第86話 マザースフィア
海底水晶洞ボス、マザースフィアの排出する小型爆弾は大きくわけて二種類ある。
ひとつはボス周囲を浮遊するように漂い、近づくものに誘導爆破を行う青い星屑”ガードスフィア”。
本体の防衛を担い、狩人の進行方向をカバーするように展開する厄介な爆弾だ。
そして、もう一つは――
迷宮庁ボス戦パーティ、その先頭を駆け抜ける後藤めがけ流星のごとく降り注ぐ赤い星屑”アタックスフィア”。
こちらは攻撃に特化しており、回避しても誘導弾のようにカーブを描き後方からさらに最も近い者を追尾する性質を持つ。
アタック、ガード両スフィアともども触れれば微細な打撃ダメージ、ついで発生する自爆により大打撃を受ける。
仮に攻撃をいなし無効化しても、本体が持続的に両スフィアを排出し続けるため、常に敵の攻撃に気を配りつつ立ち回らねばばならない、神経を使うボスだ――本来なら。
「”曲がれ”!」
迷宮庁チーム、その中央に陣取った虎子のスキル”否定の声”により、後藤に迫るアタックスフィアの軌道がぐりんとカーブを描き逸れていく。
地表に迫る爆弾が物理法則に反して海老反りし、明後日の方向へ飛んでいく様は、スキルを知らなければ仰天ものだろう。
その隙を縫い、後藤が詰める。
残った”ガードスフィア”が察知し、後藤を防ぐべく躍り出ようとするが――
「シッ……!」
間に合わない。
綺羅星の視界から消えた――ように見えた後藤は、既にボスの真下。
ぐっと拳を握り全身のバネを生かした、強烈なアッパーカットを硬質なボディに決めていく。
ぐわん、と一撃でヒビ割れる、マザースフィア。
「っ――!」
早い。
そして重い。
後藤の打撃に工夫はなく、しかし常人であれば一撃死すら余裕の威力をもって、ただ、殴る。
ビィ――――ッ!
マザースフィアが声にならない悲鳴をあげ、虎子のデバフから回復したアタックスフィアが反転。
ぐりんと軌道を変え後藤に迫るが、左右に展開した職員が杖を揃え、氷弾の弾幕を展開。シューティングゲームの如く打ち出された氷魔術がアタックスフィアを打ち落とし無効化する。
その隙に前方へ飛び出した虎子が、”落ちろ”! とガードスフィアをけん制。
続けて虎子に並ぶ女職員が攻撃バフを後藤にかけ、火力をさらに増強させる。
残る職員一人は――じっと動かず、回復魔法を発動直前のキープ状態にて待機。
「活――っ!」
仕掛けた後藤のラッシュ攻撃により、マザースフィアの魔力が一気に目減りしていく――
*
「ふむ。後藤氏をワントップに添えてバフを盛る短期決戦型チームですね。よく練られています」
「……私、パーティ戦はじめて見ましたけど、みんなで一斉に攻撃するとばかり思ってました」
「そこは役割分担次第でもありますね。綺羅星さんの仰るような全員攻撃型パーティもあれば、アタッカーのワントップチームもある」
攻撃役を後藤に集中させ、背後でバフや防御、回復をすべて担う陣形。
他人に背中を預けないと出来ない戦い方だ。
私には無理ですね、という影一に、綺羅星がぱちくりと瞬きを返す。
「先生でも無理なんですか?」
「私は他人を信用しきれないので。ああいう戦い方の出来る方は、素直に賞賛いたしますね」
素直に褒める影一とともに、綺羅星も思わずその戦闘に見惚れていたが――
おっとっと、と視界を遮ってきたのは、さっきからうろちょろする白銀鎧のヘンな男。
「さすがにつえぇな本職は。でもあの攻撃、実はよけなくても大丈夫だぜ?」
おうよ、と男が自分を叩いて自慢するのは、白銀の鎧と大きな盾。
「こいつは俺の特注品、ホワイトアーマー、そして、ホワイトシールド! 爆発系攻撃を防ぐ特殊効果があるのさ。これで俺みたいな奴でも安心安全に、アイテム稼ぎできるってわけ。賢いだろ?」
「ふーん……」
「お嬢ちゃん、このあとアレの分裂体と戦うんだろ? 俺が守ってやろうか? もちろん、お代はベッドで頂くけどな?」
ぐへへ、と男がニヤついた直後――ボス部屋から、強烈な魔力の波動。
「っ……!」
綺羅星が身構える程の気配。
虎子が、待避! と号令をかけたが、その必要もないくらい迷宮庁の職員達がすばやく下がる。
直後、爆発。
綺羅星が自然と行っていた”察”に、無数の反応――マザースフィアの分裂体が空中へと散布するように飛び散り、ボスフロアより続く五カ所の通路から一斉に、ネズミが逃げ惑うように飛び散っていく。
「来ましたね。では、仕事を始めましょう」
「はい!」
……ここからが、自分達の出番だ。
よし、と綺羅星は踵を返し、まずは分裂体の一匹が逃げ込んだ、手近な小部屋へ――
「もっと遠くの小部屋にしましょう、綺羅星さん」
「え」
「ボスに近い側は、迷宮庁の職員がカバーしています。よって外側から戦う方が効率的ですし、人目もありません」
なるほど、と、綺羅星は影一に誘われるままフロアの南西へ。
手近な小部屋に飛び込むと、すぐに、ふよふよと浮かぶ灰色の星型モンスター――二メートル弱ある星型の魔物、マザースフィア分裂体が……二体。
綺羅星はインベントリより、メリケンサックを装着。
よし、と身構え――
「ったく、しゃあねえなあ。ま、俺が守ってやるから適当に――」
ピピッ
何か知らないけどついてきた男の足元で、電子音が響き。
あ、と綺羅星が漏らしたのと、大男が吹っ飛んだのはどちらが先か。
うげぇ!? と悲鳴をあげ片足を吹っ飛ばされ、床に転ぶ大男。
……はぁ、と溜息をつく綺羅星の横で、影一が首を鳴らし、呆れたように。
「ご自慢の爆発耐性も、足元はお留守だったようですね。ダンジョンはいつどこに危険が潜んでいるか分かりません。目の前にボスがいるからといって、背後を疎かにしてはいけませんよ」
「が……て、め……こんなことして、ふざ、け……」
「敵の攻撃が来たようですね。では綺羅星さん、お手本です」
二匹のマザースフィア分裂体より、二種のスフィアが排出。
ひとつはボスの周囲を徘徊するガードスフィア、もう一つはこちらに迫るアタックスフィア。
「戦闘の基本その一。あらゆる資源は有効活用しましょう。氷竜戦で学びましたね?」
このようにです、と影一は地面に転がった男の足を掴み、ボウリングの球をなげる要領で投擲。
ぎゃあああ、と男が悲鳴をあげ、そこにスフィアが殺到。
みごとに爆発四散した。
うわぁ……と顔を引きつらせる綺羅星に、影一は「汚い花火ですね」と笑い。
「ご覧の通り、敵の攻撃用爆弾――アタックスフィアは、最も近い人間を優先的に狙う性質を持ちます。それをうまく活用し、誘導すると良いでしょう」
「……先生、今の人やっちゃって大丈夫だったんですか? いくら小部屋とはいえ、迷宮庁のクエストの最中ですけど」
「あの男は正規のクエスト参加者でないので、迷宮庁の名簿には載ってません。それに彼は、不運にもボスの爆発に巻き込まれて死んだのです」
「た、確かに……?」
「幸い、今回のボスは私の地雷と同じ爆発攻撃。木を隠すなら森のなか、死体を隠すならダンジョンのなか。――地雷を隠すなら爆風のなか、ということです」
では準備運動もこの辺で、と影一が背伸びをし。
それからふと思いついたように、綺羅星に微笑んだ。
「私が大きい方を。綺羅星さんは、もう一匹の小さな方を、ソロで倒してみましょうか」
「……いいんですか?」
「いまの綺羅星さんの実力なら、不可能ではないでしょう。マザースフィアは分裂体でもB級中位。あなたにとっては格上ですが、氷竜を単独撃破したならできるはずです」
期待してますよと言われ、綺羅星はほんのりと頬を赤らめる。
……期待された。
それは綺羅星にとって、とても幸せなことで、――男が爆発四散したことなどすぐに忘れ、はい、と元気に頷く。
「頑張ります!」
「邪魔者は片付けておきましたので、存分に。そして、基本に忠実に。利用できるものは利用し、是非とも活路を見出してみてください。今のあなたなら、倒せるはずです」
はい、と綺羅星は気合いを入れながら眼鏡を直し、メリケンサックを握りしめマザースフィアを睨む。
迷宮庁公式クエスト、マザースフィア分裂体、掃討作戦――
綺羅星のデビュー戦が、幕を開けた。




