第九段 努力という証明
ナギトは机に向かう時間を徹底的に増やしていた。
授業が終われば復習をし、
理解できなかった箇所は、分かるまで何度も考えた。
運動の時間も、指示された内容以上に体を動かした。
理由は、はっきりしていた。
――もしかしたら。
あの噂が、頭から離れなかったからだ。
天然遺伝子でも、
努力すれば、上へ行ける人間がいる。
それが本当なら、自分も試してみたかった。
結果は、すぐには出なかった。
それでもナギトは、やめなかった。
六年生になる頃には、
ナギトの成績は、確実に伸びていた。
月例テストでは、
天然遺伝子の中で、初めて一位を取った。
教師の人工知能が、淡々と数値を読み上げる。
〈総合成績:天然遺伝子区分 第一位〉
その表示を見ても、
胸が躍ることはなかった。
総合区分では、変わらず非天然遺伝子の名前が上位に並んでいたからだ。
努力しても、届かない場所。
理解力、処理速度、反射神経。
どれも、彼らの方が一歩――いや、何歩も先を行っている。
それでもナギトは、思った。
(それでも、昨日の自分よりは前に進んでいる)
その考えだけが、
彼を机へと戻らせた。
そうして努力の日々が過ぎ、高学年になっても、
ナギトは努力をやめなかった。
「努力は、いつか報われる」
誰が言った言葉なのかは分からない。
けれど、その言葉だけが、
彼の中で唯一、形を保っていた。
結果が出なくても。
誰にも認められなくても。
努力している時間だけは、
自分が空っぽではないと証明できた。
ある日の放課後。
自習室へ向かう途中で、
ナギトは声をかけられた。
「こんにちは。ナギト君だよね?」
突然のことで、
どう答えればいいのか分からなかった。
「あっ……こんにちは….(確かこの人は非天然だったな)」
思わず、ぼそりと口から漏れた。
「突然でごめんね。僕はコヤネって言うんだけど、
ちょっとお話いいかな?」
「……いや、あまり話したくはないかな」
「えっ、どうして? 何か僕、悪いことした?」
「いえ、そうじゃないんだけど……
あまり人と話したくないんだよね」
「なぜ?」
「……勉強の邪魔だから」
「勉強は、いつでもできるよ。
少しだけだからさ? ねっ?」
しばらく迷ってから、ナギトは小さくうなずいた。
「……わかった。それで、何?」
「ありがとう!
それじゃあ聞くね。なんで、そんなにいつも勉強頑張ってるの?」
「……」
言葉が、出てこなかった。
「答えたくない……」
「えっ、どうして!?」
「……話は以上。終わり」
「えぇぇ……そっけないねぇ、ナギト君」
そのとき、遠くから声が飛んできた。
「おーい、コヤネー! 帰るぞ〜」
「ごめん、行くね! また明日!」
そう言って、コヤネは手を振り、
友達の方へと駆けていった。
ナギトは、その背中を、ただ黙って見ていた。
不思議だった。
特別なことを話したわけでもない。
嫌なことを言われたわけでもない。
それなのに――
胸の奥に、かすかな懐かしさが残っていた。
理由は、分からない。
やがて、コヤネが振り返った。
自分が見ていることに気づいたのか、
少し照れたように手を振っている。
ナギトは、咄嗟に目を逸らした。
けれど、その手の動きだけは、
しばらく視界の端に残り続けていた。
その最中、電脳メガネからニュースが流れ込んできた。
アスカ高等学院の成績一位に、天然遺伝子の少女が選ばれたというニュースだった。
それは、かつてナギトが努力を始めるきっかけとなった少女のことだった。
ニュースでは「女王の再来」とまで称され、大きな話題となっていた。
その少女の名は、『ナミカ』といった……。




