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2 凄惨な過去

その日、澄み渡った空がどこまでも青く、とても綺麗だったことを今でも覚えている。暑かった夏が終わり、秋の気配を感じさせる心地よい風が吹いていた。ソフィアは外をぼんやりと眺めるだけで、なんだか楽しい気分になれた。


だが、隣に座っていた母は、不安そうに眉をひそめている。


「最近、また魔獣が増えてきているみたいね」


「木こりのビルも襲われて怪我したみたいだな」


父もそれに同意する。


「討伐隊も近いうちに来てくれるっていう話だけど……」

「結界もないし、早く来てほしいところだが、ここは王都とは違って小さな村だからな。なかなかこんな辺境までは来てくれないだろうよ」


王都や主要都市には魔獣が入ってこないよう結界が張られているのだが、小さな村や街までは手が回っておらず、結界がない。そのために魔獣の被害がでることがよくあった。


「それにしても、最近多くない?」

「花の魔女が芽吹く予兆なんじゃないかって、噂を聞いたな」

「花の魔女」


ソフィアの母は、あからさまに顔を顰めた。


「花の魔女って何? 妖精さんなの?」


まだ八歳だったソフィアは、純粋な好奇心から母に尋ねた。


「違うのよ。花の魔女は悪者なの。悪魔の花嫁よ」


魔獣に対抗したり、敵国から国を守る魔法使いは、人々から重宝され、敬われている。だが、唯一『花の魔女』と呼ばれる魔法使いだけは、忌み嫌われていた。


「悪魔を誑かして、混乱を招く酷い魔女さ」


魔力がある者は餌として魔獣に狙われるが、花の魔女の魔力は強大すぎて、あらゆる魔獣を遠くの場所からも呼び寄せてしまう。それだけでも厭われるのだが、さらに問題とされていたのは、悪魔でさえ魅了してしまうことだ。悪魔に目をつけられた魔女は、心も体も悪魔のものとなって堕ちてしまい、悪魔の花嫁になる。はるか昔、悪魔に堕とされた花の魔女が国を滅ぼした歴史もあり、花の魔女は人々から嫌悪され、災厄の魔女と呼ばれていた。


「花の魔女は見つかり次第、王城に閉じ込められちゃうの」

「ソフィアもちゃんと好き嫌いなくご飯食べないと、花の魔女になって閉じ込められるぞ」


この辺りの村では、小さい頃から「悪い子は花の魔女になってしまい、攫われる」と脅かされていた。


「ちゃ、ちゃんと食べてるもん!」

「あら? 今日も緑のお野菜を残して、こっそり子ヤギにあげてた子は誰かな?」

「明日からは食べるもん……」


しゅんとするソフィアを見て、父は笑って頭を撫でた。


「今日はソフィアの大好きなシチューだから、大丈夫だぞ」

「あら、どうして今日の献立がわかったのかしら?」

「おっと、味見したのがばれたか!」


がはは、と大きく口を開けて笑う父につられて、ソフィアも母も笑う。

決して裕福とは言えないが、優しい両親と過ごす平和な日々。そんな日に終わりがくるなんて、当時のソフィアには想像すらできなかった。



「―――んん?」


ドタ、ガタ、と大きな物音で、ソフィアは目を覚ました。何か言い争うような声も聞こえる。窓の外を見ると、空はうっすらと明るんできているが、まだ暗い。こんな時間に何が、とソフィアは自分の部屋を出た。


「いやああああああああ!」


突然の悲鳴に、ソフィアの体はびくりと震えた。


「な、に……?」


今のは、母の声だ。ソフィアは悲鳴が聞こえた方へと走った。


「おかあさ……」

「ソフィ! 来ちゃダメ!!」


数人の男が母親を押さえ付け、その側では床に父親が倒れていた。ソフィアを見た男たちは、下卑た顔で笑った。


「娘も売れそうだな」

「ああ。金目の物は無さそうだが、この親子なら高く売れるだろう」


――盗賊だ!


魔獣の被害は、直接的な人的被害にとどまらない。作物や家も壊されてしまい、貧困にあえぐ者が増え、犯罪が蔓延するのだ。ソフィアの家に入った強盗もそうだった。


「お願いです、娘だけは」


母親は押さえ付けられながらも、ソフィアだけは助けようと暴れる。


「うるせえ! 黙れ」

「うっ」


思い切り頬を殴られ、母親の体は大きく傾いた。


「顔はやめろよ。商品だぞ?」

「じゃあ体にわからせるか」


下卑た笑い声をあげながら、数人の男が母親ににじり寄る。


「……いやっ、来ないで!!」

「もう逃げられないぜ?」


まだ幼いソフィアには何が起こっているか正確には理解できなかったが、母に危機が迫っていることだけはわかった。

助けなくては。だが、子供の自分一人ではどうすることもできない。ソフィアは床に倒れている父親の側へ走った。


「お父さん!」


だが、返事はない。


「お父さん!」


もう一度ソフィアが体を揺さぶると、横を向いて倒れていた父親がゴロリと仰向けになる。


「お父……さん?」


ドクリと、心臓が嫌な音を立てる。


「嘘……そんな、そんな……」


父親の目は虚空を見つめており、すでに光は消えていた。

床に手をつくと、生暖かい液体が指先に触れる。それが父親の血だと気づくのに、数秒の時間がかかった。


「……いやっ、いやあああ!! お父さん!!」


ほんの数刻前、「おやすみ」と優しく告げてくれたのに。ソフィアは悲しみと恐怖で、何も考えられなくなる。


だが、その間にも母親は今にも男たちに襲われそうになっていた。


「嘘だ、嘘だ……」


父の死。

母の悲痛な声。

男たちの下卑た歓声。

その全てがソフィアを追い詰めた。


「いやだっ、お母さん! お父さん!」


その瞬間、ソフィアの体から眩い光があふれ出る。


「うおっ」


見たこともないほどの強い光が、家をも貫き、まだ夜明け前の空をも一瞬明るく染め上げた。まるで光の柱が空に向かって伸びたようだ。


「これは何だ!?」


男たちも何が起きたのかわからず、パニックになっている。その光は数十秒続き、次第に弱くなっていく。


光が収まると、ソフィアはその場に蹲った。


「はぁ、はぁ」

「このガキ! 何をした!」


怒鳴られ顔をあげると、ソフィアの顔を見て男たちがぎょっとする。


「これは」


ソフィアの額には先ほどまでなかった、花のような痣が出現していた。


「花の魔女だ!」


一人の男が、ソフィアの痣を見て叫ぶ。


「なんだと!?」

「災厄の魔女じゃねーか!」


母親も呆然とソフィアの顔を見つめていた。


「どうする? 殺すか?」

「ひっ」


ナイフを取り出し、今にも切りかかりそうな盗賊に、ソフィアは小さく悲鳴をあげる。


「やめろ、花の魔女は高く売れるんだぜ」


だが一人の盗賊がにやりと笑いながら言った。


「金貨百枚になるらしい」

「それはすげえ!」


金貨百枚は平民が一生かけても目にできないほどの大金で、盗賊たちの目の色が変わる。


「でも呪われたりしねえのか?」

「開花後すぐは大丈夫らしいぜ。魔術封じの腕輪あったろ。あれはめとけ」


にやにやと笑いながら、盗賊たちがソフィアに近づいてくる。


「逃げてソフィア!」

「わかるよな? 母ちゃんを助けたければ変な力なんて使わず、大人しく捕まれ」


押さえつけられた母を見て、ソフィアは動けなくなる。もとより抵抗したくても、力を開花させたばかりのソフィアにできることはない。


「金貨100枚だぜ? ついてるよな?」


そう言ってソフィアに手を伸ばそうとした時だった。

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