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第十七段 桜の下で始まる道

入学式の翌朝。


桜の光が差し込む寮の部屋で、ナギトは少し早く目を覚ました。

昨日、教室で再会したナミカ。

そして交わした――「明日から訓練を始めましょう」という約束。


その記憶が、胸の奥で静かに熱を持っていた。


ベッドを出たナギトは、机の上の電脳メガネをかける。

すでに一件のメッセージが届いていた。

差出人は、ナミカ。


ナギトは無言でメッセージを開いた。


———

ナギトさん。おはようございます。


改めて、本当に大学入学おめでとうございます。


いよいよ大学生活ですね。

昨日お伝えしたように、今日から生体鎧の訓練を私が担当します。

午前中のオリエンテーション後、お昼を考慮して13:30から訓練を始めたいと思います。

それまでに生体鎧初級訓練所にお越しください。

そこでお待ちしております。


ナミカより

———


ナギトは短く息を吐いた。

やはり夢ではなかった。


簡単に朝食を済ませ、服を着替え、部屋を出る。

寮から大学までは徒歩で十分ほど。

春の風が、頬を心地よく撫でていった。


大学に到着すると、午前のオリエンテーションが始まった。

アスカ大学は四年制。

一学年およそ千人という大規模な学府だ。


ナギトは大教室に入り、電脳メガネを装着する。

人工知能が淡々とカリキュラムを説明していく。


「歴史学」「数学」「物理学」「生命科学」――

基礎学問はすべて必修。

加えて、「文学」「工学」「社会学」などの選択科目を自由に選び、

最初の数回の授業を受けた上で履修を決定する仕組みらしい。


そしてもう一つ。

この大学では、生体鎧の訓練もまた必修科目となっていた。


オリエンテーションが終わると、隣の席から声がかかる。


「ついに大学生だな、ナギト」


コヤネが楽しげに笑っていた。


「あぁ。実感はまだ薄いけどね」


「しかし、人の数がすごい。

高校の何倍だよ。迷子になりそうだ」


「確かに。

でも、こういう場所に来たかったんだろ?」


コヤネは苦笑しながら肩をすくめる。


「まぁな。

生体鎧の世界大会を目指すなら、ここが一番だって聞いたからさ。

部活も生体鎧部に入るつもりだ」


ナギトはわずかに目を見開いた。


「……世界大会を?」


「まだ夢物語だけどな。

でも、せっかくここまで来たんだ。

やれるだけやってみたい」


ナギトは静かにうなずいた。


「……同じだ。

自分も、どこまで行けるのか試したい」


「おっ、珍しく熱いじゃん」


コヤネは肘でナギトの肩を軽くつつく。


「ナギトも世界大会を目指すんだろ?」


ナギトは真剣な目で答えた。


「あぁ、もちろんだ」


「いいね。

そういう顔、嫌いじゃない。

ライバルになりそうだな、俺たち」


ナギトは少し笑った。


「そうなれたら嬉しいな」


「よし。

昼は一緒に行こう。学食の偵察だ」


「あぁ、いいよ」


――新しい日常が、静かに動き始めていた。


昼食を終えると、二人は校内で別れた。


ナギトは約束の時刻に間に合うよう、生体鎧初級訓練所へ向かう。


巨大なドーム型の施設。

扉をくぐると、そこにはすでにナミカが待っていた。


そして――

ナギトの新たな道が、ここから本格的に始まる。


「ナミカさん!」


「ナギトさん。お待ちしておりました」


ナミカは、いつもの柔らかな微笑みを浮かべていた。


「迷わず来られましたか?」


「はい。地図を何度も確認しましたので……」


「ふふ……真面目ですね。安心しました」


少しだけ、場の空気が和らぐ。


「それにしても、大きな施設ですね……第一学校の施設よりも大きいです」

ナギトは思わず天井を見上げた。


「ええ。生体鎧の訓練には広い空間が必要ですから」

「初めて来る方は、皆さん驚かれます」


「……少し緊張しています」


「それは当然です」

ナミカは優しく頷いた。

「でも大丈夫ですよ。今日は“試験”ではなく、“訓練”ですから」


その言葉で、ナギトの肩からわずかに力が抜けた。


「ここは生体鎧初級訓練所です。

以前ナギトさんがアヤネ第一学校でお使いになっていた訓練用生体鎧は、すでにこちらへ移動させています」


「今日はその訓練用生体鎧を使って、一緒に訓練をしましょう」


「といっても、最初はナギトさんの実力を見たいので……」


ナミカは少しだけ楽しそうに微笑んだ。


「私も訓練用の生体鎧に乗ります。

――まずは、軽く一戦してみましょう」


訓練区画へと続く通路を進む。

白い床、金属の壁、天井の高い照明。

足音だけが静かに響いていた。


やがて、大きな円形の訓練ホールへ出る。


中央には二基の赤色と白色の訓練用生体鎧が立っていた。

人の形をしていながら、どこか生き物のような曲線。

淡い光が関節部を静かに脈動させている。


ナギトは、その姿を見て自然と背筋が伸びた。


「こちらが、ナギトさんの機体です」


ナミカが指さした一基は、赤色のかつてアヤネ第一学校で使っていたものと同じ型だった。

だが、整備され、磨かれ、以前よりもずっと“生きている”ように見える。


「……久しぶりだね」


ナギトは、思わず機体に語りかけるように呟いた。


「ふふ。機体も、きっと喜んでいますよ」


ナミカはもう一基の白色の訓練用生体鎧の前へ進む。


「それでは、搭乗しましょう」


二人はそれぞれ機体の前で「搭乗」といって機体に乗り込んだ。


ナギトは深く息を吸い込み、座席へ身を沈めた。


――ひんやりとした感触。

背中に吸い付くようなフィット感。

ヘルメット型の神経接続端子を装着し、神経と接続されていく。


視界が暗転し――


次の瞬間。


訓練ホールが、まるで自分の裸眼で見ているかのように映し出された。


「接続、良好ですね」


ナミカの声が、直接頭の中に響いた。


「はい……問題ありません」


「では、始めましょう」


床に描かれた円形の境界線。

二機の生体鎧が、その両端に立つ。


機体が一歩踏み出す。

床がわずかに震える。


ナギトは久しぶりの感覚に、少しだけ戸惑った。

だが――すぐに体が思い出す。


呼吸。

重心。

間合い。


そして――


向かいに立つナミカの機体。


静か。

まったく無駄な動きがない。

呼吸すら感じさせない。


それはまるで――

“動かぬ湖面”。


だが、その静けさの奥に、底知れぬ深さがある。


ナギトは思った。


(……動けない)


理屈ではなく、本能がそう告げていた。


「ナギトさん」


ナミカの声が、優しく、しかし揺るぎなく響く。


「遠慮はいりません。

 あなたの“今”を、私に見せてください」


その言葉と同時に――


「それでは、始めましょう」

とナミかは言った。


新しい道の最初の一歩が、

いま、踏み出された。


ナギトは、考えるより先に身体を動かした。


床を蹴る。

機体が低い姿勢のまま滑るように前へ出る。

一拍の間に距離を詰め、右腕、左腕、連続の打撃――

高速の連打が、嵐のようにナミカへ襲いかかった。


金属と空気が擦れる鋭い音。

生体鎧の関節が限界まで駆動し、

ナギトの意識はただ「攻める」ことだけに集中していた。


だが――


ナミカの機体は、ほとんど動かない。


大きく跳ねるでもなく、

後ろへ退くでもなく、

ただ“必要な分だけ”身体を傾ける。


半歩。

指先ほどの角度。

わずかな重心移動。


それだけで、ナギトのすべての打撃は空を切った。


(当たらない……!?)


次の瞬間。


ナミカの機体の剣が、静かに持ち上がった。


構えはない。

溜めもない。

ただ、剣先が“そこ”に置かれる。


まるで――

ナギトがこれから動く場所を、先に示すかのように。


ナギトが次の踏み込みを選んだ瞬間、

その空間には、すでにナミカの剣が待っていた。


――閃光。


乾いた金属音が響き、

ナギトの機体の肩部に、剣が軽く触れる。


訓練用機体の判定灯が赤く点滅した。


一本。


ナギトの呼吸が詰まる。


ナミカの声が、穏やかに頭の中へ届く。


「ナギトさん。

 動きが、単調すぎます」


その言葉は、叱責ではなく、静かな事実の提示だった。


ナギトは、奥歯を噛む。


(……そうか)


次は、ただの連打ではない。


踏み込みを途中で止める。

右へ行くと見せかけ、左へ切り返す。

打撃の途中で軌道を変える。

フェイント、虚実、間。


ナギトは必死に工夫した。

考えながら、感じながら、攻め続ける。


だが――


ナミカは、すべてを受け流す。


読んでいるのではない。

見ているのでもない。


“起こる前に、そこにいる”。


そんな感覚だった。


ナギトが「次は当たる」と思った瞬間、

すでにその道は塞がれている。


焦りが生まれる。

呼吸が乱れる。

動きが僅かに大きくなる。


その一瞬を――


ナミカは逃さなかった。


再び、剣が静かに持ち上がる。

今度は、わずかに低い位置。


ナギトが踏み込む。

そして気づく。


(しまっ――)


だが遅い。


剣先が、ナギトの機体の胴へと触れた。


二本目。


判定灯が赤く点滅する。


訓練ホールに、静寂が戻った。


ナミカの声だけが、優しく響く。


「ナギトさん。

 “考えてから動く”のでは遅いのです」


「“動こうとした瞬間”を、私は見ています」


「だから――

 あなたは、まだ伸びます」


その言葉は、敗北ではなく、

未来を指し示す宣告のようだった。


ナギトは、胸の奥で火が灯るのを感じていた。


(……もっと強くなれる)


この訓練は、

まだ始まったばかりだった。

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