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第十段 努力の理由

天才少女ナミカ――。


天然遺伝子であるその少女は、アスカ高等学院の総合成績において第一位となった。

アスカ高等学院八年生、年齢は十四歳。

電脳メガネに映し出された映像では、黒髪の長いロングヘアを持つ、可憐で美しい少女として紹介されていた。

世間では、「女王の再来」とまで称されている……。


だが、この情報から読み取れるのは、彼女が二年前までは「トップクラスの一人」であったという事実だ。

文字通りの一位ではなかったのだろう。

努力を重ね、実力を伸ばし、そして今日、第一位に輝いた――そう推察することができた。


ナギトは思う。

努力だけで、この位置に到達することは不可能だ、と。


なぜなら彼自身が、どれほど努力しても、非天然遺伝子の者たちに打ち勝つことができなかったことを、身をもって知っているからだ。

自分もまた、人並み以上に努力している。

それでも、総合成績の上位に食い込むことすら叶わない。


――生まれ持った天賦の才。

そこにさらに努力を積み重ねて、ようやく辿り着ける場所。


それが、「第一位」という位置なのだろう。


もしかすると、この世界において天然遺伝子の人間の存在が許されている理由は、

このような“例外的な天才”を生み出す可能性があるからではないか。

ナギトは、そんな考えに行き着いていた。


そう考えなければ、この社会はあまりにも――合理的すぎる。


その夜、ナギトは家に戻り、いつも通り夜遅くまで机に向かった。

勉強を終え、布団に入っても、なぜかナミカのことが頭から離れなかった。


翌朝。


ナギトは、いつものように学校の教室へ入った。


自分の席に向かうと、すでに登校していたコヤネがこちらに気づき、近づいてくる。


「ナギト君! おはよう。昨日のニュース、見た?」


「天才少女の話! すごいよね! 僕、感動しちゃったよ」


「やっぱり、努力って大切なんだと思った」


ナギトは、少し間を置いてから言った。


「……キミは非天然遺伝子だろ。

このニュース、あまり面白くないんじゃないの。

それに、努力って、そんなに好きなの?」


コヤネは少し考えるように首を傾げた。


「うーん、人によるんじゃないかな。

確かに、勉強しなくてもある程度できちゃう子は多いけどさ」


「でも、何か目標みたいなものがないと、続かないと思うんだ。

それは遺伝子に関係ないよね」


「だから昨日も聞いたんだよ。

なんでそんなに勉強頑張ってるの? って」


「目標がないと、努力ってできないじゃない?」


「僕はさ、それがとてつもなく羨ましいんだ」


「“努力してる”って聞くと、なんだか心が踊るっていうか……」


「ねえ、もう一度聞いていい?

なんで、そんなに勉強を頑張ってるの?」


そのとき、電脳メガネから授業開始を告げる合図音が鳴り響いた。


「あっ、ごめん。授業始まるね」


そう言って、コヤネは慌てて自分の席へと戻っていった。


午前中の授業が終わり、昼休みになり学食で食事をし、午後の授業が始まった。

夕方には授業が終わり、学校を出て寮に戻る途中、校門近くでコヤネが待ち構えていた。


「やっぱり、気になっちゃってね」


「君も、いい加減しつこいね……」


少し呆れたように答えたが、ナギトはどこかで、

コヤネは他の非天然遺伝子の生徒たちとは少し違うと感じていた。

非天然遺伝子の人が天然遺伝子の人に興味を持つなんて思わなかった。


「ナギト君は、前はそんなに天然区分でも成績上位じゃなかったよね?」

「どちらかというと、下位じゃなかったかな……」


「そうだったかな……」


そう言われると、ナギトは少し恥ずかしい気持ちになった。


「そうだよ」


と、コヤネは笑って言った。


「それが突然、勉強を頑張りだして、今では天然区分で第一位だよね」

「正直、単純にすごいなって思ったんだ」

「あまり、非天然の上位層が入れ替わることって、ほとんどないからさ」

「何か、大きな意識の変化があったのかなって。それで興味が湧いたんだ」


そして、少し声の調子を和らげて、もう一度問いかけてきた。


「……もう一度聞くけど。

なんで、そんなに努力して勉強を頑張っているの?」


ナギトは、少し間を置いた。


――この人は、冗談や好奇心で聞いているわけじゃない。

真剣に、自分の言葉を待っている。


そう感じたからこそ、嘘をつくわけにはいかなかった。


「……実は、六歳より前の記憶が、まったくないんだ」

「それに、天然遺伝子だけど……家族もいない」


一度、息を整えてから続ける。


「家族がいれば、幸せだったのかもしれない。

でも、その“幸せ”がどんなものなのかも、正直わからないんだ……」


「自分は、ずっと空っぽだった」


「でも、天然遺伝子の少女の話を聞いて……

努力すれば、いつか報われるのかなって、思った」


「こんな自分でも、生きている意味を見つけたい……」


「天然遺伝子の自分が、努力して認められたら、

生まれてきた意味が、少しはあるのかなって……そう思ったんだ」


言い終えると、短い沈黙が落ちた。


やがて、コヤネが静かに口を開く。


「……そっか」


「僕はね、遺伝子を操作されて生まれてきた。

だから当然、家族はいない」


「世の中に疑問を持つことも、あまりなかった……」


「たぶん、最初から諦めてたんだと思う。

将来も、ほとんど決まっているようなものだったし」


少し照れたように、けれどどこか納得した表情で、こう続けた。


「そっかぁ……

生まれてきた意味を見つけるために、

ナギト君なりに、必死に足掻いてきたってことなんだね……」


ナギトは、非天然遺伝子の人間も、このように考えているのだと初めて知った。

自分は、非天然遺伝子の人たちに対して、どこかで誤解をしていたのではないか――そう思い始める。


たとえ遺伝子を操作されて生まれてきたとしても、

彼らも結局は同じ人間なのだ。


迷いもあれば、

疑問を抱くこともあり、

答えのない問いに悩むこともある。


その事実が、胸の奥に静かに落ちてきた。


「……コヤネ君は、ずいぶん大人びたことを言うね?」


ナギトは、思わずそう口にしていた。


コヤネは、少し照れたように笑いながら言った。


「そうだよ。非天然は、少し大人びているんだよ……」


そう言って、コヤネはどこか照れ臭そうに肩をすくめた。


「あっ、そういえば。初めて、僕の名前を呼んでくれたね」


そう言って、コヤネは小さく笑った。

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