第三十四段 ターマハラの女王
就任演説が終わり、夜になった。
夕食会のパーティに、ナミカは出席していた。
華やかなドレスを身に纏い、関係者へ挨拶して回っている。
そして催しが終わり、深夜。
ナミカは、アヤネと面会の約束を取りつけることができた。
その足で、御所へと急ぐ。
ナミカの心の中は、ナギトのことでいっぱいだった。
御所に入り、女王の間へ向かう。
扉を開けると、席に座ったアヤネが、すでに待っていた。
「お母さん!お願いがあるの!」
「ナギトを……私にください!」
「もう何も……何も望みません……」
「これまで、お母さんの言うことを聞いてきました」
「これは、私の一生のわがままです……」
「どうか……どうか、お願いでございます……!」
「これ以上、何も望みませんから……!」
「どうか……どうか……!」
「……」
アヤネは答えない。
「アヤカシコネ……女王陛下!……お願いいたします!」
そこには普段のナミカの姿はなかった。
神にも縋るような弱々しい姿であった。
アヤカシコネ――それはアヤネの本当の名。
一部の者しか知らぬ、ヤマト国女王の名であった。
「どうか……寛大なるご裁可を……」
ナミカは、すがるように頭を下げる。
「……」
沈黙。
そして、いつもの母の表情ではない、
冷え切った女王の顔がそこにあった。
「ナミカ……あなたは摂政でしょう?」
「私はヤマト女王です……図が高い。」
強烈な威圧。
ナミカは息を呑み、その場に伏す。
「……はい……申し訳ございません」
「そんなにナギトが良いの?」
冷たい声。
「はい」
「愛しているの?」
「はい」
「欲しいというのは……結婚したいという意味か?」
「はい」
「……」
「では問う。
ナギトという人物の過去について、何を知っている?」
「……!....ナギトの過去….」
ナミカは意味が良くわかっていなかった。
「それこそが、我ら一族の婚姻において最も重要なことでしょう?」
「なぜ、そこまで考えが及ばないの?」
「考えがまるで子供ね!」
「あなたは本気でナギトと結婚しよう思っているの?現実的に?」
「あなたはターマハラの摂政……次期女王候補でしょう?」
「その立場の者が婚姻を望むなら、
誰もが納得する“理由”が必要です。」
「特に一族のものを納得さえるには」
「……」
ナミカは言葉を失った。
「別にいいわよ。あなたが全てを捨ててナギトと駆け落ちしようというのなら」
「もしそんなことをしたら国が許さないでしょうけど。その場合あなた方二人とも不幸になるわね」
「私がナギトに会って、あなたと訓練させて強くさせようと思っていたのはなぜだと思う?」
「なぜ世界大会で五回戦まで進めと願ったと思う?」
「天然遺伝子で成績を残せば、
あなたの配偶者候補になると思ったからよ」
「だが、それだけでは足りない」
「なんだと思う?」
「えっ…..」
「…..」
「……血筋……?」
「やっと気づいたのね」
「我が一族には、血統が大事だと信じる者は依然多い。」
「あなたと婚姻を結ばせたいと考えている貴族は大勢いるの」
「あなたもわかっているでしょう?」
「反対を押し切って婚姻し、
内部抗争が起こればどうする?
責任が取れるの?」
「そうなれば、ターマハラは終わる」
ナミカは返す言葉もなかった。
「それでは…..私とナギトは決して結ばれることはないとおっしゃりたいのですか?」
ナミカの声には力が入っていなかった。
「私の話を最後まで聞いたら?」
「…..申し訳ございません….」
「なぜ私が、捨てられていた子供を
わざわざ自らの手で育てたと思う?」
「少しも疑問に思わなかった?」
「ナギトが普通の子なら、
施設へ送られて終わりだった。」
「…..」
「古代王朝ワ国は知っているわね?」
「はい……」
「ワ国王室は分裂し、五大王国となった」
「我らの祖は『二国連合』の主家サン国」
「『二国連合』は『三国連合』との戦に勝利した」
「敗れた『三国連合』の王族の一部は、
我らが保護した……元は同じ血族だったから」
「その中に、『三国連合』の主家――ブ国王族がいた」
「つまりナギトは、その直系子孫。」
「……え……」
ナミカの目から涙が溢れる。
「うそ…….」
「ナギトは、ブ国の王太子」
「これほどの血筋は、他にない」
「これで理解した?」
「ナギトの血筋が世に漏れれば、
命を狙われる危険があった」
「だから私は隠し、守り、育てた」
「あなたは記憶力が良い子でしょう?」
「もっと深く考えなさい。」
「摂政が聞いて呆れるわ……
最も大切なことを見落としていた。」
「その甘さでは、ナギトをやれない!」
「そんな……うううう…..ナギト….ナギト….」
ナミカは完全に泣き崩れいていた。
「言っておくわ」
「ナギトの婚姻決定権は、今も私にある。」
「私が完全にナギトを手放すと思った?」
「私の裁可で直ぐにでも他家の姫を娶らせることもできる」
「引く手は数多い」
「どうするの?」
「ナギトは十分にあなたを追った」
「今度は、あなたが追う番よ。立場逆転ね」
「……ナギト….ナギト….うっうっ」
ナミカはなお大粒の涙を流していた。
「サン国筆頭がこれでは、将来が不安ね」
「この期に及んで、愛という理想を語る?」
「理想は、力ある者が語ってこそ意味を持つ。」
「力なきものが理想に突き進んで滅んだ国は多い…」
「今のあなたに、それはない」
「そしてあなたの考えは国を滅ぼすものだたった….」
ナミカはさらに泣き崩れた。
「私は……愚かでした……
大切なものを見ず、理想だけを語っていました……」
「そうね。では――どうする?」
「……それでも、ナギトを諦めきれません……」
「わかっているわ……でもよく考えて発言しなさい。あたなの目の前にいるのは女王よ」
今度は、少しだけ優しい声だった。
沈黙。
長い沈黙。
やがてナミカは、涙を拭い、顔を上げた。
「ナギト王太子に相応しい婚約者になるため、
私は次期女王の座を勝ち取ります。」
「サン国の次期女王と、
ブ国の王太子の主家同士の結婚を成し遂げ、
ターマハラの結束を示します。」
「……」
女王はじっとナミカを見つめる。
「そうね……
それが、あなたとナギトが共に在る唯一の現実的な道。」
(その言葉を最初に欲しかった….)
「大義である!」
「下がりなさい。」
「……はい」
ナミカは泣いたまま、立ち上がれない。
その姿を見て、
アヤネはいつもの母の顔へと戻った。
「ナミカ、しっかりなさい」
「私があなたとナギトを共に育てた意味を、どうか忘れないで」
「カガセオさん、手を貸してあげてくださいな」
遠くで控えていたカガセオが進み出る。
「承知しました」
「ナミカ様、こちらへ」
優しく抱きかかえ、部屋を後にする。
廊下で、
ナミカはカガセオの胸の中で声を上げて泣いた。
カガセオは何も言わず、ただ強く抱き締めていた。
女王の間。
アヤネは一人、高座に座る。
その冷徹な瞳が、
何を思っているのか――
それを知る者は、誰もいなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アヤネはヤマト女王でした。これは当初からの設定です。
昔のアヤネは冷酷な性格をしています。
今回にその片鱗を見せています。
そしてやっとナギトの血筋について描くことができました。
当初からここまでのイメージは頭にあったのですが、それにしても長かったです。
話はまだ続きますが、気長にお待ちいただければと思います。
ナミカとナギトは果たして結ばれるのでしょうか!?
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