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鍛錬の間で数人の魔術師が、攻撃魔法や防御魔法などを展開し練習していた。その中にはもちろん、ソフィアもウィリアムもいる。
魔術は、術式を正しく展開し、魔力を流して初めて効果が出る。どちらが欠けても魔術はうまくいかないため、鍛錬は非常に重要だ。皆が毎日のように練習に励む中、今日のソフィアは上の空で、練習に身が入っていなかった。
花の儀の内容を聞いてから、ソフィアはずっと悩んでいた。助けてもらったあの日から、彼女にとってはウィリアムが全てだった。だが、この恋が実ると思ったこともないし、ましてや結婚できるなど考えたこともない。
それでも、どうしてもウィリアムのことを目で追ってしまう。彼の魔術はとても優雅で、長い指を滑らせあっという間に紋様を描いていく。
――ああ、やっぱり私はウィリアム様のことが、好き。
見ているだけで胸が切なく痛む。溢れ出そうになる思いに、ソフィアはぐっと蓋をする。
――早く忘れなければ。
ダニエラにも言われたが、実際問題、無理なのだ。そうなると、他の相手を一刻も早く探さなくてはならないが、ソフィアの周りには同年代の人間がほとんどいない。
――この中で未婚の人すらいないのよね。
とても気のいい優しい人たちばかりだが、皆四十歳は超えている。王城の魔術塔で働けるほど魔術を極めると、年齢が高くなってしまうのかもしれない。
――どうしよう。時間がないわ。
ダニエラが紹介してくれるというが、それだけに頼るわけにはいかない。ソフィアが悩んでいると、急に名前を呼ばれた。
「ソフィア」
「はっ、はい!」
急なウィリアムの声に、ソフィアは飛び上がるほど驚いた。
「ソフィ、カーティスが燃えてるよ?」
前を見ると、上の空で発動した火の術が暴走し、カーティスのローブが盛大に火を上げて燃えていた。
「アチチチチ!」
「ごっ、ごめんなさい!」
すぐに火を消すと、カーティスにも怪我はなかったようで、ソフィアはホッとする。
「気を付けてくださいよ! あなたの魔力量は半端ないんですから、集中してください!」
「本当にすみません」
ソフィアが謝ったが、ウィリアムは燃えたローブを見て、むしろ感心していた。
「一級防護術がかけてあっても燃えるとは。普通、燃やそうと思っても燃えないのに。やっぱりソフィアは天才だね」
ニコニコとしてソフィアを褒める。
「いやいや、何を褒めてるんですか! 弟子に甘すぎですよ!」
「魔術式の展開が違ったのか。この場所が違うだけでこの効果とは。これは新たな術式として保存してもいいかもしれないね」
ウィリアムがそう言うと、他の魔術師たちもぞろぞろとカーティスのそばに寄って来て、ローブを見て驚いた。
「本当ですね。ただソフィアさんくらいの魔力量がないと発動しないかな?」
「これは思ったより大量の魔力量を消費しますね」
「使えるのも、ウィリアム殿下とソフィアさんくらいでしょうか?」
皆、カーティスそっちのけで術について議論し始めた。
「皆さん、僕の心配をしてくださいよ! 防護魔法がかかってるのに燃えるような魔術が、体にかかってたら大変でしたよ!」
「本当にすみません」
カーティスが抗議の声を出し、ソフィアが謝ると、「ソフィアさんはいいんです」とカーティスは言った。
「体が燃え上がったら、私が止めてあげよう」
そう言うウィリアムに、カーティスは胡乱な目で見る。
「本当ですかね? というか、そうなる前に止めてくださいよ!」
「ああ、わかった」
「絶対やらないやつじゃないですか!」
多少ハプニングはあったが、その後、鍛錬は和やかに終わった。
それからもソフィアはずっと悩んでいた。ずっと慕っている人がいるのに、他の人と結婚しなければならないと思うと辛く、ウィリアムと顔を合わせるのが苦しくなってしまっていた。だが、いいのか悪いのか、最近ウィリアムは王宮に滞在することが多くなって、会う機会が極端に減った。ここ数日は顔すら合わせていない。こんなことは初めてなのだが、元々王弟であるウィリアムが今までずっと魔術塔に滞在していたことのほうが異常で、本来なら王宮にいるべき人だ。
――私がもうすぐ成人するから戻るのかな?
今まではソフィアの師としてずっとそばにいてくれたが、ソフィアも独り立ちすれば、王族としての役目を果たしていくのだろう。どんどん遠い存在になってしまうことが少し寂しくはあるが、むしろ今までよく面倒を見てくれたと感謝している。
「花の儀のことを考えたいし、ちょうどいいのかな?」
今は距離があるほうがいいのかもしれない。ソフィアは両親の墓に話しかけた。何かに悩んでいるときは、いつもここに来るのだ。
「私はどうしたいのかな。もうわからなくなってきちゃった」
ソフィアがそう呟いた時だった。
「ねえ、聞いた?」
急に声がして、ソフィアは驚く。ここは魔術塔の裏に位置しており、ほとんど人が来ないのだが、たまにメイドが仕事のために通ることもある。鉢合わせても悪いことはないのだが、事情を知らない人が見ると、独り言をずっと喋っているように見えてしまう。気まずいので、ソフィアは部屋に戻ろうとした。
「もう王宮の仕事まで回ってきて最悪よ」
「王宮では隣国の王女様のもてなしで、みんな大変みたいね。王宮のメイドもその対応で、休みなしだってぼやいてたわ」
――王女様が来てるんだ。
魔術塔で働く魔術師たちは誰もその話をしていなかったため、ソフィアは隣国の王女が来ていることを初めて知った。魔術塔に住んでいるのはソフィアとウィリアムだけで、皆城下町から通っているので、知っているはずなのだが、一切話題になっていなかった。
「国中がお祭り騒ぎね」
「そりゃそうでしょ。あのウィリアム様の婚約者なら、どんな人か見たくなるってものよ」
その言葉は、頭を思い切り殴られたような衝撃としてソフィアに走った。
「みんなの憧れの王子様も、とうとう結婚かぁ」
「まあ、仕方ないわよね。むしろ今まで婚約者すらいなかったのがおかしいんだもの」
もっと話を聞きたかったが、メイドたちはそのまま持ち場へと戻っていった。
一人残されたソフィアは、呆然として立ち尽くす。
「ウィリアム様が……結婚?」
さあと血の気が引いていき、指先まで冷たくなっていく。
ソフィアの足は、自然と王宮へと向かっていた。