死霊術師(ネクロマンサー)の愛弟子
僕が師匠に弟子入りして、三年が経った。
師匠の住む場所は、王都から馬車で三日ほど離れた、深い森の奥だった。
昼間でさえ木々の隙間から差し込む光は少なく、夜になると、月明かりすら届かない。森の中には奇妙な鳴き声が響き、時折、どこからともなく白い人影が現れる。
村人たちは、この森をこう呼んでいた。
――死者の森。
そして、そこに住む男を。
――邪悪な死霊術師。
「師匠! 今日の修行、終わりました!」
僕が工房の扉を開けると、黒いローブをまとった老人が、机の上で何かを調合していた。
白髪は肩まで伸び、顔には深い皺が刻まれている。左目には黒い眼帯をつけ、右手には常に杖を握っている。
見るからに恐ろしい。
初めて会ったとき、僕は思わず腰の剣に手を伸ばしかけたほどだ。
しかし、そんな師匠も、僕のことになると実に細かい。
「……お前、今日は外に出ただろう」
「えっ?」
「靴の裏に土がついている。森の西側か?」
「よく分かりましたね! 薬草を採りに、少しだけ!」
「少しだけではない。三十分も予定より遅い」
「そ、それは……」
師匠は深いため息をついた。
「何度言えば分かる。お前はまだ未熟だ。勝手に森を歩き回るな」
「でも、師匠に教わった結界術を使ったので、魔物には一度も襲われませんでしたよ!」
「そういう問題ではない!」
怒鳴り声が工房に響く。
僕は肩をすくめた。
やっぱり、厳しい。
師匠は僕を一人前の術師に育てるために、妥協を許さないのだ。
いつか必ず、師匠のような立派な死霊術師になってみせる。
「……ほら。今日の薬だ」
師匠が小瓶を差し出した。
中には、濁った紫色の液体が入っている。底には何か黒いものが沈んでいた。
「またこれですか?」
「毎日飲めと言っている」
「苦いんですよね、これ……」
ちらっと師匠を見て、繰り返す。
「苦いんですよ」
「我慢しろ。身体の調子を整える薬だ」
師匠は、僕が小瓶を口に運ぶまでじっと見つめている。
仕方なく、一気に飲み干した。
舌に広がる鉄のような味と、薬草の苦み。
「うえぇ……。師匠、これ本当に必要なんですか?」
「必要だ」
「どんな効果があるんです?」
「……お前を、お前のままでいさせるためのものだ」
「え?」
「なんでもない。明日も飲め」
師匠はそっぽを向いた。
僕師匠は、時々よく分からないことを言う。
でも、きっと深い意味があるのだろう。
それにしても。
「師匠! 今日は新しい死霊術を教えてください!」
「駄目だ」
「なぜですか!」
「お前にはまだ早い」
「もう三年も弟子をやっているんですよ!」
「三年など、死霊術師にとっては一瞬だ」
師匠は厳しい。
厳しいが、僕の修行を決して怠らない。は首をかしげながらも、薬瓶を片づけた。
師匠は、時々よく分からないことを言う。
でも、きっと深い意味があるのだろう。
それにしても。
「師匠! 今日は新しい死霊術を教えてください!」
「駄目だ」
「なぜですか!」
「お前にはまだ早い」
「もう三年も弟子をやっているんですよ!」
「三年など、死霊術師にとっては一瞬だ」
師匠は厳しい。
厳しいが、僕の修行を決して怠らない。
僕が転んだときはすぐに駆け寄ってくるし、少しでも顔色が悪いと、その日の修行を中止する。
夜の外出など、絶対に許してくれない。
「夜は危険だ。窓から外を見るのも控えろ」
「でも、師匠は夜中に出かけるじゃないですか!」
「私はいい」
「ずるい!」
「私は死霊術師だ」
「それ、理由になってません!」
そんなやり取りをしながら、僕は毎日、修行に励んでいた。
僕の目標は一つ。
師匠を超える、偉大な死霊術師になること。
……いつか、絶対に。
※※※
事件が起きたのは、ある晴れた日の午後だった。
「――邪悪な死霊術師め! 今日こそ、その悪行を終わらせてやる!」
森の入り口から、威勢のいい声が聞こえてきた。
僕は工房で、古い魔導書を読んでいた。
顔を上げる。
「……師匠?」
師匠は、工房の奥で何かをしていた。
いや、違う。
聞こえてきた声は、森の外からだ。
複数の人間が近づいてくる気配がある。
結界が反応していた。
「師匠! 誰かが森に入ってきました!」
僕が叫ぶと、師匠はすぐに顔を上げた。
その表情が、普段よりも険しくなる。
「……来たか」
「知っているんですか?」
「お前は工房から出るな」
「えっ?」
「絶対にだ。私が戻るまで、扉を開けるな」
師匠は、普段とは比べものにならないほど強い口調で言った。
そして、杖を手に取り、外へ向かおうとする。
「待ってください、師匠!」
僕は慌てて立ち上がった。
「僕も戦います! 修行の成果を見せるときです!」
「駄目だ」
「でも!」
「お前は、まだ……」
師匠は言葉を止めた。
そして、一瞬だけ、ひどく悲しそうな顔をした。
「……危険だからだ」
それだけ言い残し、工房を出ていった。
僕は拳を握りしめた。
師匠は、僕を守ろうとしている。
でも、師匠だってもう若くない。
もしも僕が何もできず、師匠が傷ついたら?
そんなの、絶対に嫌だ。
「……ごめんなさい、師匠」
僕は扉を開けた。
森の中には、武装した一団がいた。
先頭に立っているのは、白銀の鎧をまとった青年。腰には聖剣があり、その後ろには女神官、魔術師、そして大柄な戦士が続いている。
勇者一行。
王都から派遣された、邪悪な死霊術師討伐隊だ。
彼らは、僕の師匠を討ちに来たのだ。
「そこにいるのは、死霊術師の弟子か!」
勇者が剣を抜いた。
「師匠はどこだ!」
「……師匠に何の用ですか」
「お前も邪悪な術に手を染めているのだろう! その老人とともに、ここで裁きを受けろ!」
僕は歯を食いしばった。
師匠は確かに、死霊術を使う。
でも、僕の知る師匠は、決して悪人ではない。
夜中にこっそり森の動物を治療していることも知っているし、村の子どもが病気になったとき、誰にも知られないよう薬を届けていることも知っている。
そんな師匠を、悪人呼ばわりするなんて。
「師匠は悪い人じゃない!」
僕は杖を構えた。
「僕が、師匠を守ります!」
勇者が驚いた顔をする。
「……その杖。死霊術師の弟子か」
「そうです!」
「ならば、容赦はしない!」
勇者が突進してきた。
剣が振り下ろされる。
僕はとっさに杖を掲げた。
「――死霊術・スケルトン・レギオン!」
地面から、無数の骨が湧き上がった。
白い骨が組み上がり、剣や盾を手にした骸骨兵が次々と立ち上がる。
勇者たちの顔が引きつった。
「なっ……!」
「死者を操るなんて!」
骸骨兵が勇者たちに襲いかかる。
しかし、勇者の聖剣は強かった。
一閃。
二閃。
骸骨兵が次々と砕け散る。
「この程度か!」
勇者が叫ぶ。
僕は焦った。
師匠に教わった術が、通用しない?
いや、まだだ。
僕は魔導書で学んだ、別の術式を思い出した。
死霊術は、死者を操るだけではない。
魂と肉体の境界に干渉し、失われたものを補う術でもある。
師匠はそう教えてくれた。
「――死霊術・ソウル・リペア!」
杖の先から、淡い青白い光が放たれた。
光は、僕の身体を包み込む。
同時に、僕の周囲に倒れていた骸骨兵の骨が浮かび上がった。
砕けた骨が集まり、再び骸骨兵として立ち上がる。
「そ、そんな……! 倒しても復活するだと!?」
女神官が悲鳴を上げた。
僕は驚いた。
この術は、骸骨兵を修復するだけじゃない。
僕自身の身体にも、力が流れ込んでくる。
なんだか、身体が軽くなった。
「すごい……!」
師匠は、こんな術まで教えてくれていたのか。
僕は杖を握り直した。
「師匠を傷つける人は、絶対に許しません!」
骸骨兵が一斉に動き出す。
勇者たちは必死に応戦した。
しかし、僕は三年間の修行で学んだ術を次々と繰り出していった。
死霊術。
結界術。
呪縛術。
そして、魂魄修復。
勇者一行は、ついに森の奥へ進むことを諦めた。
「この森ではあまりに不利だ⋯。撤退だ!」
勇者が叫んだ。
「この森には、人間ではない何かがいる……!」
魔術師が震えながら、僕を指差す。
「顔が……、あの傷……あれは……!」
僕は首をかしげた。
顔に何かついているのだろうか。
しかし、勇者たちは、こちらを見ようともせず逃げていった。
森に静寂が戻る。
「……やった」
僕は杖を下ろした。
「やったぞ!」
初めて、師匠の教えが誰かを退けるほどの力になった。
胸が熱くなる。
「師匠! 僕、やりました!」
その瞬間だった。
右腕に、鋭い痛みが走った。
「……え?」
見ると、腕の表面が大きく裂けていた。
その下から、奇妙なものが覗いている。
銀色の細い部品。
複雑な歯車のような構造。
そして、淡い青い光を放つ小さな魔石。
「……何、これ?」
僕は息を呑んだ。
こんなものが、僕の腕の中に?
指で触れようとした、そのとき。
傷口から青白い光が広がった。
金属のような部品が、肉の下へとゆっくり沈んでいく。
裂けた皮膚が、まるで時間を巻き戻すように閉じていった。
「えっ……」
僕は慌てて腕を擦った。
しかし、そこには何も残っていなかった。
普通の肌。
いつもの僕の腕。
「……見間違い、かな」
僕は首をかしげた。
そのとき、森の奥から、誰かが走ってくる音が聞こえた。
※※※
「――お前!」
師匠だった。
普段はゆっくり歩く老人が、息を切らして走ってくる。
僕の姿を見た瞬間、顔色が変わった。
「怪我は!?」
「師匠! 大丈夫です! 勇者たちは追い払いました!」
「腕を見せろ!」
「えっ、あ、はい」
師匠は僕の腕を掴み、傷がないか確かめる。
手が震えていた。
「……顔は?」
「顔?」
「顔に傷はないか!」
「たぶん……」
師匠は僕の顔を両手で包み込むようにして、細かく確かめた。
頬。
額。
目元。
まるで、少しでも傷が残っていないか、必死に探しているようだった。
「……よかった」
師匠が、深く息を吐いた。
「師匠?」
「……よく、無事でいてくれた」
その声は、いつもの厳しいものとは違っていた。
僕は、少し照れくさくなった。
「心配してくれたんですね」
「当たり前だ」
「でも、僕だって師匠を守りたかったんです」
「……馬鹿者」
師匠は僕の頭を撫でた。
いつもなら、「修行が足りない」と言われるところだ。
しかし、今日は何も言わなかった。
そのことが、妙に嬉しかった。
「師匠、そういえば……」
僕は、ふと思い出した。
少し前のことだ。
工房の掃除をしていたとき、師匠が隠していた古い手帳を見つけたことがある。
師匠は、珍しく慌てた様子で手帳を取り上げた。
そのとき、手帳から一枚の写真が落ちた。
魔法で写し取られた、古い肖像画のようなものだった。
若い頃の師匠と、小さな女の子。
女の子は、柔らかな髪を肩まで伸ばしていた。
大きな瞳。
少し垂れた目尻。
ふっくらとした頬。
そして、笑ったときに少しだけ上がる口元。
どこかで見たことがあるような顔だった。
いや。
よく知っている顔だった。
「……そうだ」
僕は、師匠の顔を見つめた。
「師匠、昔、娘さんがいたんですよね?」
師匠の表情が固まった。
「……何の話だ」
「前に見た手帳の写真です。小さな女の子と一緒に写っていた」
「……」
「その子、すごく可愛かったですよね」
師匠は、ゆっくりと目を伏せた。
「……ああ」
短い返事だった。
森を風が吹き抜ける。
師匠の白髪が揺れた。
「……私の娘だ」
「亡くなったんですか?」
聞いてはいけないことだったのかもしれない。
でも、師匠は怒らなかった。
「……ずっと昔にな」
その声には、長い年月の重みがあった。
僕は胸が苦しくなった。
師匠は、こんな悲しい過去を抱えていたのか。
だからこそ、死霊術師になったのだろうか。
死者を蘇らせるために。
「師匠……」
僕は何か言おうとした。
しかし、言葉が出てこなかった。
代わりに、もう一度、あの写真を思い出した。
幼い少女。
その少女の顔。
そして――
自分の顔。
「……あれ?」
僕は、無意識に自分の頬に触れた。
大きな瞳。
少し垂れた目尻。
柔らかな頬。
写真の少女と、自分の顔が重なった。
偶然だ。
きっと、偶然に決まっている。
人間の顔なんて、似ることもある。
僕はそう思い込もうとした。
しかし。
なぜか、胸の奥に、小さな違和感が残った。
※※※
その日の夜。
僕は工房の自室に戻り、鏡の前に立っていた。
師匠は、僕が怪我をしていないかを何度も確認したあと、工房の奥へ戻っていった。
いつもなら、夜の修行を禁じられている時間だ。
でも、今夜は眠れなかった。
腕の傷。
銀色の部品。
あの写真。
そして、師匠の表情。
僕は、鏡に映った自分を見つめた。
いつもの僕。
黒髪。
大きな瞳。
少し垂れた目尻。
師匠が「まだ幼い」と言うたびに、僕は少し不満だった。
三年も修行しているのに。
いつまでも子ども扱いされる。
それでも、僕は師匠の弟子だ。
そう思っていた。
そのとき。
工房の奥から、何かが落ちる音が聞こえた。
僕は扉を開けた。
師匠の机の上に、古い手帳が置かれていた。
あの手帳だった。
師匠は、急いでどこかへ移動したのだろうか。
僕は迷った。
勝手に見るべきではない。
でも、どうしても気になった。
手帳を開く。
古い文字が並んでいた。
魔術の研究記録。
死霊術式。
魂魄の定着。
肉体の再構成。
そして、最後のページ。
そこには、短い言葉が書かれていた。
――失われた魂を、もう一度この世に。
僕は息を止めた。
ページをめくる。
魔術式の図。
人の身体を模した、複雑な構造図。
心臓の位置には、魔石。
骨格の一部には、金属製の補助構造。
皮膚の下には、修復用の術式。
その横に、師匠の字で記されていた。
「肉体は、壊れやすい。二度と失わないために、最高の素材を選ぶ」
僕の指先が震えた。
ページの隅には、日付が記されている。
何十年も前のものだった。
そのさらに下に。
――試作体、完成。
――外見年齢、十六歳。
――魂魄の定着、安定。
――記憶の継承については、慎重を要する。
僕は、手帳を落としそうになった。
「……試作体?」
声が震える。
その言葉の意味を、僕は知っていた。
死霊術師が、失われた肉体や生命を再構成するために使う術式。
人造生命。
死者を蘇らせるための、器。
僕は、ゆっくりと自分の腕を見つめた。
今日、傷口から覗いた銀色の部品。
すぐに消えた、青白い光。
毎日飲まされる、苦い薬。
師匠が、僕の怪我を異常なほど気にする理由。
夜間の外出を禁じる理由。
そして、僕の顔に傷がないか、必死に確かめた理由。
頭の中で、ばらばらだったものが、一つにつながっていく。
「……違う」
僕は首を振った。
そんなはずはない。
僕は人間だ。
師匠の弟子だ。
三年前、森の入り口で倒れていた僕を、師匠が拾ってくれた。
そう聞いていた。
僕は、師匠に教わった。
僕は、師匠と暮らしてきた。
僕は――
手帳の最後のページに、折りたたまれた紙が挟まっていた。
僕は震える手で、それを開いた。
古い写真だった。
若い師匠。
その隣に、小さな女の子。
そして、写真の裏に書かれた名前。
――エリシア。
僕は、その名前を見つめた。
胸の奥が、奇妙に痛んだ。
知らない名前のはずなのに。
なぜか、懐かしい。
「……エリシア?」
その瞬間。
工房の扉が、勢いよく開いた。
「――お前!」
師匠が立っていた。
顔は青ざめ、目を見開いている。
手帳を見た瞬間、師匠はすべてを理解したようだった。
「……師匠」
僕は、ゆっくりと顔を上げた。
「僕は……」
言葉が続かない。
師匠は、何かを言おうとした。
しかし、声が出なかった。
長い沈黙のあと。
師匠は、杖を落とした。
そして、僕のもとへ歩み寄った。
「……エリシア」
その声は、震えていた。
「え?」
次の瞬間。
師匠は、僕を強く抱きしめた。
いつもの厳しい師匠からは想像できないほど、強く。
僕の身体が、老人の胸に押しつけられる。
「よく頑張ったね」
師匠の声が、耳元で聞こえた。
「私の可愛い娘」
僕は、固まった。
師匠の腕の中で、何も言えなくなった。
可愛い娘。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
僕は、ゆっくりと自分の腕を見つめた。
いつもの腕。
人間と変わらない、柔らかな肌。
でも、その下には。
銀色の部品がある。
魂を定着させる魔石がある。
僕は、師匠の顔を見上げた。
長い年月を生きてきた老人。
写真の中では、若かった男。
その隣にいた、小さな少女。
僕と、そっくりな少女。
僕は、口を開いた。
「……あれ?」
声が、ひどく間の抜けたものになった。
「僕、弟子じゃなくて……?」
師匠は、僕を抱きしめたまま答えた。
「……私の娘だ」
「……」
「ずっと、私の娘だ」
僕は、しばらく何も言えなかった。
そして。
「……じゃあ、僕が一人前の死霊術師になったら、師匠を超えるっていう目標は……?」
「そんなものは、どうでもいい」
「どうでもいいんですか!?」
「お前が怪我をしないことのほうが、よほど大切だ!」
「でも、僕、もう三年も修行して――」
「修行などしなくていい!」
「えぇ!?」
工房に、僕の悲鳴が響き渡った。
師匠は僕を離さない。
僕は師匠の腕の中で、じたばたともがく。
「師匠! 僕は立派な術師になりたいんです!」
「ならんでいい!」
「弟子として認めてください!」
「娘として生きろ!」
「話が違う!」
その夜。
僕は初めて知った。
僕が、師匠の愛弟子ではなく。
師匠が失った愛娘を蘇らせるために創り出した、人造の生命であることを。
そして。
師匠が僕に厳しかった理由は。
僕を立派な術師に育てるためではなく。
壊れやすい最高傑作の娘を、二度と失わないためだったことを。
……いや。
でも。
「師匠!」
「なんだ」
「明日からも修行、していいですよね?」
「駄目だ」
「なぜですか!」
「娘に危険なことをさせる親がいるか!」
「僕は死霊術師の弟子です!」
「娘だ!」
「弟子です!」
「娘だ!」
「……」
僕は、ため息をついた。
師匠は、僕の頭を撫でる。
その手は、少し震えていた。
僕は、もう一度、自分の腕を見つめた。
そこにあるはずの銀色の部品は、今は見えない。
でも。
師匠が僕を抱きしめる力は、確かに伝わってくる。
「……まあ、いいか」
僕は、小さく笑った。
僕が何者なのか。
それは、まだ分からない。
でも、一つだけ分かったことがある。
師匠は、僕を大切にしている。
それだけは、間違いない。
だから、いつか。
僕は、師匠を超える。
立派な死霊術師になって。
そして、師匠に言ってやるのだ。
――僕は、あなたの愛弟子です、と。
……たとえ師匠が、何百回「娘だ」と言い張っても。




