第94話 選択
先生から示された”和解”。
その意味を理解した、綺羅星は――
……いや待って?
先生いくらなんでも、友人関係において、躾なんて……そもそもそれ、和解っていうのとは違うような。
食事の手もつい止めたまま見返す綺羅星に、先生は、何を今さらと穏やかに。
「常識では過ちとされています。しかし、考えてください。世の中にはDVやパワハラが横行し、世界では未だ戦争が止みません。それ即ち、暴力には一定の価値があると示しているようなものでしょう」
「で、でも先生、さっき友達とは対等な関係がいい、と……」
「それは対等であることが有益なケースに限ります」
影一の人間関係でいうなら、武器屋『マイショップ』の店員、破光さんやスミス=ニャムドレー氏が該当するだろう。
互いの価値観が近く、意見の食い違いがあっても対話により解決を図れるのであれば、暴力に訴えるのはデメリットでしかない。
「しかし世の中には、片方だけが得をする関係も存在します。一方だけが会社の利益のために違法なサービス残業を押しつけ、一方だけが利益を得るため税金をつり上げ、一方だけが友達になりたいと圧をかける。通常、それらの圧に対して逆らうことは難しくありますが……」
ご馳走様でした、と、影一が手を合わせた。
いつの間にか昼食を平らげ、再びお茶を味わいながら、
「我々には、ダンジョン、という選択肢がある。様々な証拠を隠蔽できる、ね」
綺羅星は――既に、それを経験している。
ダンジョンにて女に対し、証拠を残さず一方的にボコボコにした経験が。
チェーンソーで切り刻もうとした記憶が。
あの時は、殺す、虐めることしか考えていなかったけれど……。
和解のための条件に、利用できれば?
「もちろん他の方法もあります。架空の証拠を用意し、私は虐められた弱者だと訴える。他人の思い込み、勘違いを利用することは定番です。私は面倒臭いので直接消しますが」
「…………」
「大切なのは、世の中には様々な選択肢がある、と知ること。
我慢して仲良いフリをする。
相手と徹底的に話し合う。第三者に仲介して貰い、説得する。親に仲介を頼む。
徹底的に無視する。激怒して言い返す。友達をやめるとクラスメイトの前で絶縁宣言し、理由を訴える。
相手のロッカーに財布を忍ばせ、盗まれたと嘘をつく。人を雇いストーカーをさせ精神的に追い込む。
殴る蹴る、焼く、斬る、排除する――あえて相手の家族を先に手にかけ家を燃やし、自分に依存しないと生きられなくする、なんてのもアリでしょう」
こう考えてみると、人生って自由でしょう?
「或いは、こんな手もあります。逃げる。学校を辞めてしまう」
「……へ?」
「他人と向き合うことから逃げるために、学校をやめるのは推奨しません。……しかし、あなたがどうしても人付き合いが苦手というなら――きちんと将来設計を考え、自分の人生に責任を取れると判断したなら、それも一つの選択肢です。……嫌なことから逃げるのは、悪いことではありません」
ただし、きちんと覚悟を決めて取り組むこと。
全てから逃げることは、不可能。
間違っても学校を辞めた後、こんなはずじゃなかったと親に文句を言いながらぐちぐちSNSに書き込むような社会のゴミにはならないように。
「選択です。自分で考え、選択する。――その選択肢が豊富であるほど、人生はより豊かになることでしょうね」
綺羅星は未だ、頭のなかで渦巻く大量の情報に戸惑いながら……
ようやく、口を開く。
「先生は……その大量の選択肢のなかで、どうやって、選んできたんですか?」
綺羅星にはずっと、選択肢がないのが当然だと感じ、生きてきた。
戦闘力こそ成長したものの、人間関係という意味では……我慢するか、ぶち切れて殺すしか、頭になかった。
だから、自分で選択する、というのは……。
「考えるべきはまず、実現可能かどうか。実行性のない計画ほど無意味なものはありません。……その次は、言わずとも分かるでしょう?」
彼は、影一普通。
どこにでもいる、ごく普通の元サラリーマン。
「安心、安全、ノンストレス」
「…………」
「仕事を終えたあと心おきなくアフターを楽しみ、時には軽くアルコールを嗜み、趣味のゲームや配信を楽しんだのちゆっくりとお風呂につかる。それから髪を乾かし、適切なエアコンを効かせた室内で、枕を高くしてゆるりと熟睡。そうして迎えた翌朝、さっとカーテンを開いて差し込む朝日に目を細め、気持ちよく背伸びをする――最高の人生でしょう?」
それ以外に求めるモノなど、彼にはない。
贅沢三昧をするような、金銭的欲求も。
誰よりも目立ちたい英雄的欲求も、成り上がり欲求も。
他者との友情も、共感も、恋人や家族、家庭といった概念すらも、彼は求めたいとは思わない。
ただただ心穏やかに、乱されることなく、目立つことなく、静かなる生を送りたい。
そのための選択を、自分なりの最適解を、影一普通はただ黙々と選び続けているだけのこと。
「その気になれば私とて、別の選択肢は取れるのです。例えば、和解。……私がいままで排除してきた者の中にも、慮るべき理由や事情はあったでしょう。対話を試みれば、穏便に解決できる道もあった。が、そんなものに気を遣うのは私にとってストレスでしかない。ゆえに私は彼等への理解を放棄し、排除する選択肢を選んでいる」
だからこそ、影一普通はタチが悪い。
生粋のシリアルキラーでもなければ狂人でもない、あくまで常識的な価値観のなかに、殺人という行為が平然と混じっている――自動販売機のなかに、当たり前のように毒薬が並んでいるかのように。
「そして、綺羅星さんには綺羅星さんの選択がある。私なら即排除を選びますが、あなたにはあなたの感性があるでしょう」
「……私の、感性」
「あなたは私の弟子だからといって、私と同じ道を選ぶ必要はありません。むしろ、私になってはいけない。……武道においても、守破離、という言葉がありますが。私の概念を理解したのであれば、それを元に自分なりの型を見つけるのもまた、人として正しい成長過程なのですよ」
影一が「おかわりを頂けますか」と、店員さんに湯飲みを差し出す。
食事の手を止めていたことを思い出し、綺羅星は慌ててご飯を口に運びながら……
この人は本当に、私の師匠なのだと、改めて痛感した。
今まで出会ってきた大人はみんな、自分のやり方を押しつけるばかりだった。
でも、先生は違う。
むしろ逆。
生徒に狩りの仕方を教え、得物の選定方法を語り、そのうえで自分のやりたいことを選ばせてくれる。
間違っていたらきちんと指導し、でも、強要はしない。
徹頭徹尾、この人は、私が幸せになるであろう道を、押しつけるのでなく――可能性を見せたうえで、否定しない。
(……本当に。私は、先生の弟子になれたことを、幸せに感じます)
ご飯をかき込みながら、
……言葉にしてもきっと伝わらないし、恥ずかしいので黙っておくけど。
頬がほんのりと赤くなっていることを自覚し、手元の茶碗で表情を隠しながら、思う。
(私があと、十歳年上だったら……先生があと、十歳下だったら)
でも。この先生は年齢なんて関係なく、人の情に思いを寄せることはないだろう。
他人に気を遣うのが煩わしく、面倒だと思っているから。
――本当は、そんなことないのに。
立派な立派な、先生なのに。
でもそんなところがまた素敵でもある、と矛盾した感想を抱きながら、綺羅星はじっと考える。
……あとは自分で考え、選ぶべきだ。
ヒントは十分、頂いた。
最後の選択まで先生に委ね、与えられた回答を雛鳥のように貰っているだけでは、昔の綺羅星と変わらない。
そうやって親や教師、クラスメイトに押しつけられた答えを鵜呑みにしていたから、奴隷根性が身についてしまったのだ。
そんな、甘えた精神性を打ち破るためにも――
あとは、自分でやってやる。
「……ありがとうございます、先生」
「ええ。しっかり考え、選び抜いてください。ご相談があれば、またいつでも。……ああもちろん、必要であればお友達への対応も、私が協力しても構いませんが――自分でカタをつけた方が、気持ちいいでしょう?」
「はいっ」
大人の介入は、これ以上は必要ない。
高校生は高校生らしく、言葉とチェーンソーとメリケンサックで語るのが一番だろう。
なるほど、これが私の友情、私の青春かもしれない……
なんて、ガラにもないことを思いながら、綺羅星は「ご馳走様でした」と手を合わせる。
――迷いは晴れた。
選択肢を考えるとは言ったけど、綺羅星のなかでの答えは決まったも同然だ。
「……いい顔をされるようになりましたね、綺羅星さん。まあ、あなたが素直な対話だけで終わるような人間でないことは、重々承知していますが」
そんな表情を読み取られたのか、影一がふっと笑い。
綺羅星もまたお茶のおかわりを頂きながら、当然のようにお返しした。
「私は、先生の弟子ですから。……それに。ここで普通の人がするようなことを私がしても、期待ハズレですよね?」
「――私の弟子はどうやら、師匠のことをよく理解しているようだ」
それから二人で手を合わせ、ご馳走様でした、と食事を終える。
会計を終えて店を後にした二人は、誰がどう見ても……
礼節の整った、親子のような――ごく普通の元リーマンと、女子高生にしか見えなかった。




