成長 【不動静真視点】
●不動静真
パシンといい音がする。
「その調子じゃ」
キャッチャーミットに収まったボールは、手に響くくらいスピードがでとる。
コントロールはまだ全然あかんけど、形にはなって来とる。
「もう1球!」
大地にボールを返し、キャッチャーミットを拳で叩く。
グラブを引き寄せ大地が足を大きく上げ踏み込む。
ミットの中に大きな音を立てて収まる。
「よし!ええ感じじゃ」
大地の同級生が通りかかるが、何も言わんで通り過ぎていく。
あの球みたら声もでんじゃろ。
今の大地なら、同級生の中で一番、遠くまでボールを投げられるじゃろうな。
「もう1球!」
まだまだ粗削りのフォームで、背も体重もまだ平均に追いついてはいない。
それでも、これだけ投げられるようになった。これからじゃ。
「大地、もっと一連の動きが流れるように」
「なんでじゃ?兄ちゃんはこう投げちょったじゃろ?」
「そ、……そうかのう」
……大地はオレがやってることを真似る。じゃけん、世界一の投手でなく、オレのフォームになる。
オレのフォームが完成しないと、大地もずっと未完成なフォームのまま。
大地の投球フォームを見れば、自分の問題点がわかると言うのはそう悪くはないかもしれんが……
プレッシャーじゃのう。
「よし、ラスト一球!」
「まだじゃ、もっと投げられる」
「あかん。投げすぎると肘壊す」
「そがいにヤワにできとらん」
大地が得意気に腕をぐるぐる回す。まずいのう。
大地は夢中になると加減せん。疲れても痛みが出ても気にせんと投げてしまう。そういう性格じゃ。
「大地、一番、使いもんにならん投手はどんな投手だと思う?」
「いきなりなんじゃ?……使えん投手?コントロールの悪い投手かのう?」
それも間違いではないけど、不正解じゃ。
「故障しとる投手じゃ。どんなに優秀な投手でも投げることができんかったら使いもんにならん」
「それは、そうじゃの」
ベンチを温めることさえできん故障した投手。プロ野球の投手の多くがスポーツ障害を抱えて苦しんでいると聞く。きっと、その投手たちは、痛みより投げられないことのほうに焦燥しているんじゃないかのう。
プロになったのに、肝心な時に故障して投げられない。そうなっては、元も子もない。
「過度の練習は、オーバーユースを引き起こす。特に投手は故障しやすいらしい」
同じ動作を繰り返せば、硬い金属でさえ摩耗していく。人の身体も当然摩耗する。子供の時から積み重なった負荷は蓄積されていき自然に回復することはない。
だからこそ、子供の時にどういう練習をするかが重要になってくる。計画的にやらんと取り返しのつかないことになる。
「どんなに強靭な者でも投げすぎれば壊れるように人体はできとるんじゃ。投手っちゅうのは生涯のうちに投げられる球数が決まっとると思ったらええ」
「じゃあ、どうすればええんじゃ?投げんと上手くなれんじゃろ?」
途方に暮れた顔で大地が、オレを見てくる。
「練習で投げる時も、一球一球を無駄にせんことじゃ。腕、腰、足先から指先まで身体のあらゆる部位を意識して、神経研ぎ澄ませて投げるんじゃ。そうすりゃ、漠然と投げとる10球分になる」
トレーニングの5原則の1つ【意識性の原則】いうやつじゃ。
野球の練習には、特に重要な原則じゃ。投げる、打つ。繰り返し同じ動作をすることになる野球は、少ない回数で練習の効果を上げることが重要になってくる。数をこなして覚えていく方法は使えない。量より質。一球で多くのことを吸収しなくてはならない。
……まあ、オレらはまだ子供じゃ。ゆっくり学んでいけばええだけじゃ。
「ぎょうさん投げれんのじゃったら、打つほうやりたいの」
大地がエアバットを振ってみせる。
「そうじゃのう、バッティング練習もしたいのう。バッティング練習も無駄に振るだけじゃあダメじゃけどのぅ」
素振りを毎日何万回したところで打てるようにはならん。
飛んでくるボールを打つには、相応の練習がいる。
「じゃあ、ワシが投げた球を兄ちゃんが打って、兄ちゃんが投げた球をワシが打つ。1球も1打席も無駄にならん」
「それはええのう」
コントロールつけるのにも、バッターがいたほうが緊張感が出てええかもしれん。
隣のおじさんがグラブといっしょに木製バットをくれたからのぅ。バッティング練習もできる。
「富士山までかっ飛ばしたるけえ」
大地が富士山に向けてエア素振りをする。
「ええけどの、打った大地が、富士山までボールを取りに行くんじゃぞ」
野球のボールは高いんじゃ。失くすわけにはいかん。
「……ワシは子供じゃからの、遠くまで行くのは無理じゃ。かっ飛ばすのは我慢しとくかのう」
遠くまで球拾いに行きたくない大地が、残念そうに首を振る。
大地は打つ気満々じゃのぅ。
オレが投げるんじゃけえ、そうそう打たせんぞ。
オレは大地の球を打つけどのう。
そうなると、小さな公園でのバッティング練習は厳しいか。
場所や方法を考えんとのう。
野球は練習するのも一苦労じゃのう。




