第83話 武器選び4
遠距離武器を買いに来たらメリケンサックを握っていた。
何を言ってるかわからないと思うけど、私にもわからない……な、なにかとても恐ろしいものの片鱗に触れて……!
う、ううん。まだ買ったわけじゃない、まだ決まったわけじゃない。
私は、自分の隠れた性癖になんか屈しない……っ!
「フラグ立ては終わったかしら?」
「フラグじゃありません!!! っていうか冷静に考えてください破光さん、これ私に絶対合いませんよ!」
両手にぎゅっと握られた鋼鉄のメリケンサックを見せつけ、武器屋『マイショップ』で叫ぶ綺羅星。
性癖。根源。確かにこのえげつないサックは、深層意識が望んだものかもしれない。
でも、自分は対モンスター用装備を買いに来たのだ。
チェーンソーに続きメリケンサックでは、近接攻撃ばかりになってしまうし、そもそも。
「私そもそも格闘技とか出来ませんし、無理だと思いますけど」
「問題ありません。武器に乗せるのは体重ではなく魔力です。格闘技の経験がなくともレベルが十分にあれば、モンスター相手でもひけを取らないでしょう。まあ、武術を知っているに越したことはありませんが」
「うぐぅ」
「そもそも綺羅星さん、チェーンソーを使った経験もないのに平然と扱っていますしね」
ぐ、と逃げ場を失う綺羅星に、破光さんがにこやかに続ける。
「ちなみにその武器にも特殊効果があるわ。といっても女性特効ではないけれど」
「本当ですか? どんな効果ですか。例えば自分の防御力を高めるとか。真面目に勉強する私らしい効果だったり……」
「パラライズ。いわゆる”麻痺”ね」
「え、すごい! これで戦略的に戦えってことで――」
「格下にしか効かないけど」
「……は?」
綺羅星はまたも考える。
格上相手に抗うための麻痺ならわかるけど、え、弱い相手に麻痺らせる意味って……
「それ、何の意味があるんですか? 弱い相手なら普通に倒せばいいんじゃ……」
「え。格下を麻痺らせて、恐怖に怯えてる相手をじっくりなぶる以外に何かあるの?」
「は?」
「ん?」
首を傾げる綺羅星に、同じく首を傾ける破光さん。
……あ、あれー?
お互いに同じ話をしてるのに、認識にすごく齟齬があるような気がするのだけど……。
何かがおかしい……根本的に……とじんわり涙を浮かべる綺羅星の肩を、ぽんぽん、と影一が叩く。
振り返れば、先生は見たこともないくらい穏やかな微笑みを浮かべながら。
「綺羅星さんはですね。要するに、弱い者いじめが大好きなんですよ」
「絶っっっ対に違いますから!!」
「口ではそう仰いますが、身体は正直といいますか」
「卑猥な表現やめて頂けませんか!?」
違う、そうじゃない。綺羅星だってもっと格好良く戦いたいし先生のようにスマートになりたいのだ。
なのに、何でこうなるの……?
そもそもチェーンソーにメリケンサックって、狩人以前に人としてどうかと……外聞とかぁ……。
「綺羅星さん。あなたの本質は、生粋のサディストにして苛めっ子。それも、自分の手で直接カタをつけたいタイプです」
「んなあっ……」
「今までは両親の教育のせいで表に出なかったようですが、根底にあるのは憎悪と復讐。その心が、武器にも反映されたのでしょう。正直、私も予想外でした。ここまで対モンスターを度外視した性癖をお持ちとは」
「……違うもん……私、真面目でふつうのJKだもん……」
力なく否定する綺羅星だが、うんうん、と破光さんも満足げに頷いている。
「ダメよ、お嬢ちゃん。自分の性癖は受け入れなきゃダメ。性癖から外れた武器を無理に使ったら、威力半減しちゃうし、なにより楽しくないわ」
「私も同意見です。そして今後、綺羅星さんには近接戦をメインにお教え致しますね。……もっとも、私の安全志向とある意味真逆なので、師匠としては難題ですが」
影一が困ったように顎を弄りだしたのをみて、あ、これ本気なんだと今さら気づく。
……でも。
やだなぁ……本当にやだなあ、それ……。
ワンチャン、何かの間違いの可能性とか……そ、そうだ。実際に試してみよう。
実物を殴れば、私に向いてないって案外わかるかも。
「破光さん。私、試しに案山子、殴ってみてもいいですか? 使い心地を試したいので」
「いいわよ。あ、それなら練習用案山子じゃなくてアレがいいかもねぇ」
と、破光さんが併設された練習場広間の奥に向かい、引きずってきたのは、古ぼけた茶色の案山子だ。
なぜか所々、爪痕やら殴打のあとが残ってるけど……
まあ、普通の案山子だ。
メリケンサックを装備し、よし、とボクサーのように拳を構える綺羅星。
殴るなんて向いてないよね、私……と、まずは軽いストレートパンチを案山子に仕掛け――
ひょい
案山子が横に傾き、拳を避けた。
……???
びっくりする綺羅星の前で、案山子に印された『ヘ』文字がゲラゲラ音を鳴らす。
「それは煽り案山子といって、攻撃を避けてゲラゲラ笑うの」
「変な案山子ですね……まあいいですけど」
回避するといってもしょせんは案山子。足は動かないし逃げられもしない。
そして横に倒れるなら、ボディを狙えばいい。
綺羅星が腹に狙いを定め、妹屋に叩き込んだようなボディブローを放ち――
ぐりん! と案山子の足がなんと九十度背後に曲がり、拳が宙をきった。
反動で戻った案山子の頭突きが顔面に直撃、へぶっ、と人に聞かせられない悲鳴をあげる綺羅星。
「な、こ、こいつ……!」
「意外とやるでしょ。狩人D級くらいじゃ地味に苦戦するのよ?」
破光さんが笑い、案山子がゲラゲラと煽るように揺れまくる。
ばか。ばか。お前ばか。人間のくせに、案山子に攻撃すら当てられないの? のろまなのろまなでくの坊め。
そんなんじゃ、キミが殺りたい人間に逃げられちゃうんじゃないの? ねえ。
「っ――」
頭の中に響いた煽りが、鎌瀬妹屋の嫌みったらしい笑顔と重なる。
綺羅星の全身が熱くなり、勢いのまま案山子に飛びかかる。
ぐりん、と獲物がふたたび後方に折れるが、綺羅星は殴らず押し倒し――案山子に飛び乗る。
マウントポジション。
馬乗りになり、胸ぐらにあたる藁束を首をしめるように掴みながら、メリケンサックに力を込めハンマーのように振り下ろし、殴る、殴る、ひたすら殴る。
そこには彼女の望む愛らしいJKの姿などなく。
偶然見かけた客人がドン引きする中、案山子はあっという間にボロ雑巾の如くボコボコにされていく。
結果、案山子は完全に粉砕。
影一が弁償代を払うことになったが、当の影一は妙に満足そうに頷いていた。
「綺羅星さん。そろそろ諦めて、自分を受け入れてはいかがでしょうか」
「だからこの店イヤなんです! ていうかこのオチ前回と同じじゃないですか!!!」
もおおおお、と抗議をする綺羅星はすっかり涙目だ。
でも違うから。今回はホントに違うから……。
これは、対モンスターにしか使わない。
人を虐める時になんか、使わないんだから……と心に誓いながら、メリケンサックをインベントリの奥にきっちり仕舞う綺羅星に、影一と破光さんは深々と頷いた。
「手遅れね」
「手遅れですね」
「違いますってばああああっ!!!」




