完璧な家族
そのクローゼットの奥は、ただのベニヤ板ではなかった。
服をかき分けた先、冷たい空気が流れ込む隙間を通り抜けると——そこは、私がずっと夢見ていた「理想の世界」だった。
何よりも違ったのは、家族の姿だ。
いつも私を罵倒し、冷たい視線を向けてくる現実の家族とは大違いだった。この世界の彼らは、信じられないほど優しく、いつも笑顔で、私の言葉に耳を傾けてくれる。
「ああ、ここに私の居場所があったんだ」
胸を震わせるほどの幸福感。しかし、同時に冷酷な現実が突きつけられる。この温かい食卓につくべき「私」は、すでにこの世界に存在しているのだ。
——なら、消してしまえばいい。
だって、ここは私のための理想郷なのだから。
私は隙を見て、この世界の「自分」の首に手をかけた。驚愕に目を見開く自分を絞め殺すのは、奇妙なほどにあっけなかった。これでいい。今日から私が、この完璧な家族の娘になる。
夜中、静まり返った家の中で、私は自分の死体を大きなゴミ袋に包み、裏庭の深い雑木林へと運んだ。
スコップで地面を掘り返す。カツン、と何かに当たった。
石ではない。もっと柔らかく、しかし鈍い手応え。
不審に思って周囲の土を大きくかき分けた瞬間、私は息を呑んだ。
土の中から現れたのは、腐敗の進んだ、しかし見紛うはずもない「私」の顔だった。
それだけではない。パニックになりながらさらに泥を払うと、そこには無数の、本当に**無数の「私の死体」**が、折り重なるようにして埋められていた。
あるものは骨と化し、あるものはまだ新しく、全員が同じ私の顔をして泥に塗れている。
「な、んで……?」
ガサリ、と背後の草むらが揺れた。
恐怖で全身の血が凍りつく。ゆっくりと振り返ると、暗闇の中に人影が立っていた。
懐中電灯の光が、その人物の顔を照らし出す。
そこにいたのは、今さっき私が殺したはずの、いや、私と全く同じ顔をした「自分」だった。
彼女は手にしたスコップをだらりと下げ、酷くひび割れた、憐れむような笑みを浮かべて言った。
「みんな、考えることは同じなんだよね」
彼女の声は、低く、どこか投げやりだった。
「この世界を見つけて、理想の家族に目が眩んで、先住者を殺して入れ替わる。……いろんな並行世界から、みんなここへやって来た。でもね、誰も気づかないのよ」
彼女は一歩、また一歩と近づいてくる。
「『いい人に見える家族』が、なぜ毎回、偽物の娘を本物として受け入れているのかってことにさ」
背後の家を見る。
二階の窓から、あの優しい、優しすぎる家族が、暗闇の中でじっとこちらを見下ろしているのが見えた。その瞳には、およそ人間が身内に向けるとは思えない、狂気的な歓喜が宿っていた。




