第三十二段 愛の証
シロの散骨を終えたあと、ナミカはしばらく動かなかった。
海は広く、雲がゆっくりと流れていた。
ザーッ、ザーッと波の音は静かで、心地よい。
「次は、あっちに行ってみましょう」
「あちらにクルーザーを借りられる場所があるんです」
「クルーザーですか?」
「えぇ。昔、ナギトさんと一緒に乗ったんです。どうしても思い出したくて……」
「その時はカガセオさんという方が運転してくれたのですが……」
「自動運転付きのものもあるので、そちらを選びましょう」
しばらくすると、小さな船着き場に着いた。
「ごめんくださーい」
「クルーザーをお借りしたいのですが?」
向こうでナミカが手続きをしている。
しばらくして戻ってきた。
「あちらの白いクルーザーを借りられました」
「さあ、乗りましょう」
ナミカとナギトはクルーザーに乗り込む。
ナミカは自動運転モードの周遊コースを選択した。
クルーザーは静かに発進し、浜辺から離れていった。
「ナミカさん! 海鳥です! こんなに近くに来るなんて!」
その瞬間、ナミカは昔の記憶を思い出していた。
子供の頃のナギトがクルーザーの上で、
『とんでる! ほら、あそこ!』
と海鳥を指差してはしゃいでいた姿。
ナミカは、今日ここに来て本当に良かったと思った。
「ふふっ…ナギちゃん! なんだか昔に戻ったみたいだね!」
「昔、ナギトさんは、こうやってクルーザーではしゃいでいたよ」
「本当にいい思い出……来てよかった」
クルーザーの上で、ナミカは次々と思い出を語った。
海を眺めながら、時間はあっという間に過ぎていく。
周遊を終え、二人は船着き場を後にした。
日は少しずつ沈み始めていた。
二人は浜辺に腰を下ろした。
「ナミカさん、今日はありがとうございます。とても楽しかったです」
「私の方こそ、付き合ってくれてありがとう」
しばらく沈黙。
「あの……ナミカさんは、大学卒業後どうなさるんですか?」
「……」
「このままナミカさんが遠くへ行ってしまう気がして、不安なんです」
「それにナミカさんは、アメノコトタチとして世界大会に出場していましたよね……」
「実力がすごいと思っていました……優勝できたのも納得です……」
「ナミカさんは何者なんですか?」
「それに、大会後……昨日まで大学に来られなかったじゃないですか?」
「……」
「今日は楽しかった。
この気持ちのままずっといられたらいいのにって思ってしまう」
「……」
「でも、少し話さないといけないわね……
今日ナギトさんを連れてきたのは、それが目的でもあったの」
「ナギトさん。少し歴史の話になるのだけれど……」
「ターマハラには、古代から天然遺伝子の家系を保持してきた“特別な一族”がいくつかあるの」
「私の家系は、その一つ……」
「その一族同士の交配によって、普通の天然遺伝子よりも優れた才能を持つ子供が生まれる割合が高いことが分かっているの」
「ただ“確率が高い”ということなんだけど….」
「そして、その特別な才能を持つ者を、昔の人は“人間以上”と呼んだ……」
「私の父と母は、ともに“人間以上”」
「そして、そこから生まれたのが私……」
「私は生まれた時、父はいなかった」
「代わりに父親役をしてくれたのが、カガセオさん……」
「母は父のことを語りたがらなかった」
「そこに“愛”はなかったのだと思う……」
「私は……言い方は悪いけれど、
ただ“作られた人間”なのかもしれない」
「おかしいでしょう? こんな人生……」
「でも今の世の中、“作られる人間”は珍しくない」
「非天然の人たちもそう……でも誰も疑問を持たない……」
「すいません……話を戻しますね」
「私に才能があるのは、そのような経緯があるから」
「与えられただけの才能なんです」
「実は、まだ公にはなっていないけれど……
女王様のお身体が悪いそうです」
「そこで政府は“摂政”の職を置くことを決めました」
「摂政は、その“特別な一族”から選ばれるの」
「……おかしな話でしょう?」
「それって、もしかして……」
「はい。私が選ばれたのです」
「そして、女王様は私が摂政になることを強く望まれたそうです……」
「私は、自分の人生を自分で選べない」
「どうやら、そういう立場に生まれてしまったみたい」
「私が摂政になれば、もう自由はなくなる」
「今日は特別に政府に願い出て、
最後の自由な時間をもらったの」
「この時間を、ナギトさんと過ごすために……」
「私にも最後くらい、
“素敵な人”と一緒に過ごす権利があってもいいでしょう……?」
「その……摂政就任はいつなんですか?」
「明日です」
「明日……!?」
「今から首都へ戻る予定なの」
「だからナギトさんは……」
「私なんかより、もっと身近で、
いつでも会える“素敵な人”と一緒になった方がいいです….その方が幸せだと思います」
「私より、ナギトさんを大切にしてくれる人は、必ず現れますから….」
「私も……ナギトさんには幸せになってほしい」
「だから――
私のことは忘れてください」
ナミカは涙ぐんでいた。
「私たちは、決して結ばれません……」
「ナギトさんの思いには応えられない….いつか私と結ばれる人も国が決めることになるでしょう….」
「だから諦めてください….お願いします」
「自分の幸せは、ナミカさんと一緒になることです。だったら――」
「無理です!」
「だったら!一緒に逃げてくれませんか?」
「この世の、すべてを捨てて――」
「そんなことできるわけないでしょう!」
「ナギトさんに危険が及びます!」
「それにもう無理です!
政府専用機が、もうここへ向かっています!」
「もう諦めてください!」
「でも、好きなんです!」
「ダメ!」
「忘れられません!」
「絶対ダメ!」
「それでも好きなんです!」
「ダメ! ダメ! ダメ! ダメーっ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ナミカは息を切らしていた。
しかし次の瞬間。
ナミカは突然ナギトへ近づいた。
赤く染まった頬。
涙の浮かぶナギトの瞳をまっすぐ見つめる。
そして――
ナミカは両手でナギトの顔を優しく包み込み、
熱いキスを交わした。
ナギトは目を見開いたまま、動けなかった。
数秒間、世界が止まった。
やがて唇が離れる。
ナミカは小さく囁く。
「愛しています。
でも……ダメ……だから」
顔を真っ赤にしたナミカが、そこにいた。
そしてナミカはその場から離れていく。
次の瞬間、上空に政府専用機が降下してきた。
「ナミカ様、お迎えにあがりました」
政府の護衛らしき者が言う。
「ご苦労様」
ナミカは振り返らず、専用機に乗り込む。
機体は静かに浮上し、空へ消えていった。
ナギトは、
ただ呆然と、綺麗な夕日を見つめることしかできなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この展開は難しい部分ではありますが、ナミカは理性と感情が一致していないのです。
ナミカはずっと苦しんでおり、でも最後は本能のまま行動しました。
今後はナミカは自分自身と向き合うことになります。
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