全国高校野球選手権山梨大会 1回戦 【和泉凌視点】
●和泉凌副主将
全国高校野球選手権 山梨大会 1回戦
県立北仙丈・帯那連合 対 県立高川高等学校
「今日は富士が雲に隠れちまってるな。残念」
きれいに富士が見えることが自慢の球場に来たのに、肝心の富士山が見えない。
せっかく、地元の球場で試合ができるっていうのに。
「雨が降らないといいんですけどね」
古二田が富士のある方向を見て、心配そうに眉根を寄せている。
富士から流れてくる重く湿った風。いつ雨が降ってもおかしくない天気だ。
「地元の球場だったのは、ラッキーだったな。おかげで体調万全」
「移動がないのは、優位ですよね」
佃と桧山が、バットを丁寧に並べながら、
山梨大会は基本的には甲府の球場を使うが、試合数の多い1回戦は数組だけ富士が見えるこの球場で行われる。富士の見える球場は、地元の町にあるから、そこで試合が行われるなら移動に時間をかけないですむ。今年は地元の球場を見事引き当てたのだから、運がいい。
「今年は7月後半から甲府の球場が使えなくなるそうで、決勝はここでやるらしいですよ」
マネジャーが、荷物を整理しながら有益な情報をみんなに伝えてくれる。
「おお!地元開催!ついてる!俺たちに風が吹いてる気がしてきた!」
「ここでやるのは決勝だけで、準決勝までの3試合は甲府の球場ですけどね」
「つまり決勝が俺たちを呼んでるってことだぁ」
ヒデ、やたらテンション高いな。
今日は、ヒデがピッチャーだからな。気合いが入っているというよりは、テンパってる感じだな。アレは。
「先ずは、今日の試合に勝たないとなぁ。マネージャー、高川高は、どんなチームなんだ?」
佃はいつも冷静だな。見習いたいものだな。
「高川高はうちと同じく県立ではありますが、部員数は倍以上の23人。去年は1回戦勝利してます。2回戦で強豪乾徳学園に負けて敗退。弱くはないですね」
「1回戦、勝ってるのかぁ。楽に勝てる相手ではなさそうだなぁ」
緊張した面持ちの乃生が、ふうっと息を吐く。
乃生は今日の試合にスターティングメンバーとしてでる。緊張してしまうのも無理はない。
高校の夏の大会は、野球をやってる者には特別だからな。
オレも2年の時に初めて大会に出た時は、緊張したもんなぁ。
1年は大会どころか、試合経験もほぼないから、今日は緊張しているだろう。
大地と芦崎は……、荷物の整理中か。大地がタオルを取り出すと、大地のバックパックから何かが零れ落ちた。落ちたものを拾おうと手を伸ばす。
「大地、なんか落ちたぞ。ん?なんだ、これ?」
ブタのぬいぐるみ?押すとプヒプヒ鳴くやつだ。
なんでこんなかわいいものを、大地が持ち歩いてるんだ?
「……イソベのお気に入りのオモチャじゃ。間違えて、持ってきたようじゃのぅ」
大地が気まずそうに、ブタのオモチャを受け取る。
イソベというのは、不動家の犬だったよな。犬のおもちゃか。
「あ~あ、今頃、イソベ探してんじゃねえの。帰ったら、怒られるな」
それを見た芦崎が、おかしくて仕方がないという顔になってる。飼い犬に怒られている大地の姿を想像すると、確かにおかしい。
「……まずいのぉ。兄ちゃんのリュックに、こっそり忍ばせとこうかの」
「大地、卑怯な真似はやめろよ」
芦崎が、ブタのぬいぐるみを大地の手から奪い取り、大地のバックパックのサイドポケットにねじ込む。
……この二人は、いつも通りだな。緊張とは無縁そうだ。
まあ、この調子なら1年は大丈夫そうだな。問題は……
「よおおぉぉし!やるぞぉ~」
……ヒデのやつ、目の焦点が合ってない。
ピッチャーのプレッシャーは尋常じゃないからなぁ。ストライクが入るか?打たれたら?そんな重圧に耐え、ストライクゾーンに投げ続けるのは、並みの心臓では無理だ。
ヒデはオレと比べれば、剛毛の心臓持ちだ。それでも、ピッチャーをやる時は、ああなっちゃうんだからな。
それだけピッチャーにかかる重圧が、すさまじいということだ。
「久慈、キャプテンを落ち着かせてやってくれ」
「は、はい!」
キャッチャーの防具を身に着け終えた久慈に、声をかける。
オレが何か言うより、バッテリーを組むキャッチャーの久慈が支えてやるほうがいいだろう。試合中、ピッチャーが頼れるのは、キャッチャーだけだ。
「キャプテン、……あの、……今日のボールはいい感じなので、ストライクになります。落ち着いていきましょう」
「お、おう!いい感じなんだな。落ち着いて行こうな」
「はい、がんばりましょう」
「おう、がんばろう」
……なんだ?あの二人の会話は……
ヒデだけじゃなく、久慈まで目の焦点が怪しくなって……
「……久慈までテンパりだしてる?」
「ダメだよぉ。副将。久慈ちゃん、緊張しいなんだから」
芦崎がやれやれといった感じで、オレの肩に手を置く。
久慈がそんなに緊張するタイプだったなんて。いつも冷静だから気づかなかった。
どうしよう。あの二人を落ち着かせるには……
「静真ぁ、頼む」
オレには無理だ。
あの場に行ったら、オレまで緊張が移りそうだ。
1回戦 県立北仙丈・帯那連合 対 県立高川高等学校
メンバー表
打順 氏名 背番号 学年 守備位置
1番 芦崎辰海 6 (1年) ショート
2番 不動静真 1 (2年) セカンド
3番 久慈正樹 2 (2年) キャッチャー
4番 佃夏空 5 (3年) サード
5番 不動大地 10 (1年) レフト
6番 和泉凌 3 (3年) ファースト
7番 桧山広海 9 (2年) センター
8番 鞍掛秀俊 4 (3年) ピッチャー
9番 乃生健介 8 (1年) ライト
控え 古二田力 7 (2年)
監督 千々和乙葉
責任教師 千々和乙葉
記録員 酒盛千秋
同じ県立高校同士、いままでならどちらが勝つかわからない接戦になっただろうけど。
今年のうちの野球部は違う。
「大丈夫。絶対勝てる」
夏の大会1回戦。
サイレンが試合の始まりを告げる。




