第三十五段 決断
カガセオはナミカを部屋に送り届けた後、女王の間へと戻った。
アヤネは玉座に腰掛けたまま、静かに思索していた。
「只今戻りました」
「カガセオさん。
ナミカにナギトの出生の秘密を話したことは――
摂政に就任した今こそ、知るべき時だと思ったからです」
「はい。もう子供ではありませんから」
「それで……先ほどのナミカを、どう思いましたか?」
「昔のアヤネ様に、よく似ていらっしゃいます」
「また……その話ですか?」
「これを機に、ナミカ様が覚悟を定めてくださればよいのですが」
「先ほどの会話で分かったことは一つ。
ナミカの考えは、まだ甘いということです」
「しかし内容は単純です。
次期女王の内定さえ得れば、ナギトを正式に迎えられる。
私はそれを示したに過ぎません」
「明日になれば、ナミカも冷静になり、理解するでしょう。
そして気持ちは前へ向くはずです」
「しかし……あのナミカが、あれほど感情を露わにするとは……」
「ナギトのことになると周囲が見えなくなる。
それは弱点にもなり得ます」
そのようにアヤネが言うと、カガセオは静かに続けた。
「――だが、裏を返せば最大の武器にもなる」
その言葉を聞き、アヤネはわずかに微笑んだ。
そして小さく息を吐き、話題を切り替える。
「それはそうと――次はナギトの件です」
「ナギトの才能は、まだ伸びる」
「予定通り、軍へ入れましょう。
カガセオさん、あなたから接触をお願いします」
「承知しました。予定通り事を進めます」
翌日――
ナギトはベッドから起き上がれず、横になったままだった。
ナミカの摂政就任の映像を見て、
彼女が遠い場所へ行ってしまったと感じていた。
もう手の届かない存在になった――。
(もう……ナミカさんに会うことすら叶わないのか?)
(会いたい……でも、もうアスカにはいない……)
(今までの連絡手段では、もう繋がらない)
(どうすれば……どうすれば……)
その時、電脳メガネが着信を告げた。
「ナギト君でいらっしゃいますか?」
「はい」
「私はカガセオと申します」
(カガセオ……!
どこかで聞いた名――
そうだ、以前ナミカさんの話に出てきた人物だ)
「少し、お時間をいただけますでしょうか?」
「はい。もちろん大丈夫です」
「それでは一時間後、指定の喫茶店へお越しください」
「わかりました」
「それでは、お待ちしております」
通信が切れた。
ナギトの胸の奥に、かすかな希望が灯る。
ナミカのことを知る手がかりかもしれない――。
そう思い、ナギトはすぐに外出の準備を始めた。
一時間後
指定された喫茶店。
窓際の席に、一人の男が座っていた。
「ナギト君」
「……カガセオさんですか?」
「はい。どうぞ、座ってください」
「コーヒーで良いかな?」
「はい。ありがとうございます」
注文を済ませ、しばらく沈黙が流れる。
カガセオは穏やかに微笑んだ。
「当然だけど……私のことは覚えていないよね?」
「はい……申し訳ありません」
「名前だけはナミカさんとの会話で存じておりました」
「改めて名乗ろう。
私はカガセオ。アスカではナミカ様の屋敷の使用人をしていた」
「だから、君の面倒もずっと見ていたんだよ」
「例えば――
君のオムツを替えたこともある」
「……はぁ。その節はどうも……」
「ははは。
記憶を奪われていなくても、覚えていないだろうけどね」
コーヒーが運ばれる。
「気にせず飲んで」
「はい。ありがとうございます」
カガセオはしみじみとナギトを見つめた。
「立派になったね」
「天然遺伝子でありながら大学へ進学し、
そして世界大会で第五回戦まで進んだ。
本当に見事だった」
「いえ……
ナミカさんや仲間との訓練のおかげです。
自分一人の力ではありません」
「生体鎧の才能があるようだね?」
「才能かは分かりません。
ただ、自分の直感と合っていて……楽しいと感じています」
「そうか……」
そして、カガセオは静かに本題を告げた。
「その才能を、さらに伸ばす道を考えてみないか?」
「……それは?」
「大学卒業後、軍へ入ることだ」
「世界大会の成績があれば、軍は歓迎するだろう」
「進路の一つとして、考えてみてほしい」
「軍隊ですか……」
「ああ。
生体鎧の訓練を行うには最高の環境だ」
「それに――
女王直属の親衛隊に入れれば、
ナミカ様にも会える可能性がある」
「……えっ!?」
「それを伝えたかった」
「連絡先は先ほど送っておいた。
後で確認しておくといい」
「二年ある。
焦る必要はない。じっくり考えなさい」
「それでは私はこれで。
代金は払っておいた。ゆっくりしていきなさい」
カガセオは立ち上がり、店を後にした。
「女王直属の親衛隊……」
ナギトの胸に、新しい炎が灯った。
翌日
ナギトはカガセオへ通信を送った。
『……軍へ進む道を選びます』
しばらくして返信が届く。
『分かった。よく決断した』
『親衛隊の件は任せておけ』
『二年間、大学での鍛錬を怠るな』
『卒業が近づいたら、また連絡する』
『他に気になることがあれば、いつでも連絡しなさい』
『――それでは』
そして――
月日は流れ、
ナギトは大学を卒業した。




