Ⅸ
宿屋の裏手。
群がる野次馬達。
その中心で今、無意味な闘いが生まれようとしていた。
ストリートファイト、喧嘩である。
理由はムカついたから。
全く頭の悪い考え方である。
大和は手首をぶらぶらと動かしながら身体のあらゆる部分をほぐす。一方の老夫は仁王立ちのまま、ニヤついた顔で大和を見る。
如何にも余裕です、という顔だ。
その顔が大和の神経を逆撫でする。
「チッ......」
軽く舌打ちをしてから構えを取る。彼の場合、我流である。
「やっちまえユーキィ!!」
さっきまでヤル気満々だったセドリックは今では何故かノリノリで大和を応援している。
「勝ったら夕飯タダにしてやるよ!!」
シャルナに関してはフライパンを両手に持ってぶんまわしている。
「頑張ってくださいー!!」
そして、隣には不思議な事にナナが。
「「「えぇっ!?」」」
セドリック、シャルナ、大和が同時に驚く。老夫に至っては、理解できないというふうに、口をあけ呆然としている。
「...? どうしたんですか?」
ナナはキョトンとして首を傾げる。
「普通あちらの方の応援に行くんじゃないの?」
セドリックが驚きが隠せずちょっと食いつき気味に聞いてきた。
「あ、もしかしてお邪魔でしたか....?」
シュンと項垂れるナナ。
その時、大和の背後から殺気が放たれる。命の危険性を感じ、セドリックに視線だけで伝える。
(セドリック!!)
(あいわかった!)
セドリックは頷く。シャルナもこの空気を察したようだ。セドリックはナナの肩に手を置き、ぐっとサムズアップをする。
「ソ、ソンナコトナイヨー」
「棒読みじゃねぇか」
「おぶっ!?」
シャルナの突っ込みであるフライパンをモロに食らってぶっ倒れるセドリック。驚くナナの肩に手を添え、慈母の瞳で見つめる。
「いいかいナナちゃん」
「......はい」
「私達は関係ないんだよ。ただ、あのガキがいいと言えばここにいていいんだよ。な?」
そう言って大和へ視線を送る。ナナも自然と同じ方向へ顔を向ける。
(いいこと言ってるけど結局は横流しじゃねぇか!!)
だが、良いと言わねば妙に照れくさくなったので、背中を向けて空を仰ぐ。
「....まぁ、味方は多い方が嬉しいな」
「....そうですか!」
嬉しかったのか、声が明るい。若干鼻声だった気がするが気付いていないふりをする。
「....待たせたな」
改めて向き直ってみると、何故かハゲ親父は踞って動かなくなっていた。
「う、うう....あんまりだ....」
自分が好きな人が自分の味方ではない。それだけでショックが大きいし、彼はてっきり彼女の事を味方だと思ってたのだから、尚更だ。
「....闘る気失せたか?」
その言葉に反応してその姿勢からダンッと勢いよく飛び上がる。
「いいや、殺る気はあるぜ!....寧ろ殺る気しかねぇな....」
ゆらり、とハゲ親父の後ろに何かが揺らめく。幻覚かと思って目を擦ってみたが変化はない。
これがオーラというものだろうか。
「うちの娘に手ェ出しやがってぇぇッ!!」
老夫の叫びに応えるように、ヴォンとそのオーラは膨れ上がる。
「何でもありかよ....」
大和は全身から溢れ出す嫌な汗が止まらない。
だが、奴が化け物なら。
大和もまた、化け物である。
(隙をついて、一撃を叩き込む....!!)
2人は構える。
たった一秒ほどの時間が、勝敗を分ける。その緊張感が周りにも伝わったのか、あんなに騒がしかったギャラリー達の声が聞こえない。
そのまま時間は経過していく。
そして遂に凝り固まっていた時間が動き出す。
老夫が先に動く。急にニヤリと笑うと、大和を中心に囲むように地面のヒビ割れが起きる。
ハゲ親父はヒビに手を差し込み、踏ん張る。
「....ここを舗装してくれた人達には....わーるーいーがっ!」
ボコン。
嫌な音が響き、大和の見る世界が傾いた。
「おぁぁぁぁぁぁッ!!?」
嫌な予感がして後方に飛ぶ。上手くエネルギーを利用出来たおかげで、ひっくり返る石板の餌食にならずに済んだ。が、少しばかり飛びすぎでギャラリーまで飛んでいってしまった。
野次馬は飛んでくる大和を避けるように分かれる。
「ぐぁっ!!」
ずざぁっと背中から着地。そのまま転がり、体勢を整える。
「くそっ!!」
巻き起こる土煙の中、人影が揺らめく。
動かない。
かかって来いと言うことだろう。
外では野次馬達が他人事のように大和達を煽る。
「こんな喧嘩始めてみたぜ!おい、早くやれよ!!」
「いいぞいいぞ!やれやれー!!」
長期戦になると不利になるのは分かっている。
けど、こんな奴に勝てるのか?と思う自分が大和の足を引っ張る。
炎を吐き出す獣よりも。
人を踏み殺せるほどの巨体の象よりも。
今迄出会ってきたどの『苦難』よりも難関で、どの『恐怖』よりも恐ろしい、と素直に思ってしまう。
だが。
(今一度思い出せ!自分の在り方を!!)
自身の勇を希求する者となれ。それが彼の名前の由来であり、彼自身目指しているものでもある。
(....俺に、勇気を!!)
さぁ、踏み込め。
大きく息を吸って、奥歯を噛み締めて。
自身の内にある勇気を強く求めろ。
そして、叫べ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
大和は駆け出す。振りかぶって殴りかかるが、無駄のないモーションで避けられる。
そしてそのままアッパーカットが大和の腹に入る。
「ッ!?」
そのまま後方へ吹っ飛び、地面に落ちた時、勢いよく土煙が舞い上がる。
「がっ....は.....」
口の中から血の味がする。
「....フン。自ら飛んでダメージを吸収したか。だが、この程度でわしに喧嘩を売るとはな。全くもって話にならん」
姿は見えないが老夫の声が聞こえる。
そこで大和は姿が見えない喧嘩相手に話しかける。
「....テコの....原理って....知ってっか?」
「あ?」
何とか起き上がり、足を引きずりながら歩く。そしてようやく、その影が確認できた。
「小学生の頃....それを利用して消しゴム飛ばす奴がいたんだが....俺の消しゴムは小さくて....結局定規自体を飛ばして遊んでたんだよなぁ....ゴホッ!」
「....はぁ?」
まだ理解ができてないようなので奴の頭上を指さして言ってやる。
「上」
見上げれば回転しながら落ちてくる石板。
「ちょ───」
その声は轟音でかき消される。
静寂。そこから暫くしてわっと歓声があがる。
「すげぇな兄ちゃん!!」
一人が肩を叩くが大和はそれを掴んで下におろす。
「....まだだ」
その瞬間、ざわりとギャラリーがどよめきたつ。
石板にヒビが入り、砕ける。そこから老夫が血だらけの姿で立ち上がる。
「まさか....石板を使うとはなぁ...」
老夫は純粋に賞賛を送る。だが、大和にはそれを聞く余裕がなかった。
なんせ石板をひっくり返す程の力で殴られたのだから、ある程度のダメージを吸収したとしても、アバラは何本かやられている筈だ。
更に昼飯と夕飯を食べていない状態で激しい運動をしてエネルギーはとっくのとうに枯渇している。
霞む視界。周りの声すら上手く聞き取れない。
(あ....もう無理だ....)
傾く景色。
そこで大和の意識は途切れた。
今回も遅れました....
やはり小説を溜めて投稿した方がいいのかな....?
今回はバトルものでしたが、今後のため、感想頂けると幸いです。