プロローグ
プロローグ
西暦(地球歴)2810年3月10日、火星オリンポス市から北に100キロの所に地球統合軍駐屯地がある。
朝永丈一大尉はそこに数ヶ月前に赴任して来てようやく配属された部隊に慣れてきたところでいた。
彼はかつてアザラシ部隊と呼ばれるアサルトアーマー(人型兵器:略してAAと呼ぶ)の特殊部隊で活躍していた。
それが今から5年前の第1次ペルセフォネ星系戦争の時の話で、3年前の第2次ペルセフォネ星系戦争では後方任務に従事していた。
その戦争が終わり演習のため立ち寄った外宇宙への出発地点であるミニマム基地で反連合軍で構成されたペルセフォネの敗残兵と交戦し、奇襲を仕掛けられ壊滅的打撃を受けた味方を立て直し敵を見事に撃退する。
その背後にはミケ星系政府が後ろ盾として存在しているのは明らかな事実であったが、根拠のないデマだと相手政府は突っぱねており地球連邦政府としてはそれ以上の抗議はできなかった。
第2次ペルセフォネ星系戦争でペルセフォネ政府は地球連邦政府と同盟関係にあったレイ星系政府に降伏したが、それを無視してペルセフォネ本星に侵攻したのはミケ星系軍であった。
即座にレイ政府は抗議し、これ以上の侵攻は武力を以って反撃すると宣言してレイ政府とミケ政府は戦争状態になるが、長く続いた戦争に国民が疲弊し厭戦気分に陥っていて地球連邦政府はいち早く中立を宣言する。
朝永はミニマム基地での戦闘を終えると統合軍第2局(軍情報部)でミケ政府を研究する部署に配属されるが、レイ王室第2王女がタンタロス星系政府軍に誘拐される事件が地球連邦統合軍所属空母アストラの目前で起こり逃がしてしまうという大失態を演じてしまう。
そこで急遽、朝永はアストラに配属され同乗していた若いパイロット達の指揮官となり一緒になってレイから送られた連絡将校の手を借りて救出作戦を決行、見事に王女を救いレイに連れ戻した。
タンタロスがミケの傀儡政権なのは明らかであったが、地球連邦政府はこれでも対ミケ政策の方針を変える事はなかった。
この戦闘で朝永はレイでは最高の勲章と言われるビクトリア勲章を受け、統合参謀本部から異動先の希望を聞かれると古巣の教官部隊に異動を希望し今に至っている。
彼は非常に満足する生活を送っていたが、彼の部下達はそう思ってはいなかった。
彼の部下達は歳の若い者で30代後半であり、20代後半の朝永は1番若かったのだ。
彼の部下達は戦傷で最前線には送れないという理由から教官職に転属された。
海千山千の強者揃いではあるが、度重なる過酷な戦闘を繰り返して来たので体が持たなくなっていたから後方に追いやられたと彼等は思っていた。
短期間の局地戦なら十分持ち堪えると朝永は思っていたが、それでは満足できないらしい。
実際、何度かの演習で彼等は立派に熟しており朝永を満足させたのだ。
逆に朝永の部下達も朝永を立派な指揮官と認めパイロットとしての能力も大したものだと感心していた。
ただ、これだけの能力を持つ朝永が後方任務である部隊に来たのが不思議に思ったのも事実だ。
彼等が見て来た将校の中でも大物中の大物には間違いがなく、それだけの人材を後方で遊ばすほど統合軍は人材に余裕がなかったからだ。
だが、彼等は敢えてそれには触れないでいた。
彼等も大なり小なり苦労をしてきたので、
「若いけど、隊長も苦労したんだろう」
と言って、気を使った。
海千山千と苦労を重ねてきた彼等なりの気遣いであった。
いつものように朝永は司令部にある自分のオフィスに入ると、パソコンの電源を入れメールの確認をする。
未開封の物の数を見るとゾッとするが、
「これも将校の仕事の1つです」
そう秘書を務める兵曹に注意された。
兵曹は40後半の女性で旦那は先の戦争で戦死していた。
荒くれ者が多い朝永の部下達でも恐れていて若い頃は相当な腕のパイロットとして鳴らしたらしいが、肺の病気でAAには乗れなくなって、今では地上勤務している。
我が所属している基地内で彼女に勝てる男はいないらしく、誰も彼女には逆らわないでいた。
当然、若い朝永も渋々従っている。
「大体、隊長はデスクワークを軽視し過ぎです」
その次の台詞は決まってこうなる。
どちら上官なのか?
訳解らなくなる。
軍の仕事で1番苦手としてるのがデスクワークなのだ。
多分、今日の昼までは机から離れられないだろうと思っていると、統合参謀本部第5局なる部署からメールが来ていた。
開封して通常暗号ソフトで解読すると、
発:統合参謀本部第5局第6部11課長代理
宛:第53特殊機動中隊指揮官
辞令
地球統合軍メルボルン基地司令部に3月15日13時(現地時間)に出頭せよ。
?
先ず浮かんだ文字がそれだった。
統合参謀本部第5局と言えば、開発担当の部署である。
開発と言っても色々ある訳で、兵器開発は勿論の事、部隊編成や構成にどういう人材をどう使うかを考えるのが5局の仕事である。
以前、レイ第2王女救出作戦で乗艦していたのは、まだ実戦部隊に配属前のアストラだが当時の配属はまだ5局だった。
アルファ級新型空母を開発して間もない統合軍はその3番艦であるアストラの運用方法を思案していて5局でテスト航海を繰り返していた。
1番艦や2番艦で出た欠点の補完しているかどうかと、どういう運用が適切かを見極めるのが目的で実戦部隊に配属する前のテストをしてたところで王女誘拐事件に出くわし、汚名返上をするために投入したんだよな。
朝永は5局と聞いてそう思い浮かべた。
新型AAも開発されており、そのテストかもしれないとも思った。
実戦経験がある者の意見を聞くのは当然だし、以前使っていたFAS−16M/JT格闘戦闘や近接戦闘では部類の強さを発揮したが、中距離や長距離での戦闘では無理があった。
FDS−15/−14といった高価な本格派AAではなく安価で生産性が高く汎用性の高いAAであるFAS−16/−18の大量生産によって戦力の増大を図った結果、我々は戦争に勝てたのだ。
噂によれば、次期主力AAの開発が進んでいてAA開発各社の競合テストが行われる話を聞いた事があった。
それに呼ばれるのかなとその時は考えていたが、それは違っていた。
すぐに出頭すると返事を打電し朝永は地球行きの船の切符を手配した。
「どれ位の滞在予定ですか?」
「解らん」
秘書の問いに苦笑いして応える。
「とにかく、行ってみないと解らんよ。アランには部隊の事を頼んでいておいてくれ。今から急いで行って出頭時刻に間に合うか解らんからな」
アラン・イエ-ガ-中尉、俺の部隊の副長で常に冷静沈着な男である。
部隊最年長であるが腕は一流で地球統合軍で最高と言われる銀十字勲章を3度受けた伝説のパイロットでもある。
オリンポス市に出るまで車で2時間はかかる。
更に手配してもらった地球行き船は明日の朝に出る始発だが、地球に到着するのに丸2日は要する。
今回、軍の連絡船が全て満席で切符が取れなかったから民間の船での移動となり余計に時間がかかるのだ。
民間船でもワ-プ航行は使われるが、許可のない船籍は禁じられている。
太陽系内の移動は通常エンジンによる移動で行われているが冥王星くらい遠いと次元移動(ワ-プ)が使われる。
火星と地球の距離だと中々許可をくれないらしく、民間船では極一部にしか許可は下りてないのでその切符を朝永は手に入らなかつた。
「ご無事の帰還をお祈りしております」
そう彼女が言うが、
「大した事ではないから大丈夫だと思うよ」
そう答えておいた。
考えられる物を取り敢えずトランクに詰め込んで朝永は基地を後にした。
地球統合軍本部は豪州はメルボルンに建てられていた。
統合軍が発足して200年の歴史があるが、この建物は最近建て替えられたばかりである。
セキュリティーに特化された建物であるが各部局ごとに建物が建てられており、5局は正門から見て手前のビルから5番目の奥に存在した。
そこの部隊運営の研究に携わっていた竹中舞少佐は異端中の異端な存在だった。
容姿は誰が見ても小学生にしか見えないし、進学した士官学校では学業は体育等の実技を除けばトップの成績を常に維持して卒業した。
実際、歳は23歳で12歳で大学に進学し16歳で卒業して18歳で大学院を卒業すると戦争が起こり士官学校に入学、実技を除いては全てトップ成績で卒業した才女であった。
士官学校を卒業するレイ星系駐留部隊の司令部に配属され兵站を任される部署に配属された。
元々システム工学を専攻していただけに物流のハイテク化とハイスピード化を考案し、その計画が実行され評価を受けた。
その結果、地球からの物資の補充が充実してペルセフォネ軍の猛攻を凌ぎ、レイ軍はペルセフォネ星系への反攻が可能となったのだ。
その評価を受けて駆逐艦勤務となるが、彼女が得意としている主計任務ではなく航海科に配属された。
これは彼女を快くなく思っている勢力が追い落とそうとした結果であったが、反攻作戦でどうしてもペルセフォネ星系侵攻に欠かせない戦略的拠点になるゴラン星系攻略に従事し敗戦濃厚な中、彼女は艦の主要士官が戦死した後を引き継ぎ敵艦隊を主力部隊から目を逸らさせる事に成功して殊勲をたてた。
彼女の駆逐艦は猛攻を受けるも何とか耐え凌ぎ沈没は免れたが、スクラップとなった。
その功績と前線将校の不足もあって2階級昇進の大尉となる。
ペルセフォネ本星侵攻時には駆逐艦の艦長として参戦して戦果を上げるも、苦渋の撤退作戦を命じられ帰還後は少佐に昇進し5局に配属となる。
実戦部隊への配属を受けてから、彼女の所属する駆逐艦戦隊は戦闘中に遭難した乗組員やパイロットの救出作戦を実行する機会が沢山あったが、大抵はかなりの損害を出して失敗に終わった。
敵の中で孤立する味方を救出する作戦だけに捜索する事自体が困難の上に、見つけても向う途中で敵に発見されて返り討ちに遭うのだ。
駆逐艦戦隊の定数は4隻であるが、AAは一切配備されていない。
システム工学を専攻してきた彼女から見れば実に無駄の多い行動が多く、駆逐艦の艦長に就任してからは艦隊司令部がある旗艦にAAの護衛を直訴したくらいだった。
当然、自分の上官である戦隊司令を無視しての行動だから、周りからは反感を喰らうのは当たり前でもある。
無駄をなくすのがシステム工学の基本のため、人間関係でも感情抜きの付き合いしかせず嫌われ者になっていた。
ステップ制度の欠点である人間関係の作り方を学校で経験できなかったのが彼女の人間性に出ていた。
決して本人は悪気はないのだが、周りから見れば冷徹な人物に映っていた。
でも、多くの人員を失い救出目標を目の前で失うのを何度も見て彼女は決意した。
今こそ、自身の手で戦闘救出チ-ムを作るべきだと感じていた。
その手の部隊は編制されているが、基地に所属する形であり機動力を持った部隊ではなかった。
部隊結成にあたり規模をどうするかを決める必要があった。
救出目標によって部隊規模は大きく変化するが、目標が少人数の場合、ある程度の戦力があれば解決するだろうと考えられた。
軽巡洋艦1隻を旗艦とする駆逐艦戦隊を基本として考えると、答えは見えてきた。
軽巡洋艦をAAを1個中隊搭載できる物として待機AA部隊を1個中隊別に配属させ、大掛かりになりそうな救出作戦には2個中隊を出撃させるようにした。
AA部隊は1個中隊当たり12機のAAを配置している。
巡洋艦に1個中隊を配置し、残る1個中隊は4機毎に駆逐艦配置と割振りする事で軽空母1隻並のAA戦力を持つ事が可能となった。
これだけの戦力があれば大抵の事に対応できるので、早速上官に実験部隊の設立を申請するが却下された。
今、統合軍は全戦力で立て直しを急いでいて主力艦隊の新型艦への切り替えに忙しかった。
新型を使い始めると不具合が出るのは当然で初期不良はどうしても出てくるから、その対応に忙しかった。
統合軍艦隊の目玉であるアルファ級(略してA級)空母が不具合を出しては直しの繰り返しであったからだ。
4番艦のアルカディアではその反省を考慮して設計段階で見直し就航すると、現時点ではすこぶる好調で何ら問題なく運航していた。
そこでへこむ彼女ではなかった。
地元議員が元軍人でMIA(戦闘中行方不明者)の会の会長をしてると聞いて、そこに駆け込み、
「こういう部隊を設立させたいが統合軍本部や軍は動かないので困っています。力を貸して下さい」
と相談しに行き、強引に部隊設立を行った。
地元議員自身捕虜となり第1次ペルセフォネ星系戦後、解放された経歴を持つ身でMIA会の会長に就任した。
右足を失ってはいるが傷痍軍人の会の幹部でもあり軍OBの組織票を持っていた。
参謀本部自体軍OBでいつも軍の予算に力を貸してくれる政治家の意見は無視できないから渋々設立を認めたのだ。
次に彼女は戦隊司令の選別をするが思うような人物が見つからなかった。
先ず第一にどんな状況においても冷静にいられる事である。
熱血漢の戦う司令は必要としなかった。
理由は簡単で、作戦行動が不能に陥った場合、撤退する勇気があるかどうかだ。
熱血漢な指揮官はその時期を見誤る恐れがあり部隊を全滅させる危険があったからだ。
とにかく合理主義に考える彼女から見れば、常にリスクとリタ-ンを瞬時に計算できる人物が指揮官に相応しいと考えていた。
そう考えて色々と探すが、適任と思える人物は退役していて民間に再就職していた。
冷静に考えれば、そんな優秀な人材は命を失う可能性もある軍にいるよりは高給で実力を発揮しやすい民間に転職してるのが普通だ。
指揮官選びは難航し書類選考から何人か選んで実際に会いに行くが、本人との会話での印象やその周囲の評価を聞くとイマイチであった。
そんなある日、ふと考えてみると、自分が1番相応しい事に気付いた。
すると、周りが明るく見えてきた。
元々、実験的な運用をするので自身で指揮官になれば問題はない。
仮に問題が生じたも、部隊の設立目的は自身が1番詳しく知っているのだ。
解決できると考えた。
そうなると、この戦隊の主役であるAA部隊である。
艦隊同様にAA部隊も再編成が急がれておりパイロット不足は深刻な問題であった。
主力AAはFAS−16/18であるが、ようやく全部隊に行き渡った状態である。
つい最近まで旧式のFAS−4が配備されていたのだ。
どこに今度設立される部隊に配備できるかは疑問だ。
戦争が終わり徴兵した兵士は基本元の職場に戻って行く事になっており、そのまま残る人は稀なパタ-ンだ。
色々と調べて行く内に、1つの部隊に行き着いた。
資料は極秘扱いであったが、これに頼る他なかった。
先日、TVのニュ-スを見ていて朝永が就任したばかりのレイ女王に勲章を受けている場面を見て閃いたのだ。
私が探している人物がそこにいる。
それで彼女は即座に行動を起こした。
彼ほどの適材はいない。
上官を渋々納得させてすぐに出頭するよう命じた。
彼ならきっとこの部隊に必要な人材であると確信していた。