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護衛の騎士がウィリアムに声をかけ、入室が許可された。ソフィアが部屋に入ると、彼は手元の書類を置いた。


「ウィリアム殿下」

「なんだい、ソフィア。そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ」


ウィリアムはにこりと微笑みかける。いつもの魔術師の制服ではなく、王弟として正装している姿は、見惚れるほど魅力的で、ソフィアの心臓は大きく高鳴った。なかなか鼓動が収まらない。だが、ソフィアはあくまで平静を装った。


「ここは魔術塔ではありませんから」

「でも、君が私の最初で最後の弟子であるということは、ここでも変わりないよ。そうだ、珍しい菓子が届いたのだ。一緒に食べよう」

「いえ。書類を届けに来ただけですので」

「私もそろそろ休憩を取りたいと思っていたから、付き合ってくれると嬉しい」


ウィリアムはいつもソフィアが遠慮しているのを見抜いて、自分のためだとソフィアに勧めてくれる。だが、本当は彼一人だと食事もそこそこに集中して仕事をしていると、護衛の騎士や他の魔導士から聞いていた。


――本当に優しい方。


高い身分で驕らず、気取ったところもない。

ウィリアムはいつものように、魔術でお茶を淹れ始めた。


――さっきの貴族令嬢たちがこの場面を見たら、今度は卒倒してしまうかもしれないわ。


王族にお茶を淹れさせている時点で、不敬罪にあたるのは間違いない。だが、ウィリアムが自分でお茶を淹れることを楽しんでいるのをソフィアは知っていたので、あえて邪魔はしなかった。

ポットが宙に浮き、茶葉が適量入れられ、水が瞬く間に沸いてお茶が出来上がる。


「そうだ、何か変わったことはあったかな?」

「変わったことですか? 特にはないですよ」


朝は魔術塔で顔を合わせているので、それ以降のことを聞いているのだろう。考えたが何もなかったのでそう答える。


「……そうか。何もなかったか」

「はい」


ウィリアムはいつも通り、優雅な仕草でお茶をカップに注いだ。


「できたよ」

「ありがとうございます」


差し出されたお茶を一口飲むと、花のような芳醇な香りが口の中に広がる。


「美味しいです。私も真似してみたのですが、同じ茶葉で淹れても、手でも魔法でも、この味にはならないんですよね」

「どうやったらもっと美味しくなるのか魔術式を考えるのが楽しくてね。美味しいと言われると嬉しいよ」


お茶を淹れること自体はそこまで難しくないが、美味しく淹れようとするととても複雑な魔術式が必要で、魔術を使わず自分の手で淹れたほうがうまくできる。稀代の天才魔術師としても名を馳せているウィリアムだからこそできることだ。


「この菓子もソフィアの好きな味だと思うよ」


栗の菓子も差し出され、今度は遠慮なく頬張った。上品な甘さが紅茶とよく合う。


「とっても美味しいですね」

「そうか。よかったよ」


ウィリアムはソフィアが食べている様子を、にこにこと見つめている。その視線に少し気まずくなって、ソフィアはお菓子に視線を落とした。

ウィリアムの唯一の弟子として、特別扱いされている自覚はある。貴族令嬢たちに目の敵にされても仕方がないと思ってしまうくらいに、ウィリアムはソフィアを甘やかしていた。

だが、そのことに最近はちくりと胸が痛むときもある。


――ウィリアム様にとって私は、まだ八歳の子供のままなんだわ。


師弟なのだからそれでいいはずなのに、子供と思われていることに否定をしたくなる時がある。こんなによくしてもらっているのに、さらに何を望むのか。ソフィアは邪念を振り払うように明るく振る舞った。


「こちらがお届け物です」

「ありがとう。また忘れてしまっていたね」


完璧なウィリアムだが、少し抜けているところがあり、たまに忘れ物をする。そういう所が少し可愛らしく、愛おしい。


――好き。


ウィリアムのそばにいればいるほど、ソフィアは深く惹かれていた。


「そういえば、もうすぐソフィアの誕生日だね」

「はい」

「何か欲しい物はあるかな?」

「欲しい物はないです」


ウィリアムは特別な日でなくても、ソフィアにすぐ物を買い与えてしまう。なので本当に欲しい物がなかった。


「ソフィアは欲がないね。成人で花の儀式もある、特別な年だ。何か私に贈らせてほしい」


花の魔女は、花の儀が終わるまで結界が強く張られた王城から出ることができない。この成人の儀は花の魔女にとってとても大切なものだ。


「考えておきます」

「花の儀が終わったら、一緒に私とお忍びで城下に出かけよう」

「嬉しいです! 誕生日プレゼントはウィリアム様との散歩にしようかな」


もう十年も王城の外に出ていないし、八歳で連れて来られた時も城下町を通らず転移してきたので、王都がどんなところかさえ知らないでいる。たまに望遠魔法で人々の様子を見ては、こんな服が流行っているのか、こんな店ができたのかと憧れを膨らませていた。ウィリアムと一緒に行けるなんて夢のようだ。


「これは私がしたいことだから、プレゼントにはならないよ」


だが、ウィリアムはどうしても何かをプレゼントしたいようだ。去年何も言わなかったら、部屋を埋め尽くす宝飾品と共に、その部屋まで贈られてしまった。本当に欲しい物はないのだが、何か適当な物を言わなければいけない。


「では、この指輪とお揃いのネックレスが欲しいです」


ソフィアは左手の薬指を見て言った。青く光る宝石はとても綺麗な宝飾品に見えるが、これはウィリアムが防護魔法をかけた実用的な物だ。お守り代わりだとこの城に来てすぐもらった物を、今でもずっと身につけている。これと同じ宝石のネックレスであれば、驚愕するほど高価でもないだろうし、何よりウィリアムの魔力が込められているということが嬉しい。


「ネックレスだね。わかった。準備しておくよ」

「そういえば、花の儀は誕生日当日に行うのですよね? 具体的には何をするのですか?」


花の魔女は成人した日に行うが、その儀式の内容はソフィアに伏せられており、誰も教えてはくれなかった。


「ああ、そうだね。今日の午後からダニエラに説明するよう伝えておこう」

「わかりました。午後からダニエラ様を訪ねます」


ソフィアは素直に頷いた後、立ち上がった。


「そろそろ、魔術塔に戻りますね」

「ああ、気を付けて」


そのままソフィアは一礼して、部屋を出ていった。



ソフィアが去り、一人残されたウィリアムの顔から、笑顔が一瞬にして消えた。


「何もなかったか……。最近、私の花の周りで虫がうろついているとはわかっていたが、私の花に直接手を出すとはね。命知らずだな」


氷つくような低い声で呟くと、ウィリアムは右手に魔力を込め、魔術式を展開した。

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