子供の頃は足の速い小さい男子が好きだった
※ 2025/6/16 追加修正済み。
◇ ◇ ◇
子供の頃、私は足の速い小さい男子が好きだった。
小学生の頃、西沢タツキ君はとても足の速い男の子だった。
タツキ君は背は小さいけど、忍者みたいに身軽で木登りもスルスルと猿みたいに登ったし、足も速くて運動会のリレーではいつも選ばれてアンカーになっていた。
ヤンチャだけど性格も明るくて、クラスでも人気者の男の子。
まあ、女子の中ではそれほどでもなかったけど。
気が付くと私は、タツキ君ばかり眼で追っていた。
◇
5年2組の春の運動会──。
4名の男女混合リレーで、3番目に走った1人の女子がコーナーのカーブを曲がる時、転んでペケになってしまった。
転んだのは私だった。
──痛っ……やばい、転んだ。
「キャーッ!セリ子、起きて!」
「セリちゃん、がんばれ!」
「立て、立つんだ森川~!」
ワーワーと大歓声の中で、クラスメートの悲痛な叫びが聞こえてきた。
悔しい、せっかく2番目だったのに……
ちょっと欲出しちゃったんだ。
先頭を走る1組の足の速い女の子を、なんとかして抜かしたかった。
1番になって、アンカーのタツキ君にバトンを渡したかったから。
彼女を抜こうとして、バランスを崩して足がもつれた。
ドシャッと、転んで校庭の砂が顔にふりかかる。
眼を開けると、私の後ろにいた他組の女子が、次々と私の前を抜き去っていく。
私は目の前がぐるんぐるん反転した。
──ああ、もう駄目だ。
でも……タツキ君が私が来るのを待っている。
私は歯を食いしばって立ち上がり、再び走った!
はあ、はあ、胸が苦しい。
擦りむいた右足が痛い……
ようやくバトンを渡す場所に近づいてきた時──。
「森川、こっちこっち!」
明るいタツキ君の声が!
見ると、笑顔で両手をふっていた。
「ああ、ごめんね!」
「ドンマイ、俺がぶっちぎってやる!」
タツキくんは笑って赤いバトンを受け取った。
バトンはぴったりとスムーズに渡せた。
私はその場でへたり込んだ。
「セリ子~がんばったね」
「はあ、はあ……由美ちゃんゴメン、転んじゃった!」
「大丈夫だよ森川、きっと、タツキがブチぎるから!」
「はあ、はあ…川口君……ありがと……」
リレー組のメンバーで親友の由美ちゃんと、タツキ君の友達、川口君が励ましてくれた。
川口君は優等生でスポーツもできてとっても爽やかだ。
彼は女子の人気者。性格もとても優しかった。
2人が言った通り、タツキ君がぐんぐん加速をつけて駆け抜けていく。
最初のカーブにさしかかる。
タツキ君は外レーンで1人と横並びになって、ぐんと加速して抜いた。
その後、1人になったタツキ君は上手にラインぎりぎりを走っていく。
タツキ君の走り方は、小柄の身体を利用して歩幅を狭く、回転がとても速い!
私にはタツキ君だけ他の男子より景色が飛んで見えた!
◇
「な、森川、こうすれば前より早く走れるだろう?」
タツキ君がリレー組になった私に、チーム練習の時に教えてくれた。
「本当!」
タツキ君の言う通り、かかとをあまりつけないで、つま先を意識して走るようにしたら、前より速く走れるようになった。
タツキ君と一緒に走りたくて、私はたいして足が速くもなかったのに、思い切ってリレーに立候補したんだ。
タツキ君の笑顔が真近で見たかったから、勇気をだして良かった。
◇
私のせいで一番ペケだったタツキ君は、凄い勢いで走る、走る、走る!
タツキ君の走りがどんどん加速していく。
彼の動く景色がくるくる回る。
景色はいつもより飛んでいた。
いつのまにか、先頭集団の3人組に追いついた。
「わー、タツキ、ぶっちぎれーーっ!」
「タツキ君、がんばれ~!」
「イケーッ!タツキ!」
「バカヤロー、2組なんかに抜かされんな!」
他組の子も同組の子たちも必死に応援する。
みんな、絶対に勝ちたいんだ!
最後のゴール数メートル手前で、タツキ君は一気に3人を抜き去った。
「わあああ、やった、やった!」
抜いた、タツキ君が抜いた!
「やった、一番だ!」
「タツキ君凄い!」
「タツキ、よくやった!」
最初にゴールしたタツキ君を私たちは飛びあがって出迎えた!
「はあ、はあ……はあ、はあ……」
タツキ君の赤いハチマキは汗で、びしょ濡れだった。
「タツキ君、ありがとう!」思わず私は、タツキ君に飛びついた!
他の2人も、つられて飛びついた!
「はあ、はあ……なんてことないさ!」
私のうれし涙とは裏腹に、タツキ君はケラケラと笑った。
汗だくで、その小さな肩は息を凄くハアハアさせていたけど、タツキ君はおくびにも出さない。
5年2組のリレーの4人は、首にかけてもらった金メダルと共に、笑顔で集合写真を撮った。
◇
「ふふ、懐かしいなあ……」
久しぶりに、小学校のアルバムをキッチンテーブルに座って見ていた私。
「おーい、腹減った、飯はまだか?」
「はあい、もうすぐご飯が炊けるまで待ってて!」
「お、いい匂いだな。今日はカレーか?」
肥った体型の夫がダイニングに入ってきた。
お腹を空かせて我慢できなかったようだ。
「そうよ、今日はあなたの好きなビーフカレー!」
「お、いいな。今日の日曜はむしっと暑いな、ビールくれよ!」
「もう、またビール? お腹が目立ってるわよ!」
「中年になったら、仕方ないだろう」
少しむくれた夫。ポンポンと狸のようなお腹を叩いた。
「ふふ、いい音ね」
「あ、なんだ……小学校のアルバムか」
夫は、テーブルに置いたアルバムをペラペラとめくった。
「お、リレーで一番になった俺たちの写真があるじゃないか!」
「そうよ。私が転倒して負けちゃったかなと思った時ね」
「ほんとなぁ⋯⋯こん時さあ、お前が転んでメチャ悔しかったから『俺、絶対に一等になってやる!』って決めて走ったんだよ」
「へえ、そうだったのね。この頃のあなた、私のヒーローだったのよ!」
「え、そうなの? 俺てっきりセリ子は川口が好きなんだと思ってたよ。あいつ、こん頃から女子に人気あったもんな。今もあいつかっこいいだろう」
「私は足の速い、小さな男子が好みだったのよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、俺じゃんか!」
「そうよ。だからリレーも手を挙げたんだもの」
「へえ、くすぐったいなぁ。だけど俺もこの頃は、すっごいチビで痩せてたな……光輝とよく似てる!」
「そうかな私は弟の博輝に似てると思ったけど⋯⋯」
「アイツラ双子みたいに似てるしな⋯⋯」
「そうね、2人とも年子で⋯⋯ふふ、ヤンチャな性格もあなたとよく似てる」
夫はアルバムを見ながらとても懐かしそうだ。
私は夫の笑顔を見つめて嬉しくなった。
「ピィーー!」
「あ、ご飯が炊けたわ」
「おお、大盛りにしてくれよ」
「だめよ!ダイエットするのでしょう」
「ちぇ!」
「その代り、カレーの具を多く盛ってあげるからね」
「うん」
今、私の目の前にいるタツキ君は、身長が175㎝、体重は90キロの肥満男性だ。
先週の健康診断でメタボ注意と引っ掛かった。
私は白いお皿にご飯を少な目、カレーをどっさりと盛った。
「「いただきます!」」
梅雨の晴れ間の昼下がり。夫婦水入らずで昼食のカレーを食べる。
小学生の子供たちは、日曜は野球に水泳にと忙しい。
私、森川セリ子は西沢タツキの妻になって早15年。
足の速かった幼馴染のタツキ君は、ふたりの息子の立派なパパとなった。
──完──
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