駆け出しピッチャー 【不動静真視点】
●不動 静真
意外に打たれんもんじゃのう。オレ相手では本気になれんだけかもしれんが。
このままだと守備の練習にはならなそうじゃけえ、どうしたもんか。
配球も、もっと勉強したいんじゃがのぅ。どうしたら、常永を本気にさせられるんじゃ。
打たせて仕留める。
そういう投球に切り替えるか。打たれる怖さを知っておくに越したことはないじゃろうからのぅ。常永相手に無謀かもしれんが、練習試合じゃ。一球も無駄にならんよう、勉強せんと。
……点を取られん程度にできるとええんじゃが。
左バッターか。
打たれても、つまらせて、刺す。
凡打になるように、うまく……
「ボール」
見逃した。振らんかったか。ボール球を打てると思わせるのは難しいか。2軍とはいえ、常永のバッターじゃ。オレたちより一枚も二枚も上手じゃけえのぅ。
もっと際どい所に投げんと……
点にならない打たれ方を身に着ける必要がある。
点を取られなければ、打たれてもええんじゃ。こういうのは、経験がものをいう。じゃけえ、練習試合で勉強させてもらわんとのう。
甘い球に見せかけて、……つまらせる!
サードが捕って、一塁に送球。アウト。
よし!和泉先輩の守備は安心できる。大地もやれとる。
向こうの監督が動いた。
バッター交代?
諏訪原?
今日の試合には、でて来んと思ってたが。
「兄ちゃん、三振じゃ!」
大地は気楽じゃのう。そう期待の目を向けられてものう。
相手は左打ちのスラッガー諏訪原。全国レベルの高校生バッターの中でも、その実力は飛び抜けとる。
かたや、オレはまともに試合で投げたこともない駆け出しピッチャー。分が悪いどころじゃない。
バッターボックスに立つ諏訪原は、今までのバッターとは、やはり違う。
隙がない。ストライクゾーンなら、どこに投げても打たれそうじゃ。
諏訪原に打たせて捕るというのは無謀じゃけえ、抑えにいくか。
そうはいっても、どこに投げたら、いいのか……
初球は様子見で……
「ファール」
引っ掛けることができたと思ったが、諏訪原にうまく流されファールに持ち込まれた。
これが諏訪原か。
変化球への反応速度が速い。ヤマを張ってるわけじゃなさそうじゃ。
ピッチャーがボールをリリースした瞬間から、ボールの軌道、球種、コースを瞬時に判断している。
マウンドからホームベースまでの距離は18.44メートル。オレの球速を140km台として、オレがボールをリリースしてからキャッチャーが捕球するまでにかかる時間は、おおよそ0.4秒。
諏訪原はこの0.4秒の間に打つ打たないを判断し、コースや変化に合わせバットを振ることができる。
冷静に考えると化け物じゃのう。
スピードのない変化球は打たれる。甘いコースでも打たれる。
「ボール」
打たんか。よう見とる。
「ストライク」
見逃した?……スライダーが苦手っちゅうことはなさそうじゃけどのう。
読めんな。ストライクを取ったのに、こっちが追い詰められた気分になる。
「ストライク」
空振り。このくらいのスピードなら通用するのか?
……いや、2度は通用せんじゃろう。配球をもっと考えて……
今日は打たれても、点を取られてもええ。
諏訪原を徹底的に研究しつくすつもりで、色々試させてもらう!
まあ、向こうもそう思ってそうじゃけどのぉ。
こんな上等な相手と練習試合ができることなど、この先ないじゃろうからのう。
勉強させてもらわんと。




