表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

7

「おはようございます」

声の主は、警戒を解ききらないまま挨拶を重ねてきた。


「……ええ、おはようございます」

京太郎は顔に出さず、穏やかなトーンを作って応じた。


「轟さんのところ、何かご用ですか」

と、男は問いを継ぐ。


「失礼しました。彼とは古い友人でして。小宮と申します」

京太郎は適当な嘘を滑らせながら、軽く頭を下げた。視線だけは下げきらず、

相手の立ち位置と素性を探る。


「ああ、自分はここの大家です」

男の警戒がわずかに緩んだ。洗いざらしのシャツに、丈の短いズボンという出で立ちだ。

むき出しのふくらはぎから足首にかけて、細かな水滴が散っている。

階段を上がる前に下から聞こえていた、ホースで水を撒くような音の正体は彼だったのだと、

京太郎は理解した。


大家は、少し目を細めて京太郎の顔をまじまじと見た。


「にしてもあの人ぉ、友達なんていたんだ」

そして、ぽつりと付け加える。


「……には、見えないけどね」


その『見えない』という言葉の矛先を、京太郎は冷静に引き受けた。それは、この部屋の住人が孤独な人間であるという人物評ではなく、先ほどの自分の振る舞い――友人を訪ねてきたにしてはあまりに陰を帯びた、身辺を嗅ぎ回るような態度――を指して言われたのだと解釈したからだ。

「ええ、おっしゃる通りです。すみません、疑われるような真似をしてしまって……以後、気を付けます」

京太郎は小さく頭を下げて、人の良さそうな苦笑を作ってみせた。


苦笑を作ってみせた京太郎と大家の間に、けたたましい音が割り込んだ。

ドアと薄い壁を隔てた、部屋の奥からだった。電話の着信音だ。男二人の会話は中途半端に断ち切られ、

どちらからともなくその音の連なりに耳を傾ける形になった。


五回、十回。当然、誰も出る気配はない。家主の不在を証明するように鳴り続ける音を、

二人は無言のまま見届けていた。


やがて、カチャリと短い音がしてベルが止む。留守番電話に切り替わったのだ。

自動応答の音声のすぐ後、くぐもった男の声がスピーカーから通路へと漏れ聞こえてきた。


『あー、こちら潮崎警察署ですが。轟伊住馬さんのお宅でよろしいでしょうか』

その単語に、京太郎と大家の体が同時にこわばった。


『実は先ほど、伊住馬いすまさんを本署の方で保護いたしました。お伝えしたい件がありますので、確認次第、至急折り返しのご連絡をお願いします』

一方的な用件だけが告げられ、通話の切れる乾いた音が部屋の中に響いた。


通路に、先ほどよりもずっと気詰まりな間が落ちる。


「……ええと」

大家が、探るような目で京太郎を見た。その顔つきは先ほどとは打って変わり、明らかな面倒事を嫌悪するような、露骨な及び腰になっていた。


「あなた、ご友人……でしたよね」

「あっ、はい。そうです」

京太郎が即答すると、大家は少しホッとしたように、しかし押し付けるような早口でまくしたてた。


「それなら、ご家族の連絡先とかご存知ないですか?もしくは、あなたの方で警察に連絡して対応してもらえませんかね。こういうのは、身内の方や近しい人じゃないとちょっと……」

大家は後ずさるように身を引きながら、言葉を継ぐ。


「必要なら、今すぐ合鍵を取ってきますんで。中に入って、部屋からかけ直してもらって構いませんから」

促されるままに、京太郎は頷くしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ