ、ありがとう....」
ローム宅。
大和は多少落ち着いたものの未だにあの感触が忘れられず、連れていかれた家の部屋の隅っこで未だ状況整理を続けていた。
その時、視界の端に白い何かが映り大和は顔を動かす。
「はいこれ」
差し出されたのはカップ。受けとれば暖かい感触が手一杯に広がり、懐かしい香りがした。
恐る恐る飲んでみると、いつも飲んでいるものよりは癖があるがちゃんとした牛乳の味がした。
「落ち着いた?」
大和はこくんと頷く。
「私の名前はメル!あなたは?」
メルという少女は明るく話しかける。ピンク色の髪を短めに切っており、笑顔が似合う。服装に関してもいかにも村娘という感じだ。
大和は観察しているのがバレないように即座に返事する。
「....大和勇希....」
すると、間髪入れずに質問がとんできた。
「ユーキ...ねぇ...さっき何があったの?」
大和は口を開くが、すぐに口をつぐんだ。
どう説明すればいいかわからない。何から話せばいいのか。悩めば悩むほど唇が重たくなる。
「ねぇ」
「自分でも何が何だか分かんないんだ....」
「....?」
メルは首を捻る。
「良く分からないが。何も持ってなかった筈の俺が、何故か撃退出来たんだよなぁ....」
「....撃退したって....何を?」
「分からない。あんなやつ初めて見たから」
「特徴は?」
「犬のような奴で俺より一回りも大きかった。身のこなしは軽くて火を吹いてた。それと体毛は黒だった」
大和が喋れば喋るほどメルの表情が険しくなっていき、そして言葉を発する。
「炎狼.......!!!」
「かと....?」
大和が尋ねるとメルは頷き説明をはじめる。
「モデルは中国の神話の『火を喰らう獣』らしいよ」
「中国...?」
その言葉でハッとなり、慌てて取り繕う。
「この世界の中心にある国!だから中国なの!」
「ふーん....」
そんな国があるのかと大和は声を漏らす。
「ふーん、じゃないわよ!草原の主的存在で、何人束になったって勝てない相手よ!それをあなたはたった一人で、しかも何も武器なんて装備してないのになんでアレを殺せるのよ!?」
少女に迫られ、大和は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「....ら、ラッキーパンチ....??」
向けられるのは懐疑的な目。さっきまで明るかった少女が今じゃ睨んでできている。人間って怖いなぁ、と実感した。
「....信じられないから保留ってことに───、」
バンバンバン、と誰かがドアを壊さんほどの勢いで叩く。
メルはドアの方に向かい、ドアを開ける。
「大変だぁ!!」
「どうしたの?」
「虎王兵団が来た!!」
こおうへいだん?
「っ!!すぐに行くわ!!」
そしてすぐに部屋に戻ってくる。
「ここで待ってて!!」
「こおうへいだんって何だ?」と、大和が尋ねると、少女は捲し立てるように説明する。
「詳しくは知らないけど、危険人物や魔物を駆除したり、護衛をしたりする集団のことよ!!」
危険人物という単語にドキリと心臓がはねる。
「へ、へー」
大和には心当たりがあった。いや、最早心当たりしかなかった。
「じゃあ、すぐ帰ってくるからー!!」
少女はそう言い残すなり、どこかへ行ってしまった。まさに風のような動きだった。
「虎王兵団....。危険人物....」
大和は身の危険を感じ、すぐさま入口のドアに手を掛けた。
村の入口。
そこでは数十人の村人が4人の武装した人達と向き合っていた。
「村長!来てくださったか!いやぁ、てっきり若いもんに任せて寝てるもんだと思ってましたよ!」
そう言ってがっはっはと笑う筋肉質な男は虎王兵団から派遣された4人の内のリーダー、ヘリィ・ドルフ。背中には自分の身の丈ほどの大剣を背負い、頭に髪はないが、代わりにヒゲがボーボーに生えている。
傍らの3人はきっと部下だろう。
「ごたごたぬかすな。本題をはなさんか」
村長らしき人がめんどくさそうに話を切る。余程イライラしているのだろうか。
「あーこりゃ失敬。実はですな....」
余程の重要事項なのか、さっきまで楽観的だったヘリィの顔が一瞬のうちに真剣なそれへと変わる。
「炎狼が重傷を負った」
その一言に周りの人達は互いの顔を見合わせざわめく。その中でたった一人誰とも顔を合わせようとしない人物がいた。
ただ一人、メルは地面を睨み、唇を噛み締める。
ヘリィは1人の部下の頭をぽんぽんと叩いて話を続ける。
「コイツが言うには炎狼が何かによって吹っ飛ばされ、今じゃ走るのもままならない状態とのことだ」
部下はローブについているフードを被っていて顔はわからないが、見るからに体つきは女性のものだ。
「その『何か』について情報はないか!!」
沈黙。それが答えだった。
ヘリィが諦めようとしたとき、メルは手を挙げた。
「....私、心当たりのある人物を知っています」
◆
「....ここにいるんだな?」
「はい」
これで何回目だろうか。
うんざりとしながらもメルはしっかりとした声音で答える。
「よし、相手がどんな凶悪なやつか分からないからな。。まず俺が部屋に入って説得するから、俺が声をかけたらゆっくりと、指示を出したら一気に突入しろ。いいな?」
「「「了解」」」
口ではああ言っているが、『あのハゲゴリラがいきなり説得始めたら誰だって警戒するんじゃね?』と内心思っているメルも含めた4人であった。
そして、ヘリィはドアを蹴破り、持っていた武器を振り上げた。
「「「......は?」」」
3人全員、呆気にとられて傍観してしまった。
「手を挙げろ!!お前は包囲されているッ!!」
「「「それ説得じゃなくて脅迫!!」」」
不味いと思った3人は標的を取り押さえようと慌てて飛び込む。
が、そこには誰もいなかった。
「感づいて逃げたか...」
◆
その頃大和は草原の一本道を1人歩いていた。
「今頃バレてるだろうな....」
もし捕まっていたらどうやって倒されたのか調べるために何されるか分からない。逃げたほうが得策と感じ、村人にバレないようにこっそり入口から出て行った。
でも、と大和は口を開く。
「あの牛乳、美味しかったからまた行きてぇな....」
目指すはこの一本道の先にあるもの。
大和は気持ちを入れ替え、決意の一歩を踏み出した。