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第十八段 人間以上

大学の授業が終わると、ナギトはひたすらナミカとの訓練に励む日々を送っていた。


ある日、教室でコヤネが尋ねてきた。


「ナギト。あのナミカさんと一緒に訓練しているって本当か?」


「えっ……どこで聞いたんだい?」


「生体鎧初級訓練所で、君とナミカさんが一緒に練習しているのを見たって噂を耳にしたんだ」


「あぁ……実はそうなんだ……」


コヤネは目を丸くする。


「一体どうやったら、ナミカさんとそんなに親しくなれるんだい?」


「実は、自分にもよく分からないんだ……」


「だって、あのナミカさんだよ?」


コヤネは少し声を潜めて続ける。


「ナミカさんが普段、誰かと仲良くしているなんて話、まったく聞かないんだ。

優しいらしいけど、いつも一人でいることが多くて、謎が多いらしい」


「『女王の再来』とも呼ばれていて、学年成績は常に一位。

生体鎧でも、この大学で右に出る者はいないって噂だ」


「……住む世界が違うんだろうね」


ナギトは小さく息を吐いた。


「自分は非天然遺伝子で、天然遺伝子より優れている部分が多いはずなのに……」

「ナミカさんは天然遺伝子なのに、もう“別格”なんだ」


「不思議な話だよな……

本来、優れて生まれてきているのは非天然遺伝子のはずなのに」


「でも彼女は、天然でありながら、天然にも収まらない。

そんな存在が本当にいるなんて……」


コヤネは遠くを見るように呟いた。


「生まれ持った才能が桁違いすぎると……

かえって孤独になってしまうのかもしれないな」


ナギトは、その言葉を静かに胸の中で反芻していた。


「それに雰囲気も優しそうだし、容姿も綺麗。

学内でもかなり人気があるらしいね」


「そうなんだ……。人気があってもおかしくないね」


(そっか……。

ナミカさんは、みんなからはそんなふうに見られているんだな……)


ナギトは、自分の知らなかった一面を知ったような気がした。


(ナミカさんも孤独なんだ……)

(お喋り好きで、明るくて、笑顔が綺麗で、何かと自分を気にかけてくれる……なぜなんだろう?)

(同じ天然遺伝子で孤独だった自分。努力して大学へ入学した自分と境遇が似ているから……?

いや、自分とナミカさんを同列に考えること自体、失礼だ……)


ナギトは考えを巡らせたが、答えは出なかった。


「でもナギトが、生体鎧でナミカさんから直接指導を受けているってことは、

もしかしたら才能を見込まれているのかもね」


「同じ天然遺伝子だし、何か通じるものがあるのかも……」


コヤネは楽しそうに笑う。


「自分も負けていられないな。

いつかナギトと対戦できる日を楽しみにしているよ」


「だから、生体鎧の部活に入ることにした。

そこで技術を磨いてみるつもりだ」


それから二人はしばらく雑談を交わし、やがて教室で別れた。



ある日、午前中の授業が終わり、校内の庭を歩いていたとき。


「ワッ!」


突然、後ろから大きな声が響いた。


ナギトは思わず肩を跳ねさせる。


「アハハ、ナギトさん。びっくりしたでしょう?」


振り向くと、そこには笑顔のナミカが立っていた。


「ナミカさん……びっくりしましたよ……」


「ごめんなさい。

いつもナギトさん、真剣な顔をしていることが多いから、つい……」


ナミカはまだ楽しそうに笑っていた。


「ナミカさん……心臓に悪いので……」


「ごめんなさいね。

それじゃあ、また今日も授業が終わったら、いつもの訓練場で」


「はい……」


(コヤネから聞いていた“あのナミカさん”とは、ずいぶん違う……)


ナギトは小さく息をついた。



そして、それから四ヶ月ほど経ったある日。


昼食をとりに学食へ向かう途中、ナミカと一人の男子学生が、人通りの少ない場所で話している姿が目に入った。

どうやら真剣な話をしているようだった。


盗み見をするのは良くないと思いながらも、ナギトは足を止めてしまう。


そこへコヤネが近づいてきた。


「あれ、多分だけど……告白しているんじゃないかな」


「告白……?」


「うん。ナミカさん、人気があるみたいだからさ……」


しばらく遠くから見ていると、やがてナミカが申し訳なさそうにお辞儀をし、男子学生は肩を落として立ち去っていった。


コヤネは苦笑する。


「やっぱり、ダメだったかぁ。

ナミカさんと付き合えた人は、今まで一人もいないらしいからね……」


(そうだよな……。

ナミカさんは綺麗で、優しくて……。

こういうことは、これまで何度もあったんだろうな……)


ナギトは胸の奥に小さなざわめきを覚えた。


もし、ナミカに大切な人ができてしまったら――

今までのように訓練に付き合ってくれるのだろうか。



そして午後の授業が終わり、ナギトは訓練所へ向かった。


これまでの訓練の成果で、ナギトの基礎体力と基礎スピードは飛躍的に向上していた。

しかしナミカと共に訓練を重ねるほど、ある感覚が強くなっていく。


ナミカは、通常の非天然遺伝子の人類とは異なり、

まるで“はるか遠くにいる人類”のように見えるのだ。


そして、ふと人類史の授業で学んだ内容を思い出した。


かつて人類には、特別な才能を持つ者たちが存在した。

天然遺伝子の中から、ごくわずかに生まれる説明のつかない才能を持った人間。

人はそれを――『人間以上』と定義した。


合理性では説明できない、自然がもたらす恵み。

人類の技術がどれほど発達しても、この存在だけは人工的に作り出すことができなかった。

たとえクローンを生み出したとしても、それが『人間以上』になる保証はない。


おそらく必要なのは遺伝子配列だけではない。

さらに何か――外的因子。

だが、その正体はいまだ解明されていない。


(ナミカさんは――『人間以上』として生まれた特別な存在なのではないだろうか?)


ナギトは、自分とナミカの間にある圧倒的な差を感じていた。

まるで、いつか彼女が自分の手の届かない別の世界へ行ってしまうような――そんな予感。


この日も訓練が終わり、休憩ベンチに座っていたナギトに、ナミカは優しく語りかけた。


「今日も頑張りましたね。動きはとても良くなっていますよ」


「はい……でも、まだ全然です」


ナギトは、少ししょんぼりした声で答えた。


ナミカは微笑む。


「ふふ……どうして、そんなに落ち込んでいるんですか?」


「ナミカさんと……自分が、あまりにも違いすぎていて……」


「だから、自信を失ってしまっているのですね?」


「はい……ナミカさんには、何が見えているんですか?」


「それは当然、ナギトさんの“心”を見ているんですよ」


「……心?」


「ナギトさんを“感じている”んです。

ナギトさんが何を思い、何をしようとしているのか……」


「どういうことでしょうか……?」


ナミカは穏やかに続けた。


「私は、本当の“人間同士の戦い”をしていると感じています。

だから、あなたと剣を交えるのがとても楽しいんです」


「まるで、ナギトさんと対話をしているみたいで……」


「非天然遺伝子の方々との戦いは、どこか無機質で、

ただ“勝敗を決める作業”になってしまうことが多いのです」


「でも、ナギトさんは違う。

だから――もっと、あなたの戦いを私に見せてください」


「ナギトさんは、まだまだ成長します。

私は、それを知っていますから」


(なぜナミカさんは、ここまで自分を励ましてくれるんだろう……)


訓練ホールには、静かな余韻だけが残った。



そして冬。


ナミカはナギトに高速戦闘を教え始めていた。


以前ナミカが語った「非合理」な戦闘は、相手の裏をかく力になる。

だが高速戦闘では、合理や非合理といった思考よりも、肉体の反射速度そのものが重要になる。


相手に考える隙を与えなければ、最後にものを言うのは経験値。

その領域へ踏み込む訓練だった。


ナミカは、常に限界近い速度で動くことをナギトに課した。


それでもナギトは、少しずつ手応えを掴み始めていた。


「ナギトさん、以前よりも格段に動きが良くなっています」


「この感覚的な戦い方は、ナギトさんに合っているのかもしれません」


「直感力が、とても優れているのでしょうね」


(直感や感情で戦うか……)


この頃、ナギトは同学年の中でも生体鎧の実力が上位に位置するようになっていた。

その名は、徐々に大学内で知られ始めていた。



訓練の休憩時。


「そういえば、ナギトさん。お聞きしたいことがありました」


ナミカがふと思い出したように言った。


「ナギトさんは、もうすぐ大学二年生ですね。

訓練用の生体鎧は一年生まで。

二年生からは“実践用”の生体鎧になります」


「人型ではありますが、機体の色など希望があれば申請できます。

派手すぎなければ、要望は通ると思いますよ。

考えておいてくださいね」


(色か……)


ナギトは、まだ見ぬ自分の機体を思い描いた。



そして――


ナギトは大学二年生になった。


春。


ついに、実践用の生体鎧が授与される日。


そこにあったのは、

真紅の瞳を宿した、漆黒の生体鎧だった。


まるで――

闇の中で目覚める、新たな“自分”のように。


新たな章が、静かに始まろうとしていた。

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