↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

死霊術師(ネクロマンサー)の愛弟子

掲載日:2026/09/18

僕が師匠に弟子入りして、三年が経った。

 師匠の住む場所は、王都から馬車で三日ほど離れた、深い森の奥だった。

 昼間でさえ木々の隙間から差し込む光は少なく、夜になると、月明かりすら届かない。森の中には奇妙な鳴き声が響き、時折、どこからともなく白い人影が現れる。

 村人たちは、この森をこう呼んでいた。

 ――死者の森。

そして、そこに住む男を。

 ――邪悪な死霊術師。

「師匠! 今日の修行、終わりました!」

 僕が工房の扉を開けると、黒いローブをまとった老人が、机の上で何かを調合していた。

 白髪は肩まで伸び、顔には深い皺が刻まれている。左目には黒い眼帯をつけ、右手には常に杖を握っている。

 見るからに恐ろしい。

 初めて会ったとき、僕は思わず腰の剣に手を伸ばしかけたほどだ。

 しかし、そんな師匠も、僕のことになると実に細かい。

「……お前、今日は外に出ただろう」

「えっ?」

「靴の裏に土がついている。森の西側か?」

「よく分かりましたね! 薬草を採りに、少しだけ!」

「少しだけではない。三十分も予定より遅い」

「そ、それは……」

 師匠は深いため息をついた。

「何度言えば分かる。お前はまだ未熟だ。勝手に森を歩き回るな」

「でも、師匠に教わった結界術を使ったので、魔物には一度も襲われませんでしたよ!」

「そういう問題ではない!」

怒鳴り声が工房に響く。

 僕は肩をすくめた。

 やっぱり、厳しい。

 師匠は僕を一人前の術師に育てるために、妥協を許さないのだ。

 いつか必ず、師匠のような立派な死霊術師になってみせる。

「……ほら。今日の薬だ」

 師匠が小瓶を差し出した。

 中には、濁った紫色の液体が入っている。底には何か黒いものが沈んでいた。

「またこれですか?」

「毎日飲めと言っている」

「苦いんですよね、これ……」

ちらっと師匠を見て、繰り返す。

「苦いんですよ」

「我慢しろ。身体の調子を整える薬だ」

 師匠は、僕が小瓶を口に運ぶまでじっと見つめている。

 仕方なく、一気に飲み干した。

 舌に広がる鉄のような味と、薬草の苦み。

「うえぇ……。師匠、これ本当に必要なんですか?」

「必要だ」

「どんな効果があるんです?」

「……お前を、お前のままでいさせるためのものだ」

「え?」

「なんでもない。明日も飲め」

 師匠はそっぽを向いた。

 僕師匠は、時々よく分からないことを言う。

 でも、きっと深い意味があるのだろう。

 それにしても。

「師匠! 今日は新しい死霊術を教えてください!」

「駄目だ」

「なぜですか!」

「お前にはまだ早い」

「もう三年も弟子をやっているんですよ!」

「三年など、死霊術師にとっては一瞬だ」

 師匠は厳しい。

 厳しいが、僕の修行を決して怠らない。は首をかしげながらも、薬瓶を片づけた。

師匠は、時々よく分からないことを言う。

 でも、きっと深い意味があるのだろう。

 それにしても。

「師匠! 今日は新しい死霊術を教えてください!」

「駄目だ」

「なぜですか!」

「お前にはまだ早い」

「もう三年も弟子をやっているんですよ!」

「三年など、死霊術師にとっては一瞬だ」

 師匠は厳しい。

厳しいが、僕の修行を決して怠らない。

 僕が転んだときはすぐに駆け寄ってくるし、少しでも顔色が悪いと、その日の修行を中止する。

 夜の外出など、絶対に許してくれない。

「夜は危険だ。窓から外を見るのも控えろ」

「でも、師匠は夜中に出かけるじゃないですか!」

「私はいい」

「ずるい!」

「私は死霊術師だ」

「それ、理由になってません!」

 そんなやり取りをしながら、僕は毎日、修行に励んでいた。

僕の目標は一つ。

 師匠を超える、偉大な死霊術師になること。

 ……いつか、絶対に。


※※※


事件が起きたのは、ある晴れた日の午後だった。

「――邪悪な死霊術師め! 今日こそ、その悪行を終わらせてやる!」

 森の入り口から、威勢のいい声が聞こえてきた。

 僕は工房で、古い魔導書を読んでいた。

 顔を上げる。

「……師匠?」

師匠は、工房の奥で何かをしていた。

 いや、違う。

 聞こえてきた声は、森の外からだ。

 複数の人間が近づいてくる気配がある。

 結界が反応していた。

「師匠! 誰かが森に入ってきました!」

 僕が叫ぶと、師匠はすぐに顔を上げた。

 その表情が、普段よりも険しくなる。

「……来たか」

「知っているんですか?」

「お前は工房から出るな」

「えっ?」

「絶対にだ。私が戻るまで、扉を開けるな」

師匠は、普段とは比べものにならないほど強い口調で言った。

 そして、杖を手に取り、外へ向かおうとする。

「待ってください、師匠!」

 僕は慌てて立ち上がった。

「僕も戦います! 修行の成果を見せるときです!」

「駄目だ」

「でも!」

「お前は、まだ……」

師匠は言葉を止めた。

 そして、一瞬だけ、ひどく悲しそうな顔をした。

「……危険だからだ」

 それだけ言い残し、工房を出ていった。

 僕は拳を握りしめた。

 師匠は、僕を守ろうとしている。

 でも、師匠だってもう若くない。

 もしも僕が何もできず、師匠が傷ついたら?

そんなの、絶対に嫌だ。

「……ごめんなさい、師匠」

 僕は扉を開けた。

 森の中には、武装した一団がいた。

 先頭に立っているのは、白銀の鎧をまとった青年。腰には聖剣があり、その後ろには女神官、魔術師、そして大柄な戦士が続いている。

 勇者一行。

 王都から派遣された、邪悪な死霊術師討伐隊だ。

 彼らは、僕の師匠を討ちに来たのだ。

「そこにいるのは、死霊術師の弟子か!」

勇者が剣を抜いた。

「師匠はどこだ!」

「……師匠に何の用ですか」

「お前も邪悪な術に手を染めているのだろう! その老人とともに、ここで裁きを受けろ!」

 僕は歯を食いしばった。

 師匠は確かに、死霊術を使う。

 でも、僕の知る師匠は、決して悪人ではない。

 夜中にこっそり森の動物を治療していることも知っているし、村の子どもが病気になったとき、誰にも知られないよう薬を届けていることも知っている。

そんな師匠を、悪人呼ばわりするなんて。

「師匠は悪い人じゃない!」

 僕は杖を構えた。

「僕が、師匠を守ります!」

 勇者が驚いた顔をする。

「……その杖。死霊術師の弟子か」

「そうです!」

「ならば、容赦はしない!」

 勇者が突進してきた。

 剣が振り下ろされる。

僕はとっさに杖を掲げた。

「――死霊術・スケルトン・レギオン!」

 地面から、無数の骨が湧き上がった。

 白い骨が組み上がり、剣や盾を手にした骸骨兵が次々と立ち上がる。

勇者たちの顔が引きつった。

「なっ……!」

「死者を操るなんて!」

 骸骨兵が勇者たちに襲いかかる。

 しかし、勇者の聖剣は強かった。

 一閃。

 二閃。

 骸骨兵が次々と砕け散る。

「この程度か!」

 勇者が叫ぶ。

 僕は焦った。

 師匠に教わった術が、通用しない?

 いや、まだだ。

僕は魔導書で学んだ、別の術式を思い出した。

 死霊術は、死者を操るだけではない。

 魂と肉体の境界に干渉し、失われたものを補う術でもある。

 師匠はそう教えてくれた。

「――死霊術・ソウル・リペア!」

杖の先から、淡い青白い光が放たれた。

 光は、僕の身体を包み込む。

 同時に、僕の周囲に倒れていた骸骨兵の骨が浮かび上がった。

 砕けた骨が集まり、再び骸骨兵として立ち上がる。

「そ、そんな……! 倒しても復活するだと!?」

 女神官が悲鳴を上げた。

 僕は驚いた。

 この術は、骸骨兵を修復するだけじゃない。

 僕自身の身体にも、力が流れ込んでくる。

なんだか、身体が軽くなった。

「すごい……!」

 師匠は、こんな術まで教えてくれていたのか。

 僕は杖を握り直した。

「師匠を傷つける人は、絶対に許しません!」

 骸骨兵が一斉に動き出す。

 勇者たちは必死に応戦した。

 しかし、僕は三年間の修行で学んだ術を次々と繰り出していった。

 死霊術。

 結界術。

 呪縛術。

 そして、魂魄修復。

勇者一行は、ついに森の奥へ進むことを諦めた。

「この森ではあまりに不利だ⋯。撤退だ!」

 勇者が叫んだ。

「この森には、人間ではない何かがいる……!」

 魔術師が震えながら、僕を指差す。

「顔が……、あの傷……あれは……!」

 僕は首をかしげた。

 顔に何かついているのだろうか。

 しかし、勇者たちは、こちらを見ようともせず逃げていった。

森に静寂が戻る。

「……やった」

 僕は杖を下ろした。

「やったぞ!」

 初めて、師匠の教えが誰かを退けるほどの力になった。

 胸が熱くなる。

「師匠! 僕、やりました!」

 その瞬間だった。

 右腕に、鋭い痛みが走った。

「……え?」

 見ると、腕の表面が大きく裂けていた。

その下から、奇妙なものが覗いている。

 銀色の細い部品。

 複雑な歯車のような構造。

 そして、淡い青い光を放つ小さな魔石。

「……何、これ?」

 僕は息を呑んだ。

 こんなものが、僕の腕の中に?

 指で触れようとした、そのとき。

 傷口から青白い光が広がった。

 金属のような部品が、肉の下へとゆっくり沈んでいく。

裂けた皮膚が、まるで時間を巻き戻すように閉じていった。

「えっ……」

 僕は慌てて腕を擦った。

 しかし、そこには何も残っていなかった。

 普通の肌。

 いつもの僕の腕。

「……見間違い、かな」

 僕は首をかしげた。

 そのとき、森の奥から、誰かが走ってくる音が聞こえた。


※※※


「――お前!」

 師匠だった。

 普段はゆっくり歩く老人が、息を切らして走ってくる。

 僕の姿を見た瞬間、顔色が変わった。

「怪我は!?」

「師匠! 大丈夫です! 勇者たちは追い払いました!」

「腕を見せろ!」

「えっ、あ、はい」

師匠は僕の腕を掴み、傷がないか確かめる。

 手が震えていた。

「……顔は?」

「顔?」

「顔に傷はないか!」

「たぶん……」

 師匠は僕の顔を両手で包み込むようにして、細かく確かめた。

 頬。

 額。

 目元。

まるで、少しでも傷が残っていないか、必死に探しているようだった。

「……よかった」

 師匠が、深く息を吐いた。

「師匠?」

「……よく、無事でいてくれた」

 その声は、いつもの厳しいものとは違っていた。

僕は、少し照れくさくなった。

「心配してくれたんですね」

「当たり前だ」

「でも、僕だって師匠を守りたかったんです」

「……馬鹿者」

 師匠は僕の頭を撫でた。

 いつもなら、「修行が足りない」と言われるところだ。

 しかし、今日は何も言わなかった。

 そのことが、妙に嬉しかった。

「師匠、そういえば……」

 僕は、ふと思い出した。

少し前のことだ。

 工房の掃除をしていたとき、師匠が隠していた古い手帳を見つけたことがある。

 師匠は、珍しく慌てた様子で手帳を取り上げた。

 そのとき、手帳から一枚の写真が落ちた。

 魔法で写し取られた、古い肖像画のようなものだった。

 若い頃の師匠と、小さな女の子。

 女の子は、柔らかな髪を肩まで伸ばしていた。

 大きな瞳。

 少し垂れた目尻。

 ふっくらとした頬。

そして、笑ったときに少しだけ上がる口元。

 どこかで見たことがあるような顔だった。

 いや。

 よく知っている顔だった。

「……そうだ」

 僕は、師匠の顔を見つめた。

「師匠、昔、娘さんがいたんですよね?」

 師匠の表情が固まった。

「……何の話だ」

「前に見た手帳の写真です。小さな女の子と一緒に写っていた」

「……」

「その子、すごく可愛かったですよね」

師匠は、ゆっくりと目を伏せた。

「……ああ」

 短い返事だった。

 森を風が吹き抜ける。

 師匠の白髪が揺れた。

「……私の娘だ」

「亡くなったんですか?」

 聞いてはいけないことだったのかもしれない。

 でも、師匠は怒らなかった。

「……ずっと昔にな」

 その声には、長い年月の重みがあった。

僕は胸が苦しくなった。

 師匠は、こんな悲しい過去を抱えていたのか。

 だからこそ、死霊術師になったのだろうか。

 死者を蘇らせるために。

「師匠……」

 僕は何か言おうとした。

 しかし、言葉が出てこなかった。

 代わりに、もう一度、あの写真を思い出した。

 幼い少女。

 その少女の顔。

 そして――

自分の顔。

「……あれ?」

 僕は、無意識に自分の頬に触れた。

 大きな瞳。

 少し垂れた目尻。

 柔らかな頬。

 写真の少女と、自分の顔が重なった。

 偶然だ。

 きっと、偶然に決まっている。

 人間の顔なんて、似ることもある。

 僕はそう思い込もうとした。

しかし。

 なぜか、胸の奥に、小さな違和感が残った。


※※※


その日の夜。

 僕は工房の自室に戻り、鏡の前に立っていた。

 師匠は、僕が怪我をしていないかを何度も確認したあと、工房の奥へ戻っていった。

 いつもなら、夜の修行を禁じられている時間だ。

 でも、今夜は眠れなかった。

 腕の傷。

 銀色の部品。

 あの写真。

 そして、師匠の表情。

 僕は、鏡に映った自分を見つめた。

 いつもの僕。

 黒髪。

大きな瞳。

 少し垂れた目尻。

 師匠が「まだ幼い」と言うたびに、僕は少し不満だった。

 三年も修行しているのに。

 いつまでも子ども扱いされる。

 それでも、僕は師匠の弟子だ。

 そう思っていた。

 そのとき。

 工房の奥から、何かが落ちる音が聞こえた。

 僕は扉を開けた。

 師匠の机の上に、古い手帳が置かれていた。

あの手帳だった。

 師匠は、急いでどこかへ移動したのだろうか。

 僕は迷った。

 勝手に見るべきではない。

 でも、どうしても気になった。

 手帳を開く。

 古い文字が並んでいた。

 魔術の研究記録。

 死霊術式。

 魂魄の定着。

 肉体の再構成。

 そして、最後のページ。

そこには、短い言葉が書かれていた。

 ――失われた魂を、もう一度この世に。

 僕は息を止めた。

 ページをめくる。

 魔術式の図。

 人の身体を模した、複雑な構造図。

 心臓の位置には、魔石。

 骨格の一部には、金属製の補助構造。

 皮膚の下には、修復用の術式。

 その横に、師匠の字で記されていた。

 「肉体は、壊れやすい。二度と失わないために、最高の素材を選ぶ」

僕の指先が震えた。

 ページの隅には、日付が記されている。

 何十年も前のものだった。

 そのさらに下に。

 ――試作体、完成。

 ――外見年齢、十六歳。

 ――魂魄の定着、安定。

 ――記憶の継承については、慎重を要する。

 僕は、手帳を落としそうになった。

「……試作体?」

 声が震える。

 その言葉の意味を、僕は知っていた。

 死霊術師が、失われた肉体や生命を再構成するために使う術式。

人造生命。

 死者を蘇らせるための、器。

 僕は、ゆっくりと自分の腕を見つめた。

 今日、傷口から覗いた銀色の部品。

 すぐに消えた、青白い光。

 毎日飲まされる、苦い薬。

 師匠が、僕の怪我を異常なほど気にする理由。

 夜間の外出を禁じる理由。

 そして、僕の顔に傷がないか、必死に確かめた理由。

 頭の中で、ばらばらだったものが、一つにつながっていく。

「……違う」

 僕は首を振った。

そんなはずはない。

 僕は人間だ。

 師匠の弟子だ。

 三年前、森の入り口で倒れていた僕を、師匠が拾ってくれた。

 そう聞いていた。

 僕は、師匠に教わった。

 僕は、師匠と暮らしてきた。

 僕は――

 手帳の最後のページに、折りたたまれた紙が挟まっていた。

 僕は震える手で、それを開いた。

 古い写真だった。

 若い師匠。

その隣に、小さな女の子。

 そして、写真の裏に書かれた名前。

 ――エリシア。

 僕は、その名前を見つめた。

 胸の奥が、奇妙に痛んだ。

 知らない名前のはずなのに。

 なぜか、懐かしい。

「……エリシア?」

 その瞬間。

 工房の扉が、勢いよく開いた。

「――お前!」

 師匠が立っていた。

 顔は青ざめ、目を見開いている。

手帳を見た瞬間、師匠はすべてを理解したようだった。

「……師匠」

 僕は、ゆっくりと顔を上げた。

「僕は……」

 言葉が続かない。

 師匠は、何かを言おうとした。

 しかし、声が出なかった。

 長い沈黙のあと。

 師匠は、杖を落とした。

 そして、僕のもとへ歩み寄った。

「……エリシア」

その声は、震えていた。

「え?」

 次の瞬間。

 師匠は、僕を強く抱きしめた。

 いつもの厳しい師匠からは想像できないほど、強く。

 僕の身体が、老人の胸に押しつけられる。

「よく頑張ったね」

 師匠の声が、耳元で聞こえた。

「私の可愛い娘」

 僕は、固まった。

 師匠の腕の中で、何も言えなくなった。

 可愛い娘。

その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

 僕は、ゆっくりと自分の腕を見つめた。

 いつもの腕。

 人間と変わらない、柔らかな肌。

 でも、その下には。

 銀色の部品がある。

 魂を定着させる魔石がある。

 僕は、師匠の顔を見上げた。

 長い年月を生きてきた老人。

 写真の中では、若かった男。

 その隣にいた、小さな少女。

 僕と、そっくりな少女。

 僕は、口を開いた。

「……あれ?」

声が、ひどく間の抜けたものになった。

「僕、弟子じゃなくて……?」

 師匠は、僕を抱きしめたまま答えた。

「……私の娘だ」

「……」

「ずっと、私の娘だ」

 僕は、しばらく何も言えなかった。

 そして。

「……じゃあ、僕が一人前の死霊術師になったら、師匠を超えるっていう目標は……?」

「そんなものは、どうでもいい」

「どうでもいいんですか!?」

「お前が怪我をしないことのほうが、よほど大切だ!」

「でも、僕、もう三年も修行して――」

「修行などしなくていい!」

「えぇ!?」

 工房に、僕の悲鳴が響き渡った。

 師匠は僕を離さない。

 僕は師匠の腕の中で、じたばたともがく。

「師匠! 僕は立派な術師になりたいんです!」

「ならんでいい!」

「弟子として認めてください!」

「娘として生きろ!」

「話が違う!」

 その夜。

僕は初めて知った。

 僕が、師匠の愛弟子ではなく。

 師匠が失った愛娘を蘇らせるために創り出した、人造の生命であることを。

 そして。

 師匠が僕に厳しかった理由は。

 僕を立派な術師に育てるためではなく。

 壊れやすい最高傑作の娘を、二度と失わないためだったことを。

 ……いや。

でも。

「師匠!」

「なんだ」

「明日からも修行、していいですよね?」

「駄目だ」

「なぜですか!」

「娘に危険なことをさせる親がいるか!」

「僕は死霊術師の弟子です!」

「娘だ!」

「弟子です!」

「娘だ!」

「……」

 僕は、ため息をついた。

師匠は、僕の頭を撫でる。

 その手は、少し震えていた。

 僕は、もう一度、自分の腕を見つめた。

 そこにあるはずの銀色の部品は、今は見えない。

 でも。

 師匠が僕を抱きしめる力は、確かに伝わってくる。

「……まあ、いいか」

 僕は、小さく笑った。

 僕が何者なのか。

 それは、まだ分からない。

 でも、一つだけ分かったことがある。

 師匠は、僕を大切にしている。

 それだけは、間違いない。

だから、いつか。

 僕は、師匠を超える。

 立派な死霊術師になって。

 そして、師匠に言ってやるのだ。

 ――僕は、あなたの愛弟子です、と。

 ……たとえ師匠が、何百回「娘だ」と言い張っても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。