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第六段② 別れの日

夜。


食卓には、ささやかながら温かな誕生日の風景があった。

いつもより少しだけ品数が多く、湯気の立つ料理が整然と並んでいる。

ナギトの好きな煮込み料理、焼きたてのパン、色とりどりの野菜。

どれも派手ではないが、丁寧に作られたものばかりだった。


「ナギちゃん、お誕生日おめでとう」


ナミカがそう言って、両手を小さく叩く。


「おめでとー」


シロも意味は分からないながら、椅子のそばで尻尾を振っている。


ナギトは、照れたように笑った。


「ありがとう……」


「七歳だね」

ナミカはそう言って、ナギトの顔を覗き込んだ。

「もう小さい子じゃないね」

「え……そうかな」

ナギトは少し考えてから、首をかしげる。

「でも、ナミ姉ちゃんはもっと大きい」

その言葉に、ナミカはくすっと笑った。


アヤネは、そのやり取りを黙って見つめていた。

胸の奥に、じんわりと温かいものが広がり、

同時に、それが静かに崩れ落ちていくような感覚もあった。


「さあ、冷めないうちに食べましょう」


そう言って、アヤネは席につく。


「いただきます」

四人と一匹の声が重なり、静かな食事が始まった。


「これ、おいしい」


ナギトがそう言って、顔を上げる。


「でしょ。ナギちゃん、これ好きだと思って」


ナミカは誇らしげに言った。


「おかわりしていい?」

「もちろんよ」

アヤネはそう答えながら、皿に料理をよそった。

その手つきは落ち着いていて、いつもと何も変わらない。

――変わらないように、必死にそうしていた。


食事がひと段落すると、アヤネはケーキを運んできた。


小さなケーキには、簡素な飾りと一本のろうそく。

火が灯されると、柔らかな光がテーブルを照らした。


「ふーってするんだよ」


ナミカが言うと、


「うん……」


ナギトは一度深呼吸してから、ろうそくを吹き消した。


ぱち、と小さな音がして、火が消える。

その一瞬を、アヤネは決して忘れまいと、強く目に焼き付けた。


「はい、どうぞ」


アヤネはケーキを切り分け、ナギトの前に置いた。


「いっぱい食べていいのよ」


ナギトは嬉しそうに頷き、スプーンを動かす。


「あまい……」

「よかったね」

ナミカも自分の分を口に運び、微笑んだ。

その横で、シロは床に伏せ、時折二人を見上げている。


最初は、何も変わらなかった。


食後もしばらく、他愛のない話が続いた。

今日あったこと、明日やりたいこと。

ナミカは学校の話をし、ナギトは途中で話が脱線し、

そのたびにナミカが笑って訂正する。


けれど――

しばらくすると、ナギトのまばたきが増えた。


「……ねむい……」


「たくさんお祝いしたからね」


アヤネは、優しくそう言った。


ナギトはスプーンを置き、椅子にもたれかかる。

その小さな体から、ゆっくりと力が抜けていくのが分かった。


その隣で、ナミカも目をこすり始める。


「私も……なんだか……」


「今日はもう、お休みにしましょう」


アヤネは、二人をそれぞれ抱き寄せた。


ナギトはアヤネの肩に額を預け、

ナミカはその反対側で、静かに目を閉じる。


ナギトの体は、すぐに力を失い、

ナミカもそのまま、静かな眠りに落ちていった。


カガセオは、一歩下がった場所から、その様子を見ていた。

拳を強く握りしめながら。


「入ってきて大丈夫です」


そう言うと、部屋に三人の男性が入ってきた。


「ナギトの記憶から、この屋敷での生活や、我々のことを一切消してください。

それと、消去したナギトの記憶は厳重に保管しておくように。

……いずれ、返す時が来るかもしれませんから」


三人のうちの一人の男性が、

「承知いたしました」

と応じた。


そして、カガセオをまっすぐに見つめる。


「カガセオも、それでよろしいですね?」


「……はい」


「私たちは、遠くからナギトを見守ることにしましょう」


「はい、奥様……」

と、カガセオは元気なく答えた。


アヤネは、静かにナミカのそばへ歩み寄った。


「それと……ナミカの記憶からも、ナギトに関する記憶は消します」

少し言葉を詰まらせ、悲しそうに視線を落とす。


「……何より、ナミカが悲しむ姿を見たくありません」


そして、覚悟を決めたように言葉を続けた。


「部分的な消去で、多少の記憶障害が起こるかもしれません。

ですが……今後のことを考えれば、その方が良いでしょう」


再び、カガセオの顔を見る。


「こちらについても、異論はありませんね。カガセオ」


「……はい。異論はありません」


カガセオは、わずかに悲しみを帯びた表情で答えた。


アヤネは、再びナギトのもとへ歩み寄った。


「ナギト……お母さんを、許しておくれ……」


その小さな頭を優しく撫でる。

アヤネの瞳から、静かに涙が溢れ落ちた。


ナギトの小さな手を、ぎゅっと握る。


「世が世でなければ……こんなこと、決して許さないのに……」


「いつか、必ず会いに行くから……

それまで、必死に生きるんだよ。

ママは、ずっと見守っているからね……」


声が震える。


「……ずっと、ずっと一緒にいたかった……」


「奥様、そろそろ……」


「……わかっています」


ナギトは、三人の男性によって担架に乗せられ、静かに連れて行かれた。


「待っ――」


アヤネが声を上げかけた、その瞬間。

カガセオが、そっと彼女を制した。


アヤネは、カガセオの胸の中で泣き崩れた。

カガセオは、何も言わず、ただ優しく彼女を包み込む。


「……カガセオ。今だけは、許して……」


掠れた声で、アヤネはそう呟いた。


「あぁ……」


力が抜けたように、カガセオは答えた。


「うぅ……あぁぁ……」


アヤネの嗚咽が、静かな館に寂しく響いた。



こうしてナギトは、

アヤネ、ナミカ、カガセオが暮らす屋敷を離れた。


アヤネは語る。


「ナギトとは、永遠の別れではありません。

会おうと思えば、いつでも会いに行けますから」


「……けれど、それは今は許されないこと。

遠くで見守るしかありません。

いつか会える日が来ることを祈っています。

いいえ――そのような社会に、しなければなりません」


「これは、私たち第六世代で、必ず終止符を打たねばならない問題です」


「アヤネとナギトを育てていて、よく分かりました。

我々の世代で、人としての感情は、もう十分に戻ってきている。

……この感情だけは、嘘ではないと信じています」


「次の第七世代には、この世界の負の歴史を背負わせてはいけません」


「私の計画に、協力してくれますね。カガセオ?」


カガセオは、アヤネの顔を見つめ、

小さくうなずいた。

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