マウンド 【不動静真視点】
●不動 静真
県立北仙丈高等学校。
ごく普通の県立高校。大学合格実績は悪くもないがよくもない。部活もそれなりに活発ではあるけど、どこの部も全国大会に行けるほど強くもない。そんな普通の県立高校に来たのには、いくつか理由がある。
家から通える距離にある。自由な校風。学校から離れた場所に野球部専用の練習場を持っている。
最大の理由は、大地の学力で入学が可能そうな高校だったこと。
大地は覚えが悪いということはないんじゃけどのぅ。勉強は好きじゃないけえ学ぼうとせん。
勉強を教えてやれば確実に入れるくらいの北仙丈は、理想的といっていい。勉強せんで入れる高校だと大地は遊び惚けるからのう。
「静真ー!大地が来てるぞー!」
キャッチャーマスクを上げた久慈が、ボールを握った手でサード側を指し示す。
振り向くと、大地が金網越しに、こっちを見ていた。
「大地!」
大地の隣に、うちの制服を着た男子生徒がいたが、話しかける前にどこかに行ってしまった。
案内してもらったんじゃろうかの。
○○○○
「オレの弟の大地です」
野球部のみんなに大地を紹介をすると、先輩たちが興味津々といった感じで大地を取り囲む。
「静真の弟かぁ。デカいな」
「静真のいた中学は野球部がないんだってな。野球やりたくても出来ないつらさは理解できるよ」
「好きなだけ、ここで練習していけよ。俺らも人数増えるのは大歓迎だからさ」
よかった。先輩たちが大地を歓迎してくれとる。
北仙丈の野球部はいい意味でゆるい。上級生が威張り散らすこともなく、いっしょに野球をする仲間として、下級生を大事にしてくれる。毎年部員が集まらなくて苦労しとる弱小校ならではかもしれん。厳しくしすぎると部員が逃げていくからのぅ。
「バッティング練習がしたいのう」
「じゃあピッチングマシン試してみるか?うちのは変化球も投げられる優れもんだぞ」
「すごいもんがあるんじゃのう」
「中古の古い奴だけどな」
大地も先輩たちを気に入ったようじゃ。
この感じなら、大地もうちの高校に来たくなるじゃろ。
オレが言えば、大地はうちの高校に来るじゃろう。でものぅ、それではあかんのじゃ。
大地が自分で選んで決めんと。オレの言いなりでは、心が成長せん。
とはいえ、大地が他の高校に行ってしまっては、計画がおじゃんになってしまう。
大地にうちの野球部の良さを知ってもらった上で、選択してもらう。
……オレのエゴじゃけどのぅ。
理想を言えば、大地と辰海には、うちの高校に来てほしい。
全国に行くには、大地、久慈、辰海が必要不可欠じゃけえ。
久慈も辰海も、本人たちに自覚はないが、野球の実力は全国で通用するくらいある。
オレがそれとなく鍛えてきたからのう。
小中から友人の久慈は、自ら進んで同じ高校に来てくれたけえよかった。都市部と違い、この辺りに住んどるもんは選択肢が少ない。無理強いせんでも学力が似通っていれば同じ高校に行くことになるとはいえ進学というのは色々な事情が絡むからのう。
大地と辰海が北仙丈に来たくなるように、北仙丈野球部の魅力をそれとなくアピールするくらいは許されるじゃろ。
「静真ぁ、弟入れて三角ベースやるから来いよー」
鞍掛先輩に呼ばれ集合場所に行くと、大地が腕を組んでふんぞり返っていた。
この中で一番偉そうじゃのう。
「ワシが投げたる」
笑顔の大地がマウンドに上がっていく。先輩たちにかまってもらったのがうれしいんじゃな。
しかし、困ったのう。大地はマウンドから投げるのは、はじめてじゃけえ……
「弟もピッチャーできるのか。静真くらい投げれたら相当な戦力になるよなぁ」
「静真レベルが二人か。甲子園に行けちゃうな!」
人のいい先輩たちが、大地に期待の視線を向ける。
やはり、先輩たちを危険な目に合わせられんの。
「……まだ、すっぽ抜けることあるからのぅ。久慈から慣らしていくか」
「え?!……いや、静真に譲るよ」
「そうか?じゃあ、久慈がキャッチャーじゃの」
「うっ!……ま、まあ、いいか。防具つけられるからな」
久慈がそそくさと、バッターボックスから離れていく。
「なんだ?弟はそんなにコントロール悪いのか?」
オレたちのやりとりに反田キャプテンが苦笑を浮かべる。
「たまにすっぽ抜けることがある程度で、コントロールはいいほうですよ」
「じゃあ、久慈はなんでそんなに恐れてるんだ?」
反田キャプテンが不思議がっとる。
「大地の球、見ればわかりますよ」
久慈がちょっと自慢気に笑う。
オレも同じような顔をしとるんじゃろうのう。
マウンドに立つ大地が、オレに挑戦的な笑顔を向ける。
「兄ちゃん、勝負じゃ」
「おう、来い」
大地がグラブを引き寄せる。
最初の1球は……




