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3 ウィリアムとの出会い

 バリンバリン! と窓が割れ、人が飛び込んできた。


「止まれ! 騎士団だ!」

「なんだと!?」


数人の騎士が目にも止まらぬ速さで、盗賊たちを倒していく。あっという間に制圧されてしまった。


「大丈夫かな? 嬢ちゃん」


一際体格の大きな男が、ソフィアに話しかける。


「怪我はないか?」


男はソフィアの額の痣を見て少し驚いたようだったが、何も言わなかった。


「お母さんと、お父さんが……」


母は他の隊員に助けられていたが、父は冷たくなったまま床に転がっている。


「隊長、ここら一帯の盗賊は全て討伐しました」

「ご苦労」


その男はたまたま近くの魔獣討伐に来ていた、騎士隊の隊長だった。


「遅くなってすまない。俺は二番隊隊長のヴォルフだ。盗賊が村を襲っていると通報があり、急いで来たんだが」


ヴォルフは血溜まりの中に倒れている父を見て、痛ましそうに目を細めた。


「すまない。一歩間に合わなかった」

「あなたっ!」


母は父に縋りついて泣き崩れた。昨日まで平和に過ごしていたのに、目の前で最愛の夫を殺されれば、誰でもそうなるだろう。普段ならヴォルフたちも被害にあった人々の悲しみが落ち着くまで様子を見るのだが、今はそうすることができない事情があった。


「こんな時に非道だとは思うのだが、このお嬢さんは私たちが保護する」


気まずそうにヴォルフは言った。


「ど……どういうこと?」


母は驚きのあまり、泣きはらした顔を上げた。


「お嬢さんは、花の魔女だ」


ヴォルフはソフィアの額の痣を見て言った。


「先ほどの光は開花の光だ。もうすぐこの光を見た魔獣が、嬢ちゃんを狙ってぞろぞろとここへやってくるだろう。一刻も早く結界のある王城へ連れて行かなければ喰われてしまう。開花の光に気づいた魔導士が、急ぎでこちらに向かっているだろうが、それでも間に合うか厳しい。こちらもできるだけ転移門に近づきたい」

「じゃあ、私も一緒に連れていって」

「それはできない」

「どうして!」


不信感から母の目が曇っていく。


「この嬢ちゃんに向かって、大量の魔獣が集まってくる。二人を守りながら戦うことは不可能だ」

「私から娘を引き離すの?」

「時間がない。こうしている間にも、上級の魔物が大群で彼女を狙いにくる」

「じゃあ娘はその後どうなるの? 私は娘といつ会えるの?」

「それは」


花の魔女は成人するまで王城から出ることができない。ヴォルフは良くも悪くも正直な男で、嘘がつけなかった。言い淀んだヴォルフを見て、母の心は猜疑心で埋め尽くされた。


「嫌よ。娘は渡さないわ」


母はヴォルフをきっ、と睨みつけながら言った。


「なんだと! もうすぐ魔物がお嬢さんを食べにくるんだぞ! あんたは守れるのか?」


焦りからヴォルフの言葉遣いも荒くなる。


「あなたたちが守ってくれるという証拠はあるの? あの盗賊たちと何が違うの? 守ると言いながら、他国にソフィアを売り飛ばすかもしれないじゃない!」


つい先ほど目の前で旦那を殺され、娘も奪われそうになった母親は、もう何を信じていいのかわからなくなっていた。騎士団だと名乗る男も、高価に取引されるというソフィアを攫いにきた敵に見えてしまう。


「ソフィアが花の魔女と言うのも、魔物が襲ってくるというのもきっと嘘だわ! 私からソフィアを奪おうとしてるのね!」


たった一人残された娘を守ろうと、母は必死になった。


「……くそっ!」


時間をかければ信じてもらえたかもしれないが、今はその時間がない。ヴォルフはソフィアを抱え上げた。


「きゃっ」

「嬢ちゃんの安全のためにも、我々の安全のためにも、ここは無理にでも連れて行かせてもらうぜ」

「嫌だ! 離して!」


幼いソフィアにとっても、こんな状況で母と引き離され、どこかへ連れて行かれるなんて恐怖でしかない。全身をばたつかせて抵抗した。


「お母さん!」

「ソフィア、ソフィアっ」


その様子を見て母はさらにパニックになる。


「ソフィアを放しなさい!」


追い縋ろうとする母を、別の騎士が抑えた。


「すまない。後で詳しく説明する。だが今は説得する時間がない。花の魔女の母君だ。丁重に扱えよ」

「はっ」

「嫌よ! 離して! ソフィア!」

「お母さん!」


その時、バキバキと音がして、急に家の壁が崩れた。


「グオオオオオオオオオ!」


外に目をやると、見たこともないくらい大きな魔獣が、よだれを垂らしてソフィアを見つめている。大きな鱗に全身覆われた禍々しい容姿に、ソフィアの喉から小さく悲鳴が漏れた。


「くそっ! 聞いてたよりはええじゃねーか!」

「隊長! 南の方角からも二匹大型がきます!」

「東からも一匹やってきます! 大型です」


隊員が焦ったように伝えてくる。


「やべえな、こんだけ大型何匹も相手にしたことないぜ」


魔獣が爪を大きく振りかぶり襲いかかってきたが、それをヴォルフは片手で受け止めた。


「ぐぅ」

「……ウマソウなニオい」


ヴォルフは国指折りの騎士だったが、小さな家ほども巨大な魔獣の力を片手で受け続けることはできない。ヴォルフはソフィアを床におろした。


「しかも人語を操れるほど高等な頭脳もあるってか。最悪だな!」


剣を両手に持ち直すと、魔獣の爪を押し返す。


「嬢ちゃんはできるだけ、端にいろ!」

「隊長! 上です!」


騎士たちと魔獣が血みどろの戦いをはじめ、ソフィアは壁際に後ずさる。魔獣の腕が飛び、あたりに真っ黒な血が流れた。


「うう……」


恐怖に小さく縮こまっていると、後ろから手を引かれる。


「こっちよ、ソフィ」


「しーっ」と口を指に当ててゆっくり立つよう促すと、魔獣と騎士たちの意識が逸れている間に、母はソフィアの手を取って夜の森に逃げ出した。


「はぁ、はあっ」


森はどこまでも真っ暗で、どこを走っているのかさえわからない。自分たちを飲み込んでしまいそうな闇が恐ろしく、恐怖に駆り立てられながら夢中で走る。


――でも、どこへ逃げるの?


皆、ソフィアのことを花の魔女と呼び、ソフィアに向かって魔獣が吸い寄せられていると言っていた。幼いソフィアにも、逃げる場所なんてないのではないかという恐れがこみ上げてくる。

そんなソフィアの不安を察したのか、母はにこりと笑って言った。


「大丈夫よ、ソフィア。お母さんが守るから」


母も空元気だったのだろうが、その一言でソフィアの気持ちは一瞬にして楽になる。


「うん!」

「もうすぐ、小さな洞窟があるからそこにひとまず」


だが、次の瞬間。母の体がふわりと浮いた。


「え……?」


今まで隣にいたはずの母が、木のてっぺんくらいの高さまで浮かび上がった。


「ひっ」


月明かりに照らされ、浮かび上がった母は、大きな鳥のような魔獣に捕らえられていた。


「お母さん!」

「逃げて! ソフィ!」


次の瞬間、目の前で母の体に魔物の牙が食い込み、真っ赤な花が咲いたようにあたりに血が飛び散った。


「お母……さ……」


いとも簡単に命は摘み取られ、魔獣は食べるでもなく地面に母を投げて捨てた。べしゃりと音をたて、まるで糸の切れた人形のようになってしまった母がソフィアの側に転がる。


「……お……か」


呼吸がうまくできずに息があがる。言葉も紡げないほどの悲しみと恐怖が押し寄せ、胸が張り裂けそうになるが、母の死を悼んでいる時間はない。


「ウマソウなニンゲン」

「マリョクのタカイオンナ」


母を襲った一匹だけではない。何十匹もの魔獣がソフィアを取り囲み、今にも手を伸ばそうとしていた。


「クワセロ」

「クワセロ」

「クワセロオ」


逃げることもできず、ソフィアは忍び寄ってくる死と絶望に耐えていた。


――助けて。


「クワセロォォォォォォオ!」


その時、金色の光がソフィアを包んだ。


「遅くなってごめんね」


ふわりと温かい温もりに目を開けると、宝石のように美しい紫紺の瞳が、こちらを見つめていた。


「オレニクワセロオオオオ」

「うるさいな」


大きな口を開け、青年もろともソフィアを飲み込もうと牙を剥いた魔物が襲ってきたが、その青年は慌てることなく、手をかざす。


フローガ(燃えよ)


呪文を唱えると、手から全てを燃え尽くすかのような業火が飛び出し、魔物たちを焼き尽くしていく。


「グワアアアアアアア」


あれほど大量にいた魔獣たちを、全て飲み込み、一瞬にして消し炭にしてしまった。


「怪我はないかい?」

「……はっ、はっ……うっ……」


ソフィアはまだ恐怖に体を強張らせ、言葉が紡げない。


「怖かったね」


小さく震えるソフィアを抱きしめ、その青年はソフィアの背を優しく撫でた。


「私の名はウィリアムだ。私が君を守る。もう大丈夫だ」


そう言うウィリアムの手は温かくて優しい。やっと呼吸はできるようになったが、足が震えて立つことができない。そんなソフィアをウィリアムはそっと抱き上げた。


「君は強い魔力を持つが、魔獣を引き寄せてしまうんだ。だから強い結界のある王城へ帰ろう。そこなら安全だから」

「……あ、……まっ」


ソフィアは精一杯声を振り絞る。


「うん」


まだきちんと声が出ず、ほとんど聞き取れないほどの小さな声だったが、ウィリアムはしっかりと耳を傾けた。


「……お、かあさ……と、おとう……さん、が」


ソフィアはもう父と母と離れたくなかった。


「もちろん、ご両親も一緒に王城に帰ろう。転移術は魔力のある人間しか乗れないから、騎士たちと一緒にだけれど。必ず君の元へ連れていくよ」


それを聞いてソフィアは安堵したのか、小さく泣き始めた。


「う……っ……ひっ……」

「本当に、ごめんね」


いつの間にか夜も明けていたようだ。見上げた空は、こんなに辛い出来事が起こったのに、皮肉なほど澄み渡っており、心地の良い風が流れている。

この日の出来事は、ソフィアの心に大きな傷跡を残した。

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