第63話 影一普通
その日、コンビニついでに雑用を片付けた影一は、のんびりと帰路につきながら考え事をしていた。
ここ数日間の出来事への反省だ。
対ベヒモス戦に用いた武器”神威ブレード”。
二年ぶりに試した感触を結論からいえば、まだ足りない、の一言だった。
ダンジョンの壁すらバターのように削いだ威力を目の当たりにした影一は、ごく普通に――失望した。
この程度の威力しか出せないのか、と。
まだまだ自分は弱いらしい。
「……やはり、もっと高難度のダンジョンが出現するのを待つしかありませんか」
影一普通は前世のゲーム、LAWで取得した魔力――レベル320にも及ぶ力を引き継ぎこの世界に転生した。
が、最初から全ての力を使い切れたわけではない。
ゲームと実戦では異なる部分も多い。
例えば綺羅星に教えた魔力察知の”察”はLAW内には存在せず、影一が独自に体系化した理論だ。
モンスターとの戦闘も、同じ。
自宅でキーボードやマウスを叩くのと、自らの手で切り結ぶのは感覚が全く異なる。
そういった知識と体感の誤差を修正しながら、影一は二年かけていまの実力に至るが……
まだ足りない。
全く足りない。
少なくとも神威ブレードを易々と振るえる程度に至らなければ、影一の目指す安心安全ノンストレスな未来を迎えることは不可能だ。
対策は行っている。
S級ダンジョンで定期的に出現する派生ダンジョンのボスを最速討伐し、初回撃破時に得られる魔力ボーナスは必ず入手している。
手順こそ狂ったものの、今回のベヒモス討伐を迷宮庁にバレる前に行ったのもその一環だ。
さらにS級ダンジョンでは、一度倒したボスが弱体化した状態で再出現することがあり、その度に討伐、いわゆる巡回レベリングも定期的に行っている。
さらにはニャムドレー氏の元に通い、定期的な武器防具の改良。
狩人関連の情報も精力的に集め、レアアイテムの情報があれば仕事の合間に必ず足を伸ばしている。
それでも足りない。
現状のままでは、影一は再びあの”ラスボス”に敗れるだろう。
(もう、二年も前のことですか)
前世の日本……世界が崩壊したとき、影一普通は一人黙々とLAWを楽しんでいた。
群発、と呼ぶのもおこがましい程に続く地震。
世界の終焉と呼ぶにふさわしい災害に人類のライフラインはことごとく破壊され、電気、ガス、水道すべてが遮断された。
にも関わらず、影一のデスクトップPCでLAWは稼働し続けていた。
当時も疑問には思ったが、世界が終わるのなら自分のやりたいことをしよう、と影一はLAW最終イベントまで進め。
最終ダンジョン”奈落の心臓”攻略に向かった。
凶悪な雑魚をなぎ払いあらゆる即死級トラップをはねのけ、到達した最深部。
画面の向こうで目の当たりにした”ラスボス”に……
影一は珍しく、言葉を失ったのを覚えている。
LAW日本サーバー最終ボス。
八つのS級ダンジョンより繋がる一つの終焉、LAW世界を支配する災厄。その名は――
”八岐大蛇”
PC画面に出現した巨大な蛇竜を目の当たりにした直後、現実でも巨大地震が発生。
過去最大級のそれは、耐震性だけは異様なほど優れていた影一の自宅すら耐えられず。
自分の人生も終わりか、と己の死を悟りながら、ふとベランダを見上げ――目を疑った。
ゲームではない……赤く燃える現実の世界に、亀裂が走り。
大地の底よりアスファルトを突き抜け、咆吼をあげながら出現したのは……
リアルの世界に降り立った”八岐大蛇”だったのだ。
ゲームのラスボスが、現実に出現した……?
影一が最後に見たのは、大蛇が地を鳴らし、日本を終わらせる光景だ。
あれは何だったのか――当時の影一には何一つとして分からなかった。
が、いまの新生日本に転生し、ダンジョンが当たり前にある世界にはそれを表現する用語がある。
ゲートクラッシュ。
モンスターがダンジョンゲートを破り、外界に出現する災害。
もしそれが、前世の日本や世界でも起きていたら?
影一の推測では……この世界にもいずれ、ラスボス”八岐大蛇”が出現する。
そのとき世界は災厄に飲まれ、影一普通の人生も否応なく危機にさらされることだろう。
故に、影一は掃除屋という仕事を選択した。
狩人として成長し、ラスボスに抗う術を見つけるために。
……まあ単に社畜が面倒になったのもあるが、ヤツを倒せなければ影一普通は真の意味で、安心安全ノンストレスなる穏やかな日々を迎えることは出来ないだろう。
迷宮庁は頼れない。
一般人が「数年後に世界が滅ぶ」と口にしたところで変人扱いされるのがオチだ。
迷宮庁の役人として組織に潜り込む手も考えたが、それはそれで自由を拘束されすぎてしまう。
影一は世界を救いたいわけではない。
英雄になりたいわけでもない。
金が欲しいわけでも、義憤に駆られたわけでもない。
ただ枕を高くして安心安全に日々を過ごしたい、それだけだ。
だからこそ影一は迷宮庁に気づかれないようダンジョンボスを狩り、己の実力を高めるべく日々稼ぎを行っている。
成果が出るのは、まだまだ先だが。
「焦ることはありません。ゆるりと参りましょう」
未来を憂うあまり、いまの生活を疎かにしてはいけない。
人間にできる一日の仕事量は決まっているのだから、と影一はコンビニ袋片手にてくてくと歩く。
今日も、平和な一日だった。
女子高生のお宅へご挨拶に伺う些事はあったものの、特段ストレスもなく。
こういうのでいいんだよ、こういうので、と太鼓判を押したくなるような普通の日――
ドンッ
「おいおいオッサンよぉ、お前どこ見てんだ? あぁ!?」
「ふむ。失礼ながら、一般的に自転車は歩道を走ってはならないという交通ルールがあるのをご存じでしょうか。またいかに自転車とはいえ、酒気帯び運転も厳罰化される傾向にございます」
「っせえんだよ、テメェよぉ! 俺はこう見えて”玉竜会”の人間なんだぜ? あ? 知ってっかぁ? うちのシマをよぉ――」
「反社の方でしたか。しかし近年、その手の方が組織名を名乗るとは思えませんのでハッタリでしょう。まあ、本物でも偽物でも関係ありませんが」
「何言って、」
普段通り男の首をスライスし、インベントリに収納。
粗大ゴミを始末しながら、やれやれ、と溜息ひとつ。
全く。馬鹿がぶつかったせいで、コンビニで買った野菜ジュースが台無しだ。
仕方ない、と影一は別のコンビニに寄りながら……ふむ、とペットボトルコーナー前で足を止める。
やはり、野菜ジュースだけで誤魔化すのは良くないだろうか?
サラダの一つくらい買うべきか。
しかし野菜を毎回買うと、結構値段がするのだよなと悩んだ末……迂闊にも、レジ横に並んでいた揚げ物を買ってしまう。
やはり私は、どこにでもいる普通の凡人だな……と、影一は己の矮小さを思い返しつつ。
今日も一人暮らしのオジサンらしく、コンビニ弁当と揚げ物を片手にのんびり自宅へ帰るのであった。
第一章はここまでです。
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引き続き、第二章を投稿していく予定です。
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