新入生募集 【桜宮八尋視点】
●桜宮八尋
アドバイスから翌日。
【ピッチングマシン解放中 かっ飛ばしてストレス発散!気分爽快になろう!】
【場所、旧尾白中学校校庭】
【野球部員が打ち方を教えます。気軽に来てください】
エントランスの目立つところに野球部のポスターが。
なかなか楽しそうなイベントじゃねえか。無料のバッティングセンターなら、ちょっとやってみたいって思うよなぁ。
ちょっと、覗いてみるか。
○〇〇○
元中に行くと、いつもと空気が違った。
効果てきめんだったようだな。
今までにないほど、うらびれた旧中学の校庭に人が集まってきている。
「おー、盛況じゃねえか」
その様子を見守っている久慈の肩を叩く。
「おう、桜宮か。大地にアドバイスしてくれたんだってな。助かったよ」
「ん?おう、まあな」
オレに礼を言って来るが、浮かない顔してやがる。
「まあ、ほとんど女子みてえだから、期待外れだったか」
順番待ちをしている多くが、女子だ。入部希望者にはなりそうもない。
「静真に教えてもらえるっていうんで女子が多く集まってるけど、まあ、それに釣られて1年の男らも来てるから、結果オーライだよ」
大半が女子だが、ぽつりぽつりと男も混じっている。この中から入部希望者がでてくれば、野球部としては御の字っていうなら……
「その割には、冴えねえ顔してんな」
「ああ、……それがなぁ」
歯切れが悪いな。何かあるのか?
バッターボックスに目を向けると、カキンと音がした。
「お、当てた」
「そこそこ飛んだな」
打ったのは、男子生徒だ。こりゃ、期待できるかな?
「おー、上手いじゃないか。野球やってたのか?」
「小学生の時に、ちょっとだけっすけどね。でも、まあ、そこそこやれますよ」
キャプテンが声をかけると、1年は得意満面の笑みを浮かべた。
生意気そうな感じの1年だな。でもまあ、ああいうのが、運動部には……
「さえんのう」
野球部3年のキャプテンより偉そうな感じで、大地が現れた。
「ふ!不動大地!?野球部だったのか?!」
「ほうじゃ」
生意気そうな1年が大地を見るなり動揺しだす。
奇妙な緊張感が流れ、静寂が訪れる。
「……あ、俺、やっぱり、……他の部に」
生意気そうな1年が、後ずさりながらごにょごにょ言って、転げるように逃げていく。
その1年の背中を、野球部全員が目で追う。止めはしないんだな。
「ワシの悪評が轟いとるようじゃのう」
「自慢気に言うなよ!何人目だよ!」
大地の友人の芦崎くんが、大地に突っ込みを入れる。
「まあ、なんだ。そういうことでさ」
小さくタメ息を漏らす久慈の顔が、どんよりしている理由がよくわかった。
なるほどねぇ。入部希望者が、大地に気づくと逃げちまうわけか。
「大地って、そんなにやらかしてんのか?」
青ざめて逃げていく1年の背中を見送りながら、疑問を口にする。
大地は態度はデカいが、柄が悪いってことはない。いじめや悪さをする奴じゃないよなぁ。
「……桜宮は中学、こっちじゃなさそうだな」
「ん?ああ、中3の春に、こっちに引っ越してきた」
「中3か。それでか」
具体的なことは言わないが、久慈の言いたいことは察せられる。
「まあ、桜宮みたいなタイプには、大地は無害なんだけどな。ヤンチャな連中には、大地は鬼門だからなぁ」
「片鱗は見たことあるよ」
2度目に大地に会った時のことを思い出す。ガラの悪そうな高校生数人を、中3の大地が一人でのしていた。喧嘩というより、一方的な制裁。たぶん、そんなことを他でもしてたってことだろうな。
「入部するまで、大地の存在を隠しときゃいいんじゃねえか?」
「入部してから来なくなるほうが面倒だろ」
それもそうか。
「こりゃあ、見学者が増えても、入部にまでは至らなそうだな」
「面白がるなよ。……ここまでやって、一人も新入生を確保できてねえんだぞ」
久慈が何度目かのタメ息をつく。
苦労してんなぁ。野球部。
「……まだ、一人残っちょる」
「え?」
大地の声に釣られ視線の先を追うと、ぽつんと人影が。
「ほんとだ。校門のところでうろうろしてる」
「制服が新しい。1年だな」
うちの学校の制服を着た男子生徒が、こんな場所まで迷い込んで来ることもないだろう。見学に来た新入生と思って間違いない。女子の多さに気後れしてるのか、なかなかこっちに来ない。
「あの子、地元の子じゃないと思うよ。ここに行く道、聞いてきたから」
話を聞いていたのだろう女子が、笑いをこらえながら、情報を提供してきた。
「地元じゃない。ってことは大地のこと知らないはず」
久慈の目が光る。
「いけるぞ!確実に確保しろ!」
大地の友人辰海に目配せをする。
「よっしゃ!話しかけるのは静真兄ちゃんに任せて、オレと大地は退路を断とう!」
いい作戦だ。大地が退路にいたら、誰だって帰るより静真と対話することを選ぶだろう。
「後ろに回り込めばええんか?」
「気づかれないようにな。校舎に行くふりをして遠回りして回り込むんだ」
芦崎は、こういう状況に慣れてるんだろうな。判断が早い。
「久慈ちゃんは静真兄ちゃんを呼んできて!オレたちはターゲットの後ろに回り込めるよう移動すっから」
「よぉぉおし!二人とも、逃がすなよ!」
久慈が静真を呼びに、女子たちが集まっているところに駆けていく。
「……野球部、怖えぇな」
純朴そうな少年なのにな。こりゃあ、逃げられねえな。
静真が見学の1年を誘って、いっしょにバッティング練習をはじめると、緊張した面持ちだった1年があっという間に笑顔になった。
あの様子なら念願の部員、一人は確保できそうだな。




