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第十三段② 再会

「この階段、気をつけてくださいね……結構古くて。

昔、よくここで遊んでいて、つまずいたこともよくあって……」


ナミカは懐かしそうに、少し微笑んでいる。


「はい、ありがとうございます」


二人は階段を降り、参道を通っていった。


「この道はあまり人もいなくて、小さい頃よくかけっこした場所なんです。

地面も土なので、転んでも大丈夫でしたから」


「この参道を抜けてから、少し歩けば公園です」


ナギトとナミカが話している間、シロはおとなしかった。

少しナギトは心の中で安心していた。


歩きながら、ナミカは自然に話しかけてきた。


「ナギトさん、九年生ということは、今年で卒業ですね」


「今は、どちらの学校に?」


「アスカ第一学校です」


「そうなんですか。どの辺りに住んでいられますか?」


「アスカ第一学校の近くの学生寮に住んでいます」


まるで、ナミカは尋問しているかのようにナギトに話しかけていた。


「アスカ第一学校……。

ここからだと、かなり距離がありますよね。

今日は、こちらへ何をしに来られたんですか?」


「特に目的はなくて……

考え事をしていたら、ここまで歩いてきてしまいました……」


「えっ!? 歩いてですか?

あの地区からここまで、かなりありますよ?」


「そうですね……三時間くらいは歩いているかもしれません」


「ふふっ……

少し変わった方ですね。考え事で、そんなに歩いてしまうなんて……」


そう言って、ナミカはナギトを見て柔らかく笑った。


「……えっ」


なぜだか、胸が小さく跳ねた。


「ナミカさんは、ここの近くでお住まいなんですか?」


「はい。今から行く公園の近くに住んでいるんです」


「よく、散歩してらっしゃるんですか?」


「そうですね。あの神社はシロの散歩でいつも寄っている所なんです。思い出のある神社でして……」


『シロ』と一度呼んだものの、正式に名乗っていなかったことを、はっと思い出したように。


「あっ、すいません。この犬、シロという名前なんです」


と恥ずかしそうに言った。


「あ、見えました。あそこが公園です」


公園に入り、水道のある場所へ向かう。

ナギトが顔を洗おうとした瞬間、またシロが飛びかかろうとした。


「この子ったら……隙があると、ナギトさんに飛びかかろうとして……」


「不思議ですね……

どうしてこんなに懐いているのかしら。

ナギトさん、この子とどこかで会ったことあります?」


ナギトは水で顔を洗いながら、


「いえ……初めて会いましたが」


ナミカは少し考え込んでいたが、

ナギトが顔を上げると、


「お手拭きを持っています。

これ使っておりませんので、どうぞ、これをお使いくださいな」


と差し出した。


「い、いえ、大丈夫です!」


「遠慮なさらずに。ほら」


「……ありがとうございます」


受け取ったお手拭きから、

どこか懐かしい匂いがした。理由は分からないのに。


「色々お話ありがとうございました。楽しかったです。」


「いえいえ、こちらも楽しかったです」


「ありがとうございました。それでは……」


ナギトが立ち去ろうとした、そのとき。


「待ってください!」


ナギトは少し驚いた。


「……ナギトさん、今日、少しお時間はありますか?」


少し恥ずかしそうに、ナミカは言った。


「えっ……はい、ありますが……」


「よかった!

駅の近くに喫茶店があるんです。

もしよろしければ、お茶でもいかがですか?

長時間歩かれたみたいですし……お詫びもしたいので」


その言葉は、驚くほど素直で、嬉しそうだった。


「……でも……」


「遠慮なさらないで」


その声に、ナギトは逆らえなかった。


二人は喫茶店に向かった。


「ナギトさんは、普段散歩とかされるんですか?」


「いえ、あまり外に出ないものでして、今日はたまたま……です」


「でも、今日街の中を歩いていて、こんなにも綺麗な街だったんだって気づきました」


「今さらですが……」


ナギトは少し恥ずかしそうに言った。


「ふふ、それは本当に今さらですね」


「本当に綺麗な街ですよね。この街は……女王様がお作りになられたんです」

とナミカは突然語りだした。


「かつて戦争によって、地上の都市は壊滅してしまい、現在多くの都市は地下化されました」


「なのでターマハラにおいて地上都市というのは本当に稀なんです……」


「そしてこの都市は、一部現代テクノロジーは入れているものの、ほとんどが旧文明そのもの……」


「この現代において、人の幸せとは? 本当に大切なものは何か?

それを改めて考えたいという希望のために作られました」


「昔の人はみんな天然遺伝子で、愛する人を見つけ、家族を持ち、子供を産み、育て、共に暮らして、そして死んでいった……」


「この、かつて旧人類が当たり前に得ていた価値観は、一度人類は手放しましたが、もう一度現代に取り戻したいというのが女王様の思いです」


「なのでナギトさんが綺麗だと思ったのは、恐らくですが、

この街は旧人類の方が抱いた情緒を少し感じたからではないでしょうか?」


「ふふ、またお節介してしまいましたね……」


とナミカが申し訳そうに言ったが、何だか嬉しそうだった。


(そっかぁ。この街は旧人類の都市を参考にして作られていたのか)

ナギトは自分の知らないことを知れて少し嬉しかった。


駅に近づいてきたのか、小さな商店街のある道を歩いていた。

やはりナミカの容姿は少し目立つのか、街を行き交う人々の多くが、彼女に視線を向けていた。

ナギトは少し恥ずかしかったが、ナミカはまったく気にしていなかった。

ナギトにとってはこうした経験自体が初めてで、人生で生まれて初めて味わう感覚だった。


そうこう話しているうちに、喫茶店に着いた。


喫茶店では、テラス席に案内された。

シロはナギトの足元にぴたりと座り、尻尾を静かに揺らしている。

二人はアイスコーヒーを頼んだ。


コーヒを飲みながら、しばらく何気ない会話をした後、話題は遺伝子のことへと移った。


「えっ……ナギトさん、天然遺伝子なんですか? 私と同じですね」


「はい。だから、人一倍努力しないと……」


「そうですね。努力は大切です。私も……本当に大変でしたから……」


「ナミカさんは本当に凄いですね! 凄いなんて、信じられないです」

「自分はどんなに努力しても、非天然遺伝子の方には勝てたことがありません」


あえてナギトは、ナミカに対して「才能」や「天才」といった言葉を用いなかった。

その裏には、大変な努力があっただろうと推察できるからだ。

それを、そんな簡単な言葉で片づけてはいけないと思ったからだ。


ナミカは、少し考え込んでいた……。


「確かに、現実問題として、努力しても成し得ないことはあるかと思います……」


「でも、努力は決して裏切らないと思います。

努力し続けられるというのも、才能だと私は思いますよ?」


ナミカは、優しくナギトに言った。


「そうですかね……」


「ふふ……そうですよ」


ナミカは続ける。

「勝てなければ、ずっと勝つまで挑戦し続けるというのも、良いと思います」


少し先生のような口調で言った。

「天然も非天然も、同じ人間ですから……

ただ、非天然の方は、我々よりも大人なんです」

「子供と大人では、相手になりませんよね? それと同じ理屈です」


「それじゃ、ナミカさんは、非天然遺伝子の方よりも大人ってことですか?」


ナギトは、真剣な顔で聞いた。


「えっ」


ナミカは、少し驚いた。


「大人ではありません!

“大人に勝つ子供もいる”ということです」

と少し慌ててナミカは答えた。


「……」


ナギトには、ナミカの言っている意味が、まだよく分からなかった。


ナミカは説明を続けた。

「知識を問う試験については、生まれ持った才能も左右しますね」

「非天然遺伝子の方は、脳の言語を司る部分が、天然遺伝子の方よりも発達しています」

「そのため、読解能力に非常に優れているんです。だから、人よりも理解が早い」

「これに勝つことは、とても難しいです。私は生まれつき、記憶能力が優れているんです」


「記憶能力……」


「はい。脳には、記憶を司る海馬という部位があるのですが、

私はそれが人よりも発達しているんです」

「記憶力が高ければ、知識を多く蓄えることができます」

「ただし、その記憶を整理し、情報として処理できるようになるまでには、

相当な努力が必要でした」

「言語能力については、歳を重ねることで、天然遺伝子の方でも誰でも発達してきますから」


ナギトは、それを聞いて驚いた。

――そういうことだったのか、と。


これまで自分が勝てなかった理由に、妙に納得がいった。

そして――ナミカは最初から一位だったわけではない。

処理能力や言語能力を身につけたことで、逆転できたのだ。

そこには、想像を超える努力があったに違いない。


それでは、自分はやはり努力しても難しいのだろうか?

結局、その考えに戻ってしまう。


たとえ大人になって言語能力を獲得したとしても、

幼少期からその能力を持っている人間と、そうでない人間とでは、

同じ年齢になったからといって、同列に扱えるわけではない。


ナギトの表情が、少し曇ったのを、ナミカはじっと見つめていた。


(あら……しょんぼりしちゃって……)


ナミカは、どこか微笑ましく、ナギトを可愛らしいと思った。


「ナギトさん、あんまり落ち込まないで……」

「そうですね……もし、ナギトさんに勝てる可能性があるとしたら、生体鎧じゃないかしら?」


「生体鎧は、非天然遺伝子の方が有利ではありますけれど、

知能試験ほどの壁はないはずです」

「なぜなら、不確定要素がとても多いですから……

仮に、相手の裏をかくことができれば、十分に勝機はあると思いますよ」


「つまり――非合理性です」


「非合理性……?」


「何が非合理かは、相手や状況によって異なりますから、一概には言えません」

「要するに、相手が想定していない行動を取る、ということです」

「少し『非合理性とは何か』について、考えてみるのも良いかもしれませんね」


そう言って、ナミカは柔らかく微笑んだ。


「はい……考えてみます」


ナギトは、素直に答えた。


「ところで、ナギトさん。今の順位はいくつなんでしょうか?」


「天然遺伝子の中では一位を維持しています。

ただ、総合では非天然遺伝子の方に、一度も勝てたことがありません」


それを聞いた瞬間、ナミカの表情がぱっと明るくなった。


「すごいじゃないですか!」

「天然遺伝子の中で成績第一位なんて、本当にすごいです!」


なぜか、自分のことのように嬉しそうにするナミカが、そこにいた。


「あ……すみません。少しはしゃいでしまいましたね……」


「いえ、大丈夫です」


ナギトは、思わず少し笑ってしまった。


「大学進学は、お考えなんですよね?」


「はい……」


「あと一年。もうひと踏ん張り、ですね……」


ナミカは、とても嬉しそうだった。


それから二人は、さまざまな話をして、時間は静かに過ぎていった。

シロは少し退屈そうだったが、足元で大人しく丸くなっている。


ナギトは、これほど長く誰かと話し込んだのは初めてだった。

こんなにも気にかけてもらい、少し申し訳ない気持ちにもなる。


――そうだ。この人は、「女王の再来」と呼ばれているナミカなのだ。


将来、ヤマトという国の命運を背負うかもしれない人物。

そんな彼女が、赤の他人である自分の話を、

ここまで真剣に聞いてくれている。


嬉しさと同時に、胸の奥に、わずかな寂しさが広がった。

自分には家族がいない。

明日になれば、また一人の生活に戻るのだ。


「ぜひ、もっとナギトさんのことを教えてくださいな……」


ナミカは、にこにこと笑っていた。


「でも……いいんでしょうか?

こんな、赤の他人の……」


「どうしてそんなこと言うの?

私のことなんて、気にしないでください」


そして、少し間を置いて――


「……もう、こんな時間ですね。そろそろ……」


ナギトがそう言いかけた、そのとき。


「……ご両親とは、一緒に暮らしていないんですか?」


「……両親はいません。自分は、孤児なんです」


「……そう、なんですね……

ご兄弟は?」


「……いません」


「最後に一つだけ、聞いてもいいでしょうか」


ナミカは、震える声で続けた。


「小さい頃……

誰かと公園に行った記憶や、

家族で海へ行ったり、

神社を散歩したりした記憶は……ありませんか?」


「……!?」


あまりにも唐突な問いに、頭が真っ白になった。


「……すみません。

自分は、六歳までの記憶が、まったくないんです」


その瞬間――

ナミカの瞳に、大粒の涙が溢れた。

それは頬を伝い、静かにテーブルへと落ちる。


「……ごめんなさい」


ナギトは、どうしていいか分からず、ただ戸惑っていた。


なぜ、こんなにも悲しんでくれるのか。

なぜ、こんなにも心を寄せてくれるのか。


「……すみません。私、涙もろくて……」

「でも……ナギトさんが、

今、ちゃんと生きているだけで……それが嬉しくて……」


涙を浮かべたまま、微笑むナミカ。


その表情を見た瞬間、

ナギトの胸は、理由も分からず、ぎゅっと締めつけられた。


会計を済ませ、二人は喫茶店を出た。


帰りは電車に乗ることにした。

ナミカとシロは、駅の前まで一緒に来てくれた。


「……また、お会いしましょう。ナギトさん」


「必ず、大学へ来てくださいね。待っていますから」


「そのときは……

また今日みたいに、たくさんお話ししましょう」


「はい。必ず、大学へ行きます。必ず」


そう言って、二人は別れた。

空は、すっかり夕暮れに染まっていた。


ナミカとシロは、ナギトの姿が見えなくなるまで、じっと見送っていた。


ナギトは、不思議な感覚に包まれていた。

離れるのが、名残惜しい。


――こんな気持ち、初めてだ。


一人でいることは、いつも平気だった。

けれど今は、言いようのない不安が胸を満たしていた。


ただ、電車の窓から流れる景色は、

どこまでも美しかった……。

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