第84話 一生ついていきます!
やべぇよやべぇよ、マジで洒落になんねぇよ……と、風見鶏は体育座りの姿勢のまま両膝を抱え震えていた。
おかしい。何で俺がこんな目に。
ミチコとの不倫がバレた。二百万、請求された。
既婚者だなんて知らなかった、騙されたんだと訴えたが証拠がぜんぶ揃っていた。
金はないと弁護士に告げたが、インベントリに隠した武器防具も連中はすっかり調べ尽くしていた。
けど、この剣と鎧は俺が全財産はたいて買ったヤツで、てか手放したら夢の超配信者にもなれねーし借金返済にも足りないだろ?
ってことで、金が必要だった。
クレカは限度額もう超えてるし、ヤミ金もこれ以上アテがない……ってことで、SNSでバイトを募集した。
ダンジョンで何でもやります! って。
そしたら依頼が来た。相手は年頃のJK。受けない理由がなかった。ついでに相手の女とイイ感じになれば、ミチコの代わりにもなるしな……
と思ったら誘拐だった。
ヤベェと思ったが金は貰っちゃったし、まあ、犯罪にならない程度に? ちょっと遠くに連れてって、その間にJKを説得……と思ってたら誘拐したのがヤバリーマンの連れでよぉ。
しかも知らない間にやられてたし!
途中で意識が戻って、危うく逃げたけど。これ詰んでね?
「あああ、何で俺こんな運悪ぃんだよ、俺が何かしたっつうのか……?」
女の不倫がバレなければ。
JKの誘いが、誘拐なんてヤバいもんじゃなければ。
相手がリーマンの弟子じゃなければ。……俺、運悪すぎだろ?
サイコロでずっと1しか出なかったら人生ゲームで勝てるわけないだろ、俺もう限界だよ……実家からも関わるなって、とっくに追い出されたしよぉ……
と、膝を抱えた風見鶏の腰元でスマホが震えた。
飛び退き、見れば、――うげぇっ、剛翼。
「しゃ、社長……」
『おい貴様、影一の調査の件はどうなった』
「いやその、一生懸命に調べたんスけどね……あいつ特にスキルとか使わなくて、ああ、やたらインベントリはでかいなあってくらいで」
『役立たずが。まあいい、次だ。影一のやつが次に参加するクエストを調べてこい』
「え!? あ、いや俺いまちょっと」
『そもそも貴様どこにいる? 俺のGPSだとダンジョン表記になっているが』
「そ、そうなんすよぉ……今ちょっと追われてて……」
そう。風見鶏は綺羅星から逃げたあと――まだ”凪の平原”を脱出せず地下へと潜っていた。
袋小路で立ち往生し、モンスターを何とかしのいでる状態だ。
だって、出口ゲートに迷宮庁の連中が見張ってて「はい逮捕ー」とかされたらヤベェだろ!?
顔ばれしてるし……俺、騙されただけで、悪いことしてないのによぉ……
「ううー……何とかならないッスかね、社長?」
『貴様は本当にどうしようもない愚図だな。……まあ、そういう馬鹿だから俺が飼ってやるしかないんだが』
剛翼の口調に、嘲りの色が混じる。
ああ、そうやってどいつもこいつも俺をバカにしてよ……どうせこの社長も、俺を使い捨てのコマとしか……
『仕方ない。脱出口を用意してやる』
「……え?」
『”凪の平原”なら入口も複数あるし出入りする人間も多い。手の空いてる奴でパーティ組ませて潜らせる、そいつの一人と入れ替わって出てこい。その後は、玉竜会の穴蔵に囲って貰うよう手配してやる』
「マジっすかあ社長!」
神! マジこの人神、強欲クソオヤジとか思ってごめんなさい!
「俺、一生あんたについていきます!」
『だったらきちんと仕事をするんだな。いいか? 影一が次に参加するクエストだ。奴の事務所くらい分かるだろう。尾行してダンジョンに入ったら連絡する、簡単な仕事だ』
「ッス! 任せてください完璧にやってみせるッスから!」
『……見つかるなよ? まあ、貴様が見つかっても大した痛手にはならんか』
通話が切れ、風見鶏はよっしゃあああと雄叫びをあげる。
危なかった、本当に危なかった! このままダンジョンでのたれ死ぬかと思った!
間一髪……業運……サイコロの6、ここで出た……っ!
やはり人生、生きてれば何とかなるっ……!
っしゃあ! と元気いっぱいに立ち上がり、早速スマホを鏡代わりに髪を整える風見鶏。
迎えに来るのが女だったら、格好悪いとこ見せられないもんな。ダンジョンで逃げ回ったせいで泥だらけなのは最悪だが。
ま、そこは俺の小粋なトークで……で、影一の次のクエスト調査か。
んなこと言われても分かんねーし、あの人、尾行とかしてもバレそうな気すんだよな……ってそうだ、簡単じゃん!
風見鶏は再びスマホをタップ。
連絡した先は――なんと、影一本人だ。
「ッス! ブラザー、ちょっと耳寄りな情報あるんスけど」
『業務時間外に連絡する程のことですか?』
「マジ、大ニュース! 社長から、ブラザーが次にいくクエストを調べるよう頼まれてさ。ってわけで教えてくれないッスか?」
『……何?』
影一が珍しく戸惑った声をあげ、むふん! と胸を張る風見鶏。
わかんないかー。俺の意図、わかんないかー。
「俺がブラザーの次のクエストを、社長に教える。社長はブラザーに何か仕掛けてくるけど、それを見事返り討ち! これなら俺も安全、ブラザーも安全!」
『しかし私への襲撃に失敗したら、社長はあなたを叱責するのでは?』
「え、何でッスか? 失敗するの社長だし、俺に責任ないじゃないッスか」
『……は?』
「ん? 何か変なこと言ったッスか俺」
『……。……ああ、失礼。いま、あまりに論理の飛躍があったもので。あなたは随分と、私の理解とは遠いロジックで行動しているようだ』
お、どうやら影一のオッサンも俺の天才性を認めてくれたらしい。嬉しいもんだぜ。
ってことでさ? あの~。
この件を教える代わりに、弟子のJKちゃん襲った件をチャラに……あ、でもまだ影一のオッサンにバレてない?
……黙っててもいっか。
聞かれたらでいいよな? な? 襲ったのも勘違いだし、JKちゃん助かったんだし。
『そちらの都合は理解しました。では先方にお伝えください。私は次回クエストにて”凪の平原”中層13階の素材採取に伺います。掃除屋とはいえ、たまにはそういう仕事も受けますので』
「了解! じゃあブラザー、気をつけてくださいッス。俺、あんたに一生ついてきます!」
よし。よしよしよし! これで完璧!
流れ来てる。完全に来てるっ……!
これでブラザーの信頼を稼いだ。社長には悪いけど、次の作戦は失敗してもらって……あ、成功した方がいいのか?
影一のオッサンが居なくなったら、心配事がひとつ減る。
あーけどなぁ、結局、社長への借金は残るわけだし、うーん。
……ま、どっちでもいいか? 勝った方につけばいい。
強いほうになびく、それが一番コスパの良い生き方ってもんだ。
俺ってやっぱ頭いいー! と風見鶏がふんふんと両腕を振り回していたそこに、再びスマホ。
迎えが来たらしい。
へへ。これで俺も無事に生還。なんだ、案外何とかなんじゃ――
「お前はここで降りろ。次、あの男が動き出したら連絡しろ」
「は!?」
頬に傷のある男に下ろされた先は、影一の住むマンション前だった。
え。聞いてないスけど?
「……いや……あの男がいく次のクエストは”凪の平原”地下13階で……」
「その情報はどこで手に入れた? 信憑性は」
「だ、大丈夫ッスよ。嘘じゃないッス――」
「子供のママゴトじゃないんだぜ、ガキ。仕事ってのは確実にやるから金を貰えるんだ。半端な仕事に意味はねぇ。……警察に駆け込んだら、わかってんな?」
じゃり、と男の懐から拳銃が飛び出し、風見鶏はひいひい言いながら見張りにつく。
ああもう。何で俺ばっか、こんなに運悪ぃんだよおぉ……。
「自分のケツくらい自分で拭け。それが出来なかったから、テメェは今ここにいるんだろうが」
嘆く風見鶏の尻を蹴飛ばし、男が鼻で笑いながら車で去る。
寒空の中、風見鶏は一人震えながら……どうか見つかりませんように、と祈りながら電柱の影に座り込んだ。
つうか、見張り役させるなら家か車ぐらい用意しろよ! アホか!




