第82話 武器選び3
「話は変わりますが、綺羅星さん。武器を新調しませんか」
”海底水晶洞”攻略会議を終えた、その翌日。
学校帰りの放課後、明日のダンジョン攻略のためにと駅で合流した影一に提案され、う、と綺羅星は顔を引きつらせた。
……武器。武器、ですか……。
「チェーンソーの使い心地、実際のところモンスター相手にはイマイチかと思いまして」
「そうですね。というより一度も使ったことないです……」
彼女の得物“紅き血潮のチェーンソー”は対人特効をもつ希少な武器だが、モンスターに人型は少ない。
結局、サバイバルナイフや、お借りした火炎放射器ばかり使っているのが実情だ。
なので、武器の新調自体は賛成だけど……。
「でも先生、自分の得意武器って、自分の性癖――”根源”に基づいて選ぶものだと仰っていませんでしたか?」
「ええ。ただ、敵との相性が悪いケースはやはりあります」
影一は地雷と弓がメインだが、堅いモンスター相手には大剣やハンマーも使う。
そういったサブ武器を用意することで、応用力を広げておくのも業務上大切なことらしい。
「何か問題が?」
「い、いえ。……でも行くのって、またあのお店ですよね?」
当然、ということで綺羅星が頬を引きつらせながら連れられたのは、武器屋『マイウェポン』四階。
客は相変わらず少なく、二、三人……だがいずれも実力者だと分かる彼等を横目に、綺羅星はかわいいポニーテールの店員さん――破光さんと挨拶を交わす。
「あら、影一くんと愛しいお弟子さんじゃない。こんばんは。今度はどんな相手を殺りたくなったの?」
「えっと……見学っていうか」
「彼女のサブ武器を見繕いに。チェーンソーは彼女にお似合いですが、モンスター相手には使いづらくて」
「それはそうね。でも、人間相手にはイイ音鳴らしたんじゃない?」
それは……一度だけ。
手にかけたのは男二人だけで、女はまだ。
それでも実際に切った感触はバターのように滑らかで柔らかく、同時にしっかりと肉を切る歯ごたえが手にぶるぶると響いて、きっとあの女を刻んだら気持ちい……
じゃなくて!
「モンスター相手には、まだ使ったことなくて」
「ふぅん。モンスター相手には、ね……その話はいずれ聞くとして、次はどんな武器がお望みかしらぁ?」
綺羅星は考える。
メイン武器はチェーンソー。普段使いはサバイバルナイフ。近距離ばかりだ。
たまには影一のように格好良く地雷を仕掛けたり、弓で敵を射貫いたりしてみたい。
「遠距離攻撃、してみたいです。魔法とか……でも、魔法って掃除屋向きじゃないですか?」
「そんなことありませんよ。派手なエフェクトは不要ですが、正しく扱いこなせれば何でも武器になります」
「じゃあ試してみたいです」
いいわよ、と破光さんが持ってきたのは初心者用のロッドだ。
ルビーロッドという先端に紅宝石を仕込んだそれは、一振りするだけで炎を放つ”ファイアボール”のスキルを封じている。
ついに私も、遠距離のスキルを……!
っていうか、よく考えたら今までがおかしすぎた。
上半身鎧を着込んでチェーンソーを振り回し、竜の舌にナイフをめった刺しし、火炎放射器でゾンビを焼き尽くすJK。
外聞が悪い、どころか最悪すぎる。
話だけ聞くと、ダンジョン探索ものじゃなくてホラー映画って言われるんじゃ……。
掃除屋が外見に拘らないとはいえ、綺羅星だってたまには影一のようにスマートに戦いたい!
というわけで早速店奥の練習用案山子コーナーに向かい、綺羅星はロッドに魔力を込めてえいやっと突き出した。
飛び出せ炎弾、「ファイアボール!」
かけ声とともに、ルビーロッドが輝き――
ぼふん。
爆発音と共にロッドの先端から、へろへろ~……と。
ゴミみたいな炎が、放物線と呼ぶのも情けない勢いでぽてんと地面に落ちた。
「「…………」」
「……ふ、ファイアボール!」
もう一度。
が、線香花火みたいなのが、ぽてんと地面に落ちるだけ。
「……なんでぇ……?」
「お嬢ちゃん。ほかの武器も試してみる?」
凍結魔法を放つロッドをお借りした。だばーっと水道水みたいなのが出た。
さらに”魔法銃”と呼ばれる魔法弾を放つ武器を撃ち、一応ブーメランまで試してみたが……
どれも、まっすぐにすら飛ばなかった!
「な、なんでぇ……!?」
「影一くん。この子典型的なアレね。――適性がある武器以外はぜんっぜん使いこなせないタイプ」
「いますね、そういう人。自分の信念を曲げられない頑固な人にありがちな傾向です。それもまた”根源”らしいですが」
「先生、私泣いていいですか?」
綺羅星はじわっと涙を浮かべた。
だからこの店には来たくなかったのだ。自分のいや~な部分を思い知らされるから!
「……でも先生、もう一度チェーンソーを選ぶわけにもいきませんし。ね? 私だって探せばいい武器が……」
「仕方ありません。破光さん、いつもので」
「はぁい。さ、お嬢ちゃんいつもの性癖探し、しましょうね? 今回はどんなえっちな武器と出会っちゃうのかしら」
「いやぁ――――っ! またチェーンソーみたいな変な武器選んだら、私JKじゃなくなっちゃう……!」
「もう誰も気にしてないから大丈夫。あなたは十分汚れてるわ。……それにあなた、チェーンソーを選んで後悔したかしら?」
……してない。
人を直接刻んだ機会こそ少ないが、あの形状、あの恐怖を見せつけたからこそ、鎌瀬姉見の精神をズタズタに切り刻むことが出来たのだ。
チェーンソーは肉を切ると同時に、心を斬る。
人の心を傷つけてきたあのクズ共を切り刻むには、お似合いの武器だ――
破光さんが邪悪な魔女のように、にんまりと唇をつり上げる。
ので……仕方なく。
本当に仕方なく、嫌々ながら、綺羅星はその手を取り、瞼を閉じる。
「またチェーンソーを選んだらどうしよう……」
「それはないと思いますよ。人の心が成長するとともに、望む武器の形も変わっていくものですから」
そうかなあ。本当かなあ。
そうだといいけど。
でも、いまの私が望む武器って、何だろう?
どうか私に、この真面目で一生懸命なJKにお似合いの、地味な武器でありますように……。
祈りながら、綺羅星は瞼を閉じる。
破光さんに導かれるまま手のひらにぼんやりと魔力を加え、理性を手放し、頭の中をぼーっとさせる。
「さ、綺羅星ちゃん。あなたはチェーンソーを買った後、どんな経験をしたのかしら?」
……このお店に来たあと。
本当に、沢山のことがあった。
クエストを通じ、モンスターと戦った。
"ナンバーズ"との揉め事を見た。
鎌瀬姉妹との話し合い(物理)に、氷竜との死闘。巨獣ベヒモス……そして、鎌瀬姉見に殴られつつも、自ら自爆させた経験。
最近は城ヶ崎さんに悩まされ、苛立って……ホント、あの子は勝手なことばかり!
「っ……じゃない、今はモンスターの倒し方で」
「ダメよ、雑念を捨てて」
「でも」
「確かに、あなたが店に来た目的はモンスターを倒すため。でも、表向きのガワだけ合わせても、意味がないの。……あなたの心は、あなただけのもの。心の底から望んでるものを出さなきゃ意味がないわ」
だから、あなたの心を解放して。
性癖を。
根源を。
悪辣にして残酷、むき出しの狂気に共鳴してこそ武器はその真価を発揮する。
……そんなこと言われても……私は割と、チェーンソーに満足してて……。
ああでも。最近一番楽しかったのは、鎌瀬妹屋とのやり取りかな。
戦ったというより一方的にぶん殴っただけだけど、痛快な一打だった。
女の腹を殴り、げぼ、と情けない悲鳴をあげよだれをたらしながら蹲るあの雌豚を見下したとき、綺羅星のなかに表現し難い快楽物質のようなものが、どばどばと出ていた。
あの感覚を、もっかい味わうのもいい。
次は腹だけじゃない。その生意気な鼻っぱしに膝蹴りを撃ちこみ、頬を平手打ちし髪をふん捕まえ殴って殴ってぶん殴って、抵抗できないくらい屈服させて見下したい。
ああ。せっかくなら城ヶ崎のやつもボコボコにしてやりたい。あのすまし顔を、原型がなくなるくらいヘコませたい。
大体何なのアイツ、私の先生に勝手に口出ししてホントにもう――
「”察”」
チェーンソーだけじゃ物足りない。
斬るのは楽しいけど斬ったら終わり、痛めつけるなら殴打のほうが気持ちいいし、拳にかかる肉のえぐれる感触も直に味わえるはず。
妹屋の時は数発だったけど、時間があるならあの感触をもっともっともっと、もっと沢山――私によこせ。
私を、楽しませろ。
…………。
…………。
メリケンサックだった。
「この子あれね。真面目な顔して、とことん自分の手でヤリたいタイプなのね……素敵すぎてお姉さん濡れちゃいそう」
「綺羅星さん。私はいま、あなたを弟子にして良かったと心の底から感動しています。素晴らしい」
「だからこの店嫌いなんですよ!!! 間違ってる……こんなの、絶対に間違ってる……うわあああん……」
綺羅星は顔を真っ赤にしながら号泣した。




