五平餅 【不動大地視点】
●不動大地
このごろ、やたら腹が減る。
兄ちゃんが運動好きになったおかげで、それに付き合わされて腹ペコじゃ。
焼肉とかしゃぶしゃぶとか簡単な肉料理なら兄ちゃんが作ってくれるけえ、前より晩飯が楽しみになっちょるからのう。晩飯までの間がつらいの。
坂道を歩いとると、風が吹いて枯葉が飛んできよった。すっかり秋じゃのぅ。
食欲の秋言うのはほんまじゃの。
「大ちゃん、お買い物かい?偉いねえ」
誰かに呼ばれたの。声が聞こえた方向に顔を向けると、隣のうちのおばちゃんが手を振っていた。
「大したもんは買っちょらん」
ほとんどのもんは宅配で来よるけえ、お菓子とか買い忘れのもん買いに行っとるだけじゃ。
今日はじいちゃんがしばらく留守にするけえ、お菓子の買いだめじゃ。
「大ちゃん、五平餅焼いてるからお食べ」
手招きしちょるおっちゃんのとこに行くと、七輪の網の上に五平餅が並んどった。
いい匂いじゃのう。
「熱いから、気を付けて食べるんだよ」
「だんだんじゃぁ」
手渡された五平餅は、ぷちぷち音が鳴っちょるほど熱々じゃ。五平餅にフーフー息を吹きかけて冷ます。もうええじゃろうか?
かぶりつくとまだちょっと熱かった。でも、おいしいのう。
「売ってる五平餅よりうまいのう」
「そうかぁ。うれしいなぁ。ばあちゃんから教わった直伝のクルミ味噌なんだよ。兄ちゃんの分もあるから持って帰り」
ええ人たちじゃ。
「干し柿もできたらあげるからね。楽しみにしてて。おばさんちの干し柿は絶品なんだから」
軒先に吊している干し柿を、おばちゃんが一つ一つ揉んでいる。何か意味があるんじゃろか?
「すごいのぅ。一面オレンジ色じゃ。腐ったりせんのかの?」
「お天気次第かなぁ。干し柿はお天道様に愛されて美味しくなるの。雨が降るとダメになっちゃうのよねぇ」
「天気予報で雨降らん言うとったけえ、大丈夫じゃ」
雨降る時は兄ちゃんが傘持っていけ言うからの。言われんかったけえ、雨は降らん。
「大ちゃんのおじいちゃん、仕事でしばらく留守にするんでしょ?二人で大丈夫?おばさんちに来る?」
「平気じゃ。兄ちゃんおるけえ」
「そう?なにかあったら、すぐにうちに来るのよ。困ったときには、いつでも電話していいからね。おばさんちの電話番号、渡しとくから」
隣のおばちゃんはええ人じゃけど、心配性じゃの。
「先生も、もう少し……。いや、こういうこと、言っちゃあいかんね」
おっちゃんがぽつりとつぶやいた言葉を止める。
じいちゃんは医者で、近くの診療所で働いとる。仕事で2、3日泊りで出かけることもある。
他の大人から見ると、それが不安らしい。
食べ物は充分あるし、必要なものはじいちゃんに電話すれば通販で買って送ってくれるけえ、これといって困ることはないんじゃけどの。
兄ちゃんはしっかり者じゃけえ、戸締りも完璧じゃ。ワシも手伝いするしのう。
兄ちゃんがおれば怖いもんなしじゃ。
……兄ちゃん、まだ学校じゃろうか?遅いのぅ。学校はもう終わっとるはずなんじゃがのう。
……まだかのう。ここから帰り道の坂道はよう見えるから、見逃さ……
兄ちゃんじゃ!
「兄ちゃん!」
坂を上がってくる兄ちゃんに向かって、手を振る。
「大地?」
ワシを探して、キョロキョロしちょる。
「兄ちゃん!こっちじゃ!」
もう一度呼んで、思いっきり手を振ると、やっと気が付いたみたいじゃ。
早足でこっちにやってくる。
「静真ちゃんも、こっちおいで。五平餅あるから」
「ありがとうございます。いただきます」
ワシの隣に来た兄ちゃんが、しゃっちょこ張っておっちゃんに礼を言っとる。
「兄ちゃん、気取っとんの」
「礼儀じゃ」
兄ちゃん、照れとるの。
「あははは、ほんと仲いいわねぇ」
おばちゃんとおっちゃんが、なぜか嬉しそうに笑い出す。
いつも楽しそうなおばちゃんたちじゃのう。