図書室 【芦崎辰海視点】
●芦崎 辰海
図書室で本を借りて読むという、楽なんだか面倒なんだかわからない授業。
担任が用事があるとかで図書室を出ていくと、すぐに騒がしくなる。
「大地は、何読むんだ?」
「ほうじゃのう、文字が少ないのがええのう」
「すぐに読み終わったら、読書になんねえぞ。……オレはこれにしようかな?『田舎町で犬と暮らす』面白そうじゃね?」
「……もう、田舎で犬と暮らしとるじゃろ?」
大地と面白そうな本がないか探すが、図書室にある本というのは、どれもイマイチだな。
「芦崎ぃ!大地といるとバカになるぞぉ」
「もう、なってるかもなぁ」
金囲たちが気色の悪い笑い声をあげる。
「お前らがバカなだけだろ。大地、行こうぜ」
マジでムカつく奴らだな。
「逃げんのかぁ」
大地の腕をつかんで移動しようとしたけど、大地が動かない。
大地が金囲の顔をじろじろ見ている。
「ああ、思い出したのぉ。母ちゃんのケツに隠れて泣いとったびったれか」
オレの手を振り払い、金囲たちの前に進み出た大地の雰囲気が変わる。金囲たちの顔から薄ら笑いが消えていく。
あ~あ、大地の導火線に火をつけちまったな。
いつも大地は、のんびりとした鷹揚な感じだけど、それだけじゃないことは、もうクラス中が知っている。当然、目の前のこいつらも知っているはずなのにな。
「ワシとゴロマキする覚悟できたちゅうことかのう」
金囲たちを見据えた大地の目は、獣が威嚇する時に見せるものだ。
周囲の連中も異変に気が付いたらしく話し声が消える。
「な、なにがっ、ゴロマキだ!」
金囲の声が裏返ってる。大地はからかっても無視することが多いから、今回も反撃されないと踏んでたのだろう。
一度、大地に泣かされたことあるくせに学習能力ない奴らだな。
「先に母ちゃんに電話したけりゃしてええぞ。ワシャぁ、覚悟決めたけえ。やりおうたるわ。おんどれらのタマちゅうタマつぶしたる」
大地ならほんとうにやるかもしれない。
金囲たちもそれがわかったのか、硬直している。
オレは大地の助太刀に入るべきか、止めるべきか。……迷うなぁ。
静まり返った図書室全体が緊張感に包まれて息苦しい。
「……っだぅ」
金囲が何か話そうとしたみたいだけど、声が出ずにカエルのような鳴き声を上げた。
「わりゃぁ!しごうしちゃるけえ、覚悟せえ!!」
大地が近くの椅子を蹴ると、大きな音を立てて金囲の横を滑っていった。
「ぅっ……ぅうっ……ヒッ……ヒック……ヒック……ぅ……ぅぅううっ……ヒック……」
大地の啖呵に、涙をぼろぼろ流して、金囲たちがしゃくり上げだした。
ビビって泣くくらいなら意地悪いことしなきゃいいのに。
「ぅ……ぅう、ふ、不動くんがぁぁ」
「極道になっちゃったあぁぁ」
「うぁぁあああああん」
釣られて図書室にいた全員が泣き出し、なんとも言えない重い空気になる。
生まれてこの方、こんな緊張感のある場面に出くわしたことねえ。どうすんだよ。これ。
「なんなら!」
ようやく大地が周囲の状況に気が付いたらしい。焦ったようにきょろきょろしだした。
「大地……、いくら何でも過激すぎるって。もうちょっとさぁ。言い方ってもんがあるだろ。相手は子供なんだから」
「ワシも子供じゃ!」
そうなんだけどさぁ。子供はあんなこと普通言わないんだって。




