夏の大会 【不動静真視点】
●不動 静真
全国高等学校野球選手権・山梨大会
県立北仙丈高等学校・県立帯那高等学校、連合チーム
1回戦 敗退
優勝・南海大常永校
甲子園・ベスト4
夏の甲子園
優勝・愛媛県代表 石鎚学園
今年の夏の大会が終わった。
◇◇◇
「よ~し、休憩」
鞍掛キャプテンの掛け声で、みんな木陰へと集まる。
水分と補食を取りながら部員同士で雑談する、この時間が自分は好きじゃ。
「夏休みも、もうすぐ終わるが、みんな夏バテにはなってないか?ちゃんと飯食ってるか?」
しゃっちょこ張った鞍掛キャプテンが、みんなに声をかける。
「キャプテン、久しぶりに会う親戚みたいなこと言い出してどうしたんですか?」
「固いよ。キャプテン!」
3年が引退して鞍掛先輩が新たにキャプテンとなったが、まだどこかぎこちなさがある。
そんな新キャプテンをみんながからかう。
「キャプテンなんてガラじゃないからさぁ。どうしたらいいかさっぱりわからん。やっぱり、静真のほうが適任なんじゃないかなぁ」
鞍掛キャプテンが弱気になってしまった。
「いつも通りでええんですよ。キャプテン一人に責任を押し付けようなんて思ってないですから。みんなで協力してやっていきましょう」
徐々にキャプテンになっていけばええだけじゃ。難しく考えすぎると上手くいくもんもいかなくなってしまう。
「そうそう、これ以上静真の負担を増やさないために、鞍掛をキャプテンにしたの忘れたのか?オレらも出来ることは何でもやるからさ」
「そうですよ。鞍掛キャプテンのこと頼りにしてますけど、俺たちのことも頼りにしてください」
口々に部員たちが、キャプテンに言葉をかけていく。
部内でのレギュラー争いがない野球部ならではかもしれんのう。押し付け合うのではなく、みんなで協力し合おうとするのは。全員がレギュラーであり雑用係でもあるからこそ、人任せにしていては練習もろくにできなくなってしまう。
「お、おう!キャプテンが弱気になってはいかんな。静真には練習メニューを作ってもらってるし、何かと頼ってるからな。雑務くらい俺らでやらんとな」
鞍掛キャプテンが笑顔になる。鞍掛先輩は、キャプテンとしての充分な資質を持っている。本人がわかってないだけで。安心感があるんじゃ。鞍掛キャプテンには。
「静真に作ってもらった練習メニューのおかげで強くなってきてるけど、秋季大会は3年がいないし、さすがにどうにもならないよなぁ。来年の夏は今年よりは行けると思うんだけど」
「来年かぁ。どのくらいまで行けるかな?大地と芦崎が入ってきたら、いいところまで行けそうなんだけどなぁ」
「常永に当たらなければな」
来年の夏。すでに部員たちの意識は、来年の夏の大会に向かっている。
人数が少ないうちのような部は、3年が抜けてしまうと連合チームで出場するのも厳しくなる。秋季大会は練習試合感覚で出て、夏に向けて、今からじっくり作り上げるほうが得策だ。
北仙丈高野球部が本格的に始動するのは、来年。大地たちが入ってきてからだ。
今年は準備期間と割り切り、1年かけて、今いる北仙丈の野球部部員を鍛え上げる。そうすれば、来年の夏には、常永と互角くらいまで……。欲をかきすぎか。それでも……
「常永かぁ。今年の常永、強かったよなぁ。運が悪かっただけで実力的には優勝を狙えたと思うんですよね」
「全国でも常永の諏訪原は飛び抜けてたものなぁ」
久慈の言葉に、みなが同意する。今年の常永は強かった。
南海大常永の諏訪原。今年の注目株の一人だ。プロ入り間違いなしのスラッガー。
「諏訪原はまだ2年だから、来年も出てくんだよなぁ」
「諏訪原がいるうちは、山梨代表は常永かもなぁ。はああぁぁ」
甲子園での活躍が記憶に新しいのだろう。みんな、弱気になっとる。
確かに、諏訪原はいい打者だ。
ミート力が高く、穴がない。打てば、二塁打、本塁打まで持っていくパワーもある。
来年、勝ちあがっていけば、必ずどこかで対戦するだろう。
「今から情けないこと言わんでください。常永だろうが勝つ気でおらんと」
負けを想定して練習していては上達もせん。
「そうか!うちには静真がいたな!」
「静真なら諏訪原を打ち取れるよな!」
「そうは言っとらんです」
一斉にオレに顔を向け、目をキラキラさせる部員たちに苦笑が漏れる。
「諏訪原を打ち取れたら甲子園に行けるとも言えるわけだ。頑張ってくれよ。静真」
久慈まで無責任なことを。
オレに負担をかけないでみんなで頑張るちゅう話は、どうなったんじゃ。
「来年になってみんことにはのう。まあ、久慈が諏訪原くらい打てば問題ないじゃろ」
久慈の笑顔が引きつる。
来年の攻撃の中心は久慈になるだろう。大地と辰海が入ってきたとしても、それは変わらない。
「あ~、そんなこと言われてもなぁ。常永の投手がどんな球投げるかわからないしぃ。静真と大地の球もまともに打てないのに無茶言われてもぉ」
「そうか、じゃあ、特訓するしかないのう」
自信ないとぼやく久慈に容赦はせん。力はあるんじゃ。やるべきことやってもらわんと。
「オレも頑張らないとなぁ。足を引っ張るのだけは嫌だからな。キャプテン、来年に向けて練習試合たくさんやりましょう」
古二田が拳を握りしめ、決意をキャプテンに向ける。
同級の古二田は上手いわけではないが、誰よりも野球が好きで情熱がある。いつも一番に来て、準備をはじめている。熱意のあるもんは強くなれる。伸びしろを持っている古二田が、あと一年でどれだけ成長するか。それも楽しみの一つだ。
「練習試合かぁ。やりたいけどなぁ。3年が抜けたから、うちは5人。帯那高に声はかけてみるけど。近場で練習試合をしてくれるところがあるかどうか……」
「練習試合するのも一苦労かぁ。こういう時は、強豪校がうらやましく思うよなぁ」
弱小校は、練習相手も見つけられないが、強豪校は1軍2軍と分けられるほど部員がおるからのう。自校の野球部内だけで全国レベルの試合ができてしまう。強豪校の強みの一つだ。選手層の厚さというのは、設備や監督の存在以上にチームの強さと直結している。
強豪校とは、経験だけでなくあらゆることで差がでてくる。特定の私立高校ばかりが甲子園に出場するようになったのも当然といえるかもしれない。
強豪校との差は開くばかりだ。
「探しては見るけど期待はしないでくれ。さてと、練習再開するか」
キャプテンが腰を上げる。
「あ、ちょっといいかなぁ。みんなに頼みがあって」
副キャプテンの和泉先輩が、腰を上げたみんなを引き留める。
なんじゃろうか?




