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7 花の儀とは

午後、ダニエラの部屋を訪ねると、ウィリアムから話がすでに通っていた。


「花の儀については色々説明しないといけないんだけど……とりあえず、儀式の間に一緒に行こうか」

「はい」


儀式の間は、王城の中でもほんの一握りの人間しか知らない場所にあるらしい。ソフィアも入ったことがなく、少し緊張していると、感慨深そうにダニエラが言った。


「ソフィアももうすぐ成人かぁ」

「はい」

「大きくなったねぇ」


ウィリアムが公務でいない時、主に世話をしてくれたのがダニエラだ。ソフィアは彼女を第二の母のような存在だと思っている。


「ありがとうございます。でも皆さん、私のこと、まだ子供だと思ってますよね?」

「まあ、私からすると殿下もあなたも、タック大臣もみんな子供みたいなもんよ?」


タック大臣はもう六十歳を過ぎた重鎮である。タック大臣まで子供に見えるなら、ソフィアのことなど、まだ生まれたての雛くらいにしか見えなくても仕方がないだろう。


「ダニエラ様って、本当はいくつなんですか?」

「あら、女性に年齢を聞くなんて野暮ね」


そう言って笑う姿は、やはり二十代の美女にしか見えない。


――いつか、どんな魔術式を使って年齢を止めているのか聞こう。


禁術に近い術を展開させている気もするが、やはり気になる。

そうこう話している間に、儀式の間に着いたようだ。


「着いたわね。ここが儀式の間よ」


ダニエラが大きな石造りの扉に魔力を流すと、ギギギギとひとりでに扉が開いた。


「思ったより狭いですね」

「そうね」


もっと暗い部屋かと思ったが、白い石造りの部屋だからか、そこまでおどろおどろしい雰囲気ではない。ただ、広くない上に窓もないので圧迫感がある。ここへ入ったらもう逃げられないという、圧力のようなものを感じた。

床にはかなり複雑な術式が展開されており、その中心に人が横たわることができる石の台がある。

石の台にもびっしりと術が書き込まれているが、古代の魔術式なのか、禁術の部類のものもあるのだろう。ソフィアですら理解できないものがあった。


「あの台に乗って儀式を行うのですか?」

「そうね」


この部屋で一際異彩を放っているのが、石の台の上部に打ち付けられた、拘束用の手錠だ。


――儀式を受ける者を拘束しないといけないくらい、苦痛を伴うということね。


魔術式を人体に刻み込む時、非常に痛みを覚える種類も存在する。苦痛緩和の術式があっても、拘束しなければならないほど激痛を伴うのだろうと、ソフィアは覚悟した。


「知っているとは思うけど、花の魔女は『花の匂い』というのが出ていてね。それが多くの魔獣を引き寄せたり、悪魔に狙われたりする原因になるの。儀式の目的はその花の匂いを封印すること。そうすれば悪魔に狙われることも、魔獣を大量に引き寄せることもなくなるわ」


花の匂いは魔獣や悪魔だけでなく、他の人間にもわかるらしい。薄っすらと甘い匂いがしているとよく言われるが、ソフィア自身ではよくわからない。


「花の儀の後も多少魔獣は襲ってくるけど、それは魔術師なら皆一緒だしね。襲われたとしても、今のあなたなら退治できるわ。だから花の儀が終われば、王城から出ることも可能よ」


だからこそ体に負担があろうとも、花の儀は魔女本人にとっても必要な儀式なのだ。そのため、どんなに痛く辛い儀式でも、ソフィアは逃げるつもりはなかった。


「大丈夫です。どんな儀式でも私は受けます。具体的にはどんな儀式なのでしょうか?」

「そのね……」

「はい」


いつもサバサバと歯切れの良いダニエラが、言葉に詰まっている。こんなに言いにくそうにしている彼女を見るのは初めてで、ソフィアも緊張から息を呑んだ。


「大丈夫です。手足の一本くらいなら捧げる覚悟はできていますから」

「違うのよ! 儀式自体は痛みなどはほとんどないわ。ただ、この魔術は花の匂いを封印するために、かける者とかけられる者の魂を繋げる魔術なの」

「魂を……繋げる」


そんな魔術、聞いたこともない。一般的なものではなく、禁術なのだろう。


「そうよ。花の魔女の魔力は強大で、普通には封印できないの。生きている人間の魂を使って封印するわ。その結果、様々なことが起きるんだけど、一番重要なのは、寿命がお互いに相手に引っ張られることね」

「寿命が? 相手の方もですか?」

「そうよ。どちらか片方が死ねば、もう片方も死んでしまう」


代償があるとは思っていたが、術者と魂を繋げ、生死まで共にすることになるとは想像もしていなかった。ソフィアにとってもリスクはあるが、相手にとってもそうだ。


「お互いに生死を共にするパートナーになる。だからね、ちょっと言いにくいんだけど、この花の儀の相手とは婚姻することが義務付けられているの」

「え? 結婚ですか!?」


儀式を行うだけだと思っていたのに、まさか結婚をしないといけないとは夢にも思っておらず、ソフィアは驚く。


「そうよね。そんなこと急に言われてもって感じよね。婚姻できるのはこの国の者と決まっているの。ソフィアのためというより、花の魔女を他国に逃したくないというこの国の思惑が透けて見えて、私も反対したんだけど。やはり覆らなかったわ」


魔術師は結界を張ったり、ポーションを作ったりと民の普段の生活にも必要とされているが、戦争になれば攻撃防御ともに要となる。味方になれば頼もしいが、他国に流れてしまえばただの脅威だ。

他国に流失させられないという国の方針もよく理解できた。

ただ、十八歳の誕生日に花の儀を行うので、もう一ヶ月ほどしか時間がない。急に結婚と言われて困惑しているのは確かだが、花の儀はソフィアにとっても必要なものである。

ソフィアは腹を括った。


「儀式の内容は了承しました。ですが、誰と行うのでしょうか?」


必要な儀式とはいえ、一生を共にするのだ。生理的に無理な人や、価値観があまりにも違う人はできれば遠慮したい。ソフィアが不安そうに尋ねると、ダニエラは言った。


「あなたが望む人なら、誰とでも」

「誰とでも?」

「そうよ。ソフィアが結婚したい人なら誰でもいいわ。なんなら既婚者でも別れさせることが可能よ」

「それはちょっと、問題ありそうですね」


ソフィアに絶対的な選択権があるようで、そこはホッとする。


「そうね。これから一生過ごすんだから、相手探しが重要になってくるわ。それに極端に年が離れた者と儀式を行うと、寿命が短くなってしまうの。だからある程度年の近い者を選んだほうがいいわ」


確かにあまりに年が離れている人とは、寿命的にも結婚の相手としてもあまりよくはなさそうだ。だが、肝心のソフィア自身が王城に来てからほとんどを魔術塔で過ごしているので、同年代の友人さえいない。一番年齢の近い人を思い浮かべた時に、ぱっと浮かんだのはウィリアムだった。


「今、ウィリアム殿下を思い浮かべた?」

「え、えぇ!?」


ダニエラに考えていたことを当てられて、ソフィアは動揺する。


「私はソフィアのことを娘だと思ってるから、何を考えているかぐらい大体わかるわ」

「その……同年代の友人が、同性でもいないんです。一番年が近いのがウィリアム様で、花の儀の相手になって欲しいなど恐れ多いことは」

「今周りにいる者の中で、一番年が近いものね。でも、ウィリアム殿下を選ぶのはおすすめしないわ」


その言葉に、ソフィアの顔が一瞬強張る。


「身分差がありすぎるもの。相手を選ぶのは自由で、王族でも貴族でも大丈夫よ。ただ、やはり身分差が大きければ大きいほど、辛いことも増えるわ。王族でももっと王位継承権が低い者ならまだしも、三番手の彼では実際問題難しいと思うの」

「大丈夫です。私なんかが、ウィリアム様の結婚相手になれるなんて、夢にも思っていませんから」


ソフィアが笑って言うと、ダニエラは困ったように眉尻を下げた。


「そうじゃないのよ。でも年も近いとは言え、十も離れているしね。もっといい人がいるんじゃないかと思って」


ダニエラは優しい人で、ソフィアが傷つかないように忠告してくれているのだろう。ソフィアは努めて明るく言った。


「そうですね。ですが、あと一ヶ月という短い期間で探せるでしょうか。花の魔女と番うなんて、それだけでも敬遠されそうなのに、寿命が短くなる可能性もあるなんて知れば、みんな嫌がるのではないでしょうか」


同じくらいの年の人と儀式をしたところで、ソフィアが病気になってしまうかもしれない。そうなれば相手の寿命が短くなってしまうし、そもそも仲良くもない人間に、すぐ結婚してくれと言われて、はいと言う人などいないだろう。

こんな不利益ばかりを被る相手に、誰かなってくれる人は果たしているのか。ソフィアは純粋に疑問だった。


「花の儀の相手に選ばれるということは、とても名誉なことで、嫌がる人なんて誰もいないわ」

「悪魔の花嫁と言われているのに、名誉と思う人はいないのでは?」


両親も忌み嫌っていたし、貴族の令嬢からも嫌悪されている。ソフィア自身のことを知って好いてくれる人は多いが、花の魔女は嫌われているとソフィアは感じていた。


「この国の歴史もあって、一般市民から花の魔女は怖いものと思われているからか、村出身のあなたは自分の評価が低いけど、花の魔女はその強力な魔力で国を守ることができる英雄と言われているの。花の魔女は国同士で取り合いになるくらいなのよ。その魔女を守るためとはいえ、強制的に結婚させるのは申し訳ないと国も思っているの。だから結婚相手には金銭的にも、出世の面でも大きなメリットがあるようになっているわ」

「それを聞いて、ちょっと安心しました」


花の儀の相手に迷惑しかかけないと思っていたが、相手にも色々メリットがあるようで、罪悪感が少し減る。


「ええ。そうよ。ただ同年代の友人さえいないのは困りものよね。そこは私に考えがあるの。筋肉は好き?」


唐突に尋ねられ、ソフィアは答えに詰まる。


「き、筋肉ですか?」

「そうよ。魔術師ってもともと騎士と共に任務を一緒にすることが多いから、騎士と結婚する人が多いの。いいわよ。若くて逞しい体って。騎士なら私も伝手があるしどうかしら」

「好きかどうか、わからないです……」


八歳で王城に来てから、ずっと大人の魔術師たちに囲まれて育ったが、皆線が細い。王城に行けば近衛騎士に会うが、それが好みだと思ったこともなかった。


「まあ、考えておいてね」

「はい」


ソフィアは曖昧に頷くしかなかった。

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