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第4話

 朝日が昇り、深い森の中にも明かりが差し込んで来る。

 長い夜が明けた。朝日を浴びて、俺は安堵で全身から力が抜けた。


 この森の夜はサバイバルだった。サバイバル過ぎた。夜行性のモンスターたちが一斉に活動を開始して、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのだ。そこかしこから唸り声が聞こえ、モンスター同士が戦っている音がした。狩られたモンスターの断末魔の咆哮が森の中から頻繁に響いてくる。


 むやくちゃ怖かった。ビビッた俺は木の上に上って、やり過ごそうと思った。

 木の上に上れば、ある程度のモンスターは回避できるだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。動物型のモンスターが地表を闊歩しているが、木の上は昆虫型モンスター天国だったのだ。木の上に上った俺は早速クモ型のモンスターにやられた。


 そこからは戦いの連続だった。

 戦って勝っても、その死体に別のモンスターが招き寄せられるのだ。勝てば勝つほどモンスターが湧いてくる。いわゆる死体湧きというヤツだ。モンスターの死体が多くなるとその場を急いで離れなければならない。

 ただ、移動するときも真っ暗闇なので走れないし、木の枝や葉に邪魔をされるので、移動速度は上がらない。なにより、この暗闇の中でどこから襲われるのか警戒しなければならないのが、物凄く疲れる。


 結局、一晩過ごす間に14回ぐらい死んだ。


 1日過ごす間に20回以上死んだことになる。何なんだこの世界は? バトルロワイヤルにも程があるだろ。おかげで後半は俺もだいぶ強くなってしまった。必殺パンチは問題なく繰り出せるようになったし、パンチだけでなく、キックも必殺キックが出来るようになった。でも、ワンパンで殺せるとはいえ、手2本足2本じゃ、数でこられるとあっけなく殺される。


 おかげで、一睡も出来なかった。


 俺は座り込んだまま、体を木の幹に預けた。夜が明けた今は、むしろ逆に静かだ。昨晩の血の饗宴に満ちていた熱気が冷め、緩やかな時の流れが戻ってきている。

 いつでも起きれるように。油断しないように。

 そう心に言い聞かせながら、俺は眠りについた。




 ◆◆◆◆◆




 あれから、3日がたった。


 俺は未だに鬱蒼と生い茂る深い森の中にいる。この森から抜け出せそうな気配が全くしない。それどころか同じ場所をグルグル回っているような感覚に襲われる。


 完全無欠に遭難していた。


 今もあてどもなく歩いている。デイバッグからビワレンジを取り出し、齧りついた。じわっと甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。ホントにビワレンジのおかげで辛うじて生きている状態だ。なにしろ他に食えるものがない。モンスターの肉を食おうにも、刃物がないので捌けない。手持ちのビクトリノックスじゃ無理だ。ミニシリーズのブレードなんてモンスターの死体の前には、ステーキを爪楊枝で切ろうとするようなものだ。

 まあ、『エノスの子』の力を使えば出来るのかもしれないが。


 俺はさらにデイバッグから竹を取り出した

 節のところで切り取った竹筒だ。地球の竹は中が空洞だが、こっちの竹は中に水が溜まっている。天然の水筒だ。節に穴をあけて、中の水を飲み込む。ミネラルウォーターのような磨かれた水の味がする。水が体に染み込んでくる。

 この水竹とビワレンジがなかったら、ホントに詰んでいたと思う。


 空になった水竹を捨てて、俺はさらに歩を進める。

 どっちに行ったらいいのかわからないが、歩かないことには先に進めない。この3日で俺もだいぶ強くなってきたので、ここいらのモンスターに殺されることも無くなってきた。体力も付いてきたのか、歩く速度が早くなっているのがわかる。また、枝の避け方や葉の掻き分け方で身のこなしが格段に良くなってきた。

 進む速度は上がってきているのだ。

 だが、森の植生を見る限り、あまり進んでいないような気がしてくる。ビワレンジや水竹がところどころに生えていて、見つけるたびにデイバッグに詰め込んでいる。森の植生が変わって、この二つが生えてないところになったら困るのだが。


 俺はそのまま何の打開策もなく森をさ迷い歩いた。




 ふと足が止まった。


 周りを見回すが、何もない。いつもの見慣れた森の中だ。

 一歩踏み出してみる。また、足が止まった。

 何か違和感を感じたのだ。ここに踏み込んだ瞬間、空気が変わったような。


 その違和感が何なのか、俺にはわからない。だが、この3日で俺の勘は格段に良くなった。モンスターの気配とか、危険な匂いとか、生き残るための感覚がかなり鋭くなったと思う。その勘が告げている。


 ここはヤバイ。


 しかし、俺はそのまま踏み込んでいった。変化があるのは大歓迎だ。何かあるかもしれない。危険なのは承知の上、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。俺だって強くなった。


 一歩進むごとに、空気が重くなるのを感じる。凄いプレッシャーだ。周りの様子は変わらないのに、雰囲気だけがおどろおどろしくなっていく。


 音が遠くに聞こえる。先ほどまでは、鳥の鳴き声や小さな動物が木々を揺らす音が聞こえていたのに、ここに踏み込んでからは、近くからは聞こえない。周りに生き物が住んでいないみたいだ。もし空気に魔素というものがあったら、それが濃すぎて生物が生きられない領域のようだ。

 というよりも、ヤバイ生き物がこのあたりに住んでいて、森の生物は全く近寄れないといった感じだ。


 あ、多分当たりだ。今考えたことが正解だろう。ここは危険なモンスターの縄張りなんだ。この森の中でもとびきりヤバイヤツの。


 俺は身を低くして、気配を殺すように息を潜めた。この3日で身に着けた隠密術だ。我流だが、夜間の移動でそこそこモンスターを避けられているところ、少しは効果があるようだ。だが、完璧じゃない。鋭いモンスターには見つかる。

 モンスターの縄張りだと気付くのが遅かったし、森の中でも他のモンスターから恐れられているようなヤツにどれほど効果があるのかわかったものじゃないが、やらないよりはマシだろう。


 俺は慎重に音を立てないよう移動した。

 じっとりと嫌な汗が流れてくる。

 逃げ出したいのを堪えて進んでいくと、森の様子に変化が現れだした。


 モンスターの骨が飾られているのだ。

 木の枝などにモンスターの頭蓋骨が重ねて吊り下げられていたり、骨を何本も木に突き刺し、そこに骨を引っ掛けて何かの模様を作っていたり。狂気のオブジェが森を彩り始めたのだ。


 俺は数歩進んだが、足を止めた。

 ヤバイなんてもんじゃない!

 こんなことをすると言うことは、知性があるということだ。野生しかない他のモンスターとはわけが違う。


 進むべきか? 戻るべきか?


 知性を持つと言うなら、ひょっとしたらコミュニケーションを取れるかもしれない。

 ひょっとしたら人間の可能性だってある。


 進むべきか。


 だが、悩む必要なんてなかった。

 そいつが静かに俺の前に姿を現したのだから。


 大きな影が光る瞳でこちらを見ている。多分この縄張りの主だ。


 そいつは一言で言うと、猿だった。


 ただし、人間よりも一回りほど大きい。ゴリラが身軽そうになったような姿だ。

 全身が黒い毛で覆われ、顔はゴリラよりもニホンザルに近い。その目は充血したように赤く瞳は金色に輝いている。

 火眼金睛に浮かぶ殺気にコミュニケーションが取れるかもという可能性は否定された。

 腰にはベルトのように紐を結わえており、そこに色んな物が吊るされている。この猿が道具を使いこなす知恵があるということを示しているのだ。

 猿は腰に吊るした皮製の鞘から、石でできた短刀を抜いた。

 黒曜石で作った石器時代の刀のような作りをしている。黒光りする刀身は石で出来ているとは思えないほど鋭い。しかし、鍛造した刀と違って、ギザギザに波打っている。


 短刀を抜いたと言うことは、向こうもやる気だと言うことだ。


 俺は脚のスタンスを肩幅に広げ、拳を握って、ファイティングポーズを取る。


 熊と戦ったとき以上の恐怖を感じる。

 それほど圧倒的強者の気配が猿から漂っているのだ。


 猿が一歩踏み出した。


「ホキョオアアアアア!!」


 威嚇するような咆哮を上げる。物理的な衝撃を受けたかと錯覚するような圧力が襲い掛かってきた。

 体が硬直してすぐに動けない。

 びびったのもあるが、この咆哮の効果なのだ。


 次の瞬間、コメカミに猿の拳が叩き込まれていた。何をされたのかわからなかった。気付いた時には猿のパンチの威力のあまり、俺は吹っ飛んでいた。頚骨は折れ、頭蓋が割られている。


 地面に落ちる前に、俺は死んでいた。




 ◆◆◆◆◆




 それから何度死んだだろうか。

 20回過ぎたころから、死んだ回数を数えるのはやめた。


 猿は圧倒的だった。

 強い。強すぎる。あまりにも強すぎる。


 パンチを当てさえすれば、こちらの勝ちなのに、1発も当たらない。かすりもしない。動きが素早いとかいう問題じゃない。

 俺が危惧していた通り、この猿には知性がある。すなわち武術を使えるのだ。それも生半可じゃない。達人級の武術の使い手だ。

 ボクシングの世界王者に一般人がパンチを当てようとしているのと同じなのだ。


 あまりにも滑らかな足捌きと体重移動は、玄妙にして幽玄で、猿の実体を全く捉えることができない。幻か幽霊を相手にしているかのようだ。


 そして、向こうの攻撃は必ず当たる。避けることが出来ない絶妙のタイミングで打ってくるのだ。

 短刀での斬撃、拳、爪での引掻き、蹴り。それらの連撃がこちらの呼吸を盗むように放たれる。しかも、無拍子で打ち込んできたり、動作の途中を抜いてきたりで、乱拍子ともいえるコンビネーションを普通に使ってくる。

 しかも、その一撃一撃が必殺の威力なのだ。

 一撃を耐えても、すぐに次が、それを耐えてもすぐ次。俺の命を刈り取るまで攻撃は止まらない。といっても、3発までしか耐えられなかったけど。


 戦ううちに猿の動きが多少見えるようになってきたが、それすらも猿にとっては大したことではなかった。逆にフェイントを使い出すようになって、余計に惑わされる結果となってしまっうのだ。


 それだけでも、到底勝てる気がしないのに、さらにこの上で猿は魔術も使うのだ。

 この世界には魔術があるらしい。それをこの猿が教えてくれた。

 猿が「ホゥホゥ」と鳴くたびに、目の前が真っ暗になったり、耳元で轟音が鳴ったり、体が硬直したり、動きが鈍くなったり。かまいたちで全身に切り傷を付けられたときは本当にびっくりした。

 ファイヤーボールみたいな派手さはないが、武術の達人を相手にするうえでは致命的な隙を生んでしまう。


 はっきり言って、もうどうにも勝てる気がしない。




 ポーンと音がして、エレベーターの扉が開いた。


 さっきもあっさりと猿に殺されたばかりだ。


「おかえり~」


 ニルが気のない声で迎えてくれた。


 俺は無言で歩いていき、ニルの向かい側のソファーに腰を下ろした。

 がっくりと俯く。


 死んでも生き返れるとはいえ、死ぬたびに魂を削られているかのようだ。もちろん気のせいだと言うことはわかっている。それでも疲弊していくことを避けられない。


 全く先が見えない。勝てる要素が見当たらない。

 何十回と死んでもこうなのだ。あと何十回死んでも勝てる気がしない。

 どうしたらいいんだ・・・。


「いけ~! 蒔絵! そこで抉りこむように腰を振るのよ!」


「む! 今のは効いたみたいだぞ。ボブがアヘ顔になってきている」


 猿のあの足捌きに惑わされてるんだよな。どうにか封じれないものか・・・。


「勝てるわ! 今よ!」


「やばいぞ、ボブ! 蒔絵は何かするつもりだ!」


 ミドルレンジじゃ圧倒的に不利だ。何とかしてクロスレンジに持ち込まないと。どうやって距離をつめる。


「出たー! 蒔絵の必殺技、恥擦り残月!! 幾多の男たちをイカせてきた絶技よ!」


「ボブがアヘってる! 耐えろ!! なに・・・まさかお前、ここでっ!?」


 足技と魔術を封じるためには、どうしてもこちらから仕掛けるしかないからな。待ちの戦法はもう通用しないことはわかってるし。


「げげぇ~!? ここでまさかの拘束ナブラとは!」


「勝てるぞ! 恥擦り残月VS拘束ナブラ!! しかし、自分にも快感がある恥擦り残月は諸刃の剣!!」


 だからといって、最短距離を詰めようとし・・・。


「蒔絵、ガンバレ!!」


「ボブ、耐えろ~!!」


 お~う、あいむかみんぐ、あいむかみんぐ、おーまいがー。


 ブチッ


「さっきからうるっせーなっ!! なに見てんだ、お前ら!! つーか、恥擦り残月とか拘束ナブラって何だよっ!! 俺のロマサガ汚すなやっ!! あと蒔絵! お前日本人なら日本語で喘げや!! おーまいがーって何人だ、てめー!! もう一つついでに言うけど、コイツラ何なの!? さっきからずうぅーっとヤッてるけど、セックスしないと死んじゃう人種なの!? もう愉しいとか愉しくないとかの次元超えてるよねっ!! ここまでくるとセックスバトルロワイヤルじゃんかっ!! セックスバトラーとかそんな感じのジョブだろ、コイツラ!!」


「ああ~、蒔絵負けちゃった」


「よし! よくやったぞ、ボブ!!」


「聞けよっ!!! 聞いてくださいよっ!!!」


 もうなによ~とTVのいいところをジャマされた姉のようにニルがこちらを向く。リールも俺を嗜めるように睨んできた。

 えっ? 何? 俺が悪いの? 白熱したバトルに全く感動できなかった俺の感性が間違ってる? 間違ってないよね? 感動要素なんてこれっぽっちもなかったよね?

 机の上に置かれたニルのスマホから照射されているホロディスプレイに目を移すと、桐原蒔絵がアヘ顔晒してダブルピースしているところだった。


「あ~あ、屈辱のアヘ顔ダブルピースをハメ撮りされちゃった」


「勝つと、勝利のアヘ顔ダブルピースだぞ」


 結局アヘ顔ダブルピースじゃねえか!! なんか違うの!?




「怒鳴って、悪かったよ・・・」


 こっちが何度も死んで手詰まり状態のときにお気軽セックスバトル観戦してるからといって八つ当たりはしちゃいけないよな。


「いいわよ。苛立つ気持ちもわかるわ」


「あの猿は結構手強いからな」


「手強いなんてもんじゃねーよ・・・。どうやったら勝てるんだよ・・・」


 俺は頭を抱えて俯いた。

 こうしてる間にも桐原蒔絵は着々とセックスクイーンへの座へ上り詰めようとしてる。ホント助けなくてもいいんじゃないの?

 いや、ニルとリールが茶化して見てるから気軽に見えるだけで、実際問題、とんでもないことをコイツラはやっている。見過ごすには後味が悪すぎる。


「煮詰まってるわね。少し気分転換しない?」


「ああ、それはいいな。こことあの森を行ったり来たりするだけでは気が滅入るだろうしな」


 ニルの言葉にリールが賛同する。


「それじゃ、行きましょうか?セネプトラセクターにでも行って、気分を変えましょ」


 そう言って、ニルは立ち上がった。


「気分転換? セネプトラセクター?」


 正直、そんな気分じゃない。だが、そういうときこそ気分転換が必要なことはわかっている。気ばかり焦っていては、身に付く物も身に付かないことは、1年の浪人生活で十分に味わった。


「さあ、行くぞ」


 リールも立ち上がるので、俺もしぶしぶ付いて行くことにする。

 ニルはカウンターの横にある廊下に入っていくに入っていく。廊下は短く5メートルほどで行き止まりになっており、そこにドアが一つ存在していた。

 ニルはドアの横に取り付けられているコンソールの前に立ち、こちらに向き直った。


「これがポータルよ。エノス界にある他の区画セクターとの接続点。このコンソールで、公開されている位相チャンネルに合わせれば、そのセクターに接続されるわ。要するに、この空間から別の空間に繋げて、このドアがその入り口になると理解すればいいわ」


「ああ・・・」


 正直、よく理解できない。


「これから行くのは、セネプトラセクター。エノス界でもそこそこ大きな商用セクターよ」


 ニルがコンソールを操作すると、ドアが開いた。ドアの向こう側から、眩い光が溢れてくる。

 二人が歩いていくのに付いて行って、俺はドアの向こうに足を踏み入れた。


風邪を引いてしまった。

咳が止まらない。

体調管理には気をつけましょー。

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