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4 温かい腕の中

ウィリアムは約束通り、ソフィアのもとに両親を連れてきてくれた。それだけでなく、手厚く弔い、魔術塔の裏庭に墓まで作ってくれた。王族どころか貴族ですらない平民が、城壁内に墓を持つなど前代未聞のことだ。

さらに、彼はソフィアの魔術の師になると名乗り出た。魔導士は一対一の師弟制で、高い魔力を持つソフィアには、同じく高い魔力を持つ者が教えるのが望ましい。そういう意味ではウィリアムは適任だが、王族という立場や、王国一の魔術師として次期魔術師長と決まっていた彼に、そんな暇はないはずだった。だが、ウィリアムは周りの反対を押し切り、魔術師長の地位を辞退してまで、ソフィアの師になってくれたのだ。

それだけではない。心に傷を負いふさぎ込むソフィアに対し、昼間はできるだけそばに付き添い、一緒に食事をし、学び、時には遊ぶなどして共に過ごした。公務でそばにいられない時は信頼できる者に託すなど、ソフィアを決して一人にはさせなかった。

ウィリアムだけでなく、魔術塔の人々も幼くして両親を亡くしたソフィアには同情的で、温かく見守った。その甲斐あってか、ソフィアも徐々に落ち着いていき、昼間は笑顔を見せるまでに回復した。

それでも、夜だけはあの日を夢に見て、毎日夜中に錯乱して苦しんでしまう。

何度も何度も繰り返し、父と母が死ぬところを夢に見た。


「うっ、……はっ、はっ……はっ」


――嫌っ! 置いていかないで。私も連れていって!


現実と夢の境がわからないほど鮮明で、血に染まる両親に必死に手を伸ばすが、いつも届かない。もがきながら伸ばした手が、虚しく空を掴む。

その手を握り、地獄のような夢から現実に引き戻してくれたのは、いつもウィリアムだった。


「大丈夫、大丈夫だ」


小刻みに震えるソフィアを守るように、力強く抱きしめる。


「ウィリアム……様?」

「そうだよ、ソフィア」


毎夜夢に見てうなされたが、ウィリアムは一度もソフィアを一人にしなかった。大声で泣かなくても絶対に駆けつけて、ソフィアが寝付くまでそばにいてくれた。

それが幼いソフィアにとって、どれほど心強かったか。

何があってもウィリアムはソフィアに寄り添ってくれる。その安心感から、ある夜、ソフィアは本音を漏らした。


「あの時、私が素直についていけば、お母さんだけでも生きていたんじゃないかって……思うの」


ソフィアは、ずっとそのことを後悔していた。


「私が『嫌だ』なんて言わずに、ついて行けばよかったんじゃないかって」


自分が嫌だと暴れたから、母はソフィアを逃そうと必死になった。なぜ、あの時助けに来てくれた人たちに抵抗してしまったのだろう。


「むしろ私が生まれなければ……お父さんも……生きていたんじゃないかって」


父も母も、自分が殺したのも同然だ。後悔しても、もう二人は帰ってこない。

自分のせいで両親が死んだという自責をずっと心に抱えていたが、誰にも言えなかった。そんなことを言ってしまえば、周りの人たちは悲しい顔をして困惑するだろう。幼くても聡いソフィアは、皆を困らせてしまうと、自分の胸のうちに一人で闇を抱えていた。


「……毎日夢に見るのも、罰なんじゃないかって」


だが、まだ八歳のソフィアにとって、一人で抱えるには大きすぎる闇だ。


「……私なんか、生まれなければ……よかったのにって」


嗚咽が漏れないよう、歯を食いしばり、小さな声で呟く。そこまで黙ってソフィアの話を聞いていたウィリアムが、口を開いた。


「ソフィア」


美しく宝石のように光る瞳が、痛ましそうに細められる。その表情を見て、ソフィアはひどく後悔した。


――ウィリアム様に悲しそうな顔をさせてしまった。


ソフィアは彼から離れようとするが、逆に思い切り抱きしめられた。


「ソフィア、話してくれてありがとう」


抱きしめられているので、ウィリアムがどんな顔をしているのかはわからない。だが、とても穏やかな声でソフィアに語りかける。


「私はソフィアが生まれてきてくれて、そばにいてくれて嬉しいよ」

「……」


ウィリアムの声が、抱きしめられた温かさが、優しい香りがソフィアの心を癒していく。


「ソフィア」

「……はい」

「声を上げて泣いたって、いいんだよ」


その言葉に、ソフィアの目は大きく見開かれる。


「悲しむことは、悪いことではないんだ」


罪の意識があったソフィアは、自分が悲しむなんて許されないと、無意識のうちに歯を食いしばり、嗚咽が漏れないよう静かに耐えていた。

ソフィアの瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。


「……っ……、お母さんっ……お父さんっ」


その日、ソフィアは両親が死んでから初めて声を上げて泣いた。


「うわああああっ」


ソフィアが泣き疲れて寝てしまうまで、ウィリアムは彼女の背を撫ぜ、あやし続けた。


それからもウィリアムは公務をこなしながら、昼も夜も献身的にソフィアに尽くした。休む暇などなかっただろうが、一度も疲れた顔をしたことがなく、いつも優しく穏やかで、ソフィアを守ってくれた。

そんなウィリアムに対し、いつからか師として尊敬する以上の気持ちが芽生えたが、それはごく自然なことだろう。だが、ソフィアはウィリアムへの気持ちを徹底的に隠した。


――私などがお慕いしていい方ではないわ。


ウィリアムは王弟という高い身分に加え、見る者全てを魅了すると言われるほど麗しい見た目をしている。煌めく銀色の髪に、王族特有の紫紺の瞳。生きる芸術と言われるほど整った姿は、誰もが憧れるものだった。

それに対して、ソフィアは栗色の髪にくすんだ緑色の瞳という、平民によくある容姿でしかない。釣り合わないことは、誰に聞くまでもなく明らかだった。


――それに、ただの平民どころか、私は皆から嫌われる『花の魔女』だもの。


この恋心が報われることなど欠片も思ってはいない。ただ、自分が慕っているという気持ちでさえ、ウィリアムを汚してしまう気がしていた。

また、ソフィアの恋心をウィリアムが知れば、優しい彼はどうやって断ればいいのか困ってしまうだろう。自分のせいでウィリアムに迷惑をかけたくはない。


――死ぬまで、この想いは隠さなければ。


ソフィアはそう強く考えていた。

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