夕焼け 【不動静真視点】
●不動静真
「今日は楽しかった~。あんなにドキドキするもんだったんだな。野球って」
バス停でバスを待つ間、興奮冷めやらずと言った感じの辰海が言葉を漏らす。
「接戦だったからな。こういう試合は、心臓バクバクするけど楽しいんだよなぁ」
「バッターボックスに立った時のプレッシャーがたまらないんだよな!」
「そうそう、アドレナリンどばどばでてきてる感じでさ」
久慈や先輩たちも同じく、今日の試合を楽しんだようじゃ。
「ようわからんのう」
大地はプレッシャーを感じないのか、ピンと来てなさそうじゃの。
「大地だってホームラン打った時、興奮しただろ?」
「ほうじゃの、アレは気分良かったのう」
「そういうことだよ」
反田先輩が大地の肩を叩く。
大地も今日は楽しんどったようじゃけえ、野球の面白さを実感できたじゃろ。
「南海大常永とまともに試合が出来たっていうのは、自信になるよなぁ。たとえ2軍だったとしてもさ」
「今日の試合で問題点を洗い出せたし、練習する励みになるよなぁ」
試合前とはキャプテンたちの顔つきが違っている。弱気が吹き飛んどるの。
途中から1軍らしき部員が数人加わったとはいえ、今日、対戦したのは2軍でしかない。とはいえ、常永の2軍じゃ。実力がないもんは入ることさえできない。2軍選手であっても、実力で言えば全国クラス。他校に行けば、レギュラーになれるもんたちばかりじゃろう。
そんな選手たちと戦って手応えを感じられたんじゃ。北仙丈は弱くないと考えてええじゃろ。
「ほんと、今日は呼んでくれてありがとな。いい思い出になったよ」
船元先輩がオレたちの顔を確認するように一人一人と目を合わせていく。
「高校野球ラストの対外試合で、こんな最高の気分を味わえるなんてなぁ。感謝するよ」
反田先輩も同じようにオレたち一人一人の顔を見て、うれしそうに笑う。
3年生は部を引退した。もう同じユニフォームを着て試合に出ることはない。
わかっていても、寂しいもんじゃのぅ。
「バスが来た!乗り遅れるなよ!」
反田先輩の声にしんみりしていた空気が霧散していく。
田舎のバスは本数が少ない。乗り遅れたら一時間後じゃ。
バスが甲府の町を抜け、山道へと入っていく。
みんな眠りこけとるのう。
南海大常永の球場から地元までは距離がある。長時間バスに乗らんといけんけえ眠くもなる。
揺られ揺られ、やっと見慣れた景色が見えてきて、ほっとする。
思っていたより、気を張っていたようじゃのぅ。
オレたち地元の4人だけ先にバスを降り、隣町まで行く先輩たちが乗ったバスを見送る。
「じゃあな、大地!静真兄ちゃん、久慈ちゃん、また明日!」
「おう、気ぃ付けて帰れよ。じゃあ、明日なぁ」
「ほいじゃあのぅ」
「じゃあのぅ。また明日」
辰海と久慈と別れ、家路へと向かう。
すでに日が暮れはじめたオレンジ色の坂道を、のんびりと上がっていく。
「富士が赤くなっとるのう」
夕焼けに染まる富士と空。見慣れていても目を奪われる。
横で不満そうに口を結んでいる大地の横顔も、オレンジ色に染まっとる。
「兄ちゃん、どうしてあげに打たせたんじゃ?兄ちゃんなら、完封できたはずじゃ」
大地はオレのことを過大評価しすぎじゃのう。
「2軍相手の練習試合で完封しても意味ないじゃろ。色々試して、チームの問題点を探るのが練習試合の目的なことくらいわかっとるじゃろ?」
うちのような練習試合にも事欠くような弱小野球部にとって、今日の練習試合はとても貴重なんだと何度も言っとるんじゃけどのう。打たせて捕る投球に切り替えたことで、北仙丈の力量を測るだけでなく、チームの問題点も浮き彫りにすることができた。
大量点を取られんよう神経使って投げたんじゃ、褒めてほしいくらいじゃ。
「次やったら、兄ちゃん勝つんか?」
大地は例え練習試合でも負けたくないんじゃのう。ええことじゃ。
「……そうじゃのう。みんなの頑張り次第じゃな」
投手一人で野球をやっとるわけじゃない。完封なんてそうそうできるものじゃないと今日の試合で思い知った。
点を取られん守備と点が取れる攻撃。全員がそれをできんと、南海大常永には勝てん。
南海大常永には諏訪原がいる。
2年の諏訪原は、来年の夏も当然でてくる。
あの諏訪原を打ち取らんと勝ち上がれない。今から、対策を考えんとのう。
「これから1年。どれだけ成長できるか。オレだけじゃなく、大地も頑張らんとの」
「ワシもか」
「そうじゃ」
他人事だと思っとったんか?
気まずそうに顔を背けた大地が、立ち止まる。
「イソベがおる」
大地の視線を追うと、夏野菜が実る畑から三角の耳が飛び出とるのが見えた。
「オレンジ色に染まっとるの」
隣のおばちゃんといっしょに畑にいたイソベが、オレたちに気づいて駆け寄ってくる。
小さい頃の大地を思い出すのぅ。
大地もあんくらいこまかった。それが今ではオレの背を超えつつある。
背だけじゃなく、オレを超えてもらわんとのぅ。




