目標 【諏訪原視点】
●南海大常永校 諏訪原
試合後、グラウンドの整備をどうしても手伝うという北仙丈部員たちと一緒にトンボ掛けをする。
「不動大地!俺たちの勝ちだな」
勝ち誇った中村が、トンボを持った不動大地の前に立ちはだかる。
試合は俺たち南海大常永が3-2で勝った。辛勝だが勝ちは勝ちだ。
「仕方ないのう。今回は花持たせてやるかのう」
ふてぶてしさは変わらないか。
ふてくされながらも、負けを認めた不動大地に、中村たちは喜んでいるが。
相手は今年の大会1回戦負けの県立高校なんだがな。しかも中盤からレギュラーが入って、辛うじて勝てたというのは、南海大常永にとっては恥でしかない。
……まあ、北仙丈にそれだけの実力があったということなんだろうが。
不動大地が表面を撫でるように、トンボを動かす。……あれじゃダメだな。
「ああ!なんだよ!トンボの掛け方もしらねえのか?こうやって先にガリで凸凹をなだらかにしてだな」
「たいぎいのぉ」
「バカヤロォ!グラウンドの整備をなめんじゃねえ!土の固さが均一じゃねえとイレギュラーバウンド起こして、危険なんだよ!そんなことも知らねえのか?!」
見かねた中村が大地にグラウンド整備の基本を教えだすと、北仙丈の選手たちが集まってきた。うちはグランド整備にもこだわりがあるからな。仕方ない。教えてやるか。
ジョウロで水を撒き湿らせた土をトンボでならしては足で踏む。
不動大地に教えてやるが、なんともおぼつかない。
野球はそこそこできる感じだったのにな。
「不思議だな。どうして北仙丈は夏の大会で1回戦敗退だったんだ?お前ら兄弟以外にもいい選手いたし、上がってこれるだけの実力はあったと思うんだがな」
不動大地から、うちの1年投手と一緒に熱心にマウンドのトンボ掛けしている兄静真へと視線を移す。
不動兄弟以外にも、1番と2番のバッターは、うちに来てもレギュラーになれるだけの実力を持っていた。
1、2回戦くらいなら勝てただろう。
「兄ちゃんは投げんかったし、ワシと辰海はまだ部員じゃないけえのぅ」
ん?部員じゃない?
「どういう意味だ?」
「来年はワシも辰海も高校生じゃけえ、今日みたいにはいかん」
来年は高校生?じゃあ、今は……
「……お前、高校生じゃないのか?」
俺とほぼ背が変わらない、不動大地が高校生ではない?
「中3じゃ」
中3……。中学生……
不動兄弟と同中の平岡が言葉を濁していたのは、これか。兄弟で同じ学年なわけでなく、弟は一個下。
この図体で中学生……
「いや、待っ!中3?お前、中3?」
「中3じゃ。受験生じゃけえ大変なんじゃ」
中村が詰め寄るが、涼しい顔でそんなことを言ってのける不動大地に、これ以上かける言葉が見つからない。
「……ん、そうか、がんばれよ」
受験生ねえ。この男にこれほど似合わない言葉はない気がする。
「諏訪原さん?いいんですか?!だって、練習試合とはいえ、中学生が試合に!」
大地を指で刺しながら中村が、俺に訴えてくる。
「騒いでどうする。コーチにバレてみろ。弟をうちに入れると言い出すぞ」
「っぐ!……それはっ、……お断りだ!」
ライバルが一人増えることになるのだからな。部員からしたらこれ以上有望な選手など必要ない。
粗は多いが、不動大地のバッティングは目を見張るものがあった。
コーチが兄を手に入れられなかったその渇望を弟に向けるだろうことは容易に考えつく。
大人たちは不動大地を何が何でも手に入れ、育てるか飼い殺しにするだろう。万が一にも南海大常永の脅威にならないように。
高校野球に関わる大人たちに、きれいごとはない。
帰り支度がすんだ北仙丈野球部員たちが、俺たちの前に集まってくる。
「本日は練習試合を組んでいただき、ありがとうございました。貴重な経験をさせていただき勉強になりました」
「こちらこそ、いい練習ができました。ありがとうございました」
キャプテンとあいさつを交わし、握手をする。社交辞令でなく、今日はいい練習ができたからな。お礼の言葉もすんなりと出てくる。
「ほいじゃあのぅ。次はワシらが勝つけえ、恨まんようにのぅ」
「ふざけんな!次も俺たちが勝つんだよ!気をつけて帰れよー!」
背を向ける大地に吠え掛かる中村の顔は、楽し気だ。
北仙丈の部員たちが振り返って大きく手を振る。
「「「お世話になりましたー」」」
俺たちも手を振り返す。こんなことするの、リトル以来かもしれない。
なんだかんだ言いつつ、中村たちが一番今日の試合を楽しんでいたな。いつものようなピリピリした感じもなく勝つことに集中していた。不思議なもんだな。実力を備えた部内対決や強豪校との練習試合より荒削りのチームと試合したほうが、いい練習になった。北仙丈の学ぼうとする姿勢が、オレたちにもうつったようだ。
北仙丈野球部の背中が遠ざかっていく。その背中は敗者のものではなく、希望に満ちている。
「来年は厄介な相手になるかもな」
とうとう手の内を見せなかった兄の不動静真。手を抜いて投げていたわけではないが、勝つための投球ではなかった。探るような、試すような投球。
練習台にされたのは、こっちだったな。
「まあ、いいさ、来年も勝つのはうちだ」
「当然ですよ!」
中村たちが笑顔で相槌を打つ。
そう、俺たちが負けることは絶対にない。
南海大常永は、山梨の王者だ。王者の俺たちには、山梨大会での優勝は通過点に過ぎない。
負けることなどあってはならない。
目標は甲子園での優勝。それだけだ。




