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心優しいサイコパスおじさん、転生現代ダンジョンで自由に排除してたら才能あふれるJKに弟子入りされた件  作者: 時田唯
第一章

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第50話 氷竜3

 遡ること、少し前。

 氷竜相手にひたすら逃げ惑う綺羅星を観察していた影一は、些かやりすぎたか、と珍しく考え込んでいた。


 氷結竜アイスオーグは、前世の記憶通りなら想定討伐レベル40に至る強敵だ。

 未だレベル10前後の綺羅星にとって荷が重すぎることは、影一も理解している。


 それでも彼女を送り込んだ理由は、ひとつ。

 綺羅星に一度、死地を経験させたいと考えたからだ。


 このやり方が無謀であることは理解している。

 ホワイト企業なら間違いなくパワハラ判定、即座にクビが飛ぶだろう。

 影一自身、この手のやり方は好まない程だ。


 一方で、人生とは必ずしも、順風満帆に過ぎるものではない。

 理不尽な出来事は、いつだって予想していない瞬間に牙を剥く。

 人として生きる以上、どんなに安心安全を願っても”いざ”という時は訪れるものだ。


 その時に必要なのは、――人生経験に基づく胆力。


 患者の死を業務として受け止める、医師のように。

 仲間が殺されようとも戦線を維持する、兵士のように。

 己の心が嵐のように荒もうとも、目の前の出来事に対処する鉄の意志。

 それは、座学や通常戦闘で教えられるものではない。


 だからこそ、綺羅星に山場を経験させておくべきだと考えた。

 並の狩人なら裸足で逃げ出したくなる試練であると理解したうえで、理不尽を与えたのだ。


(まあ、頃合いをみて、助けはしますが)


 こんな仕打ちをしたのであれば、彼女に嫌われるのも当然。

 最悪、弟子入りもなかったことになるかと、懸念していたが――





(まさか、敵の口に飛び込んで舌を刺すとは。そのうえ私の救援まで利用するとは)


 竜の口から綺羅星を救い、話を聞けば、なんと無茶なことを。

 もちろん影一が救出をミスするなどあり得ないが、だからと自爆特攻に活路を見いだすのは常軌を逸している。


 やれる、と頭で考えることと。

 実践することの間には、天と地ほどの差がある。


 それを、彼女は当たり前のように成し遂げた。――予想以上の成果だ。

 影一は笑いを堪えきれない。

 元々、彼女はそこそこの逸材だと思っていたが……評価を上方修正する必要があるだろう。


「……先生、私の戦い方が下手すぎて、笑っているんですか」

「いいえ。優秀すぎたがゆえの喜びです」

「本当ですか……? でも私、こんなにボコボコにされてますけど」

「実力差が出るのは当然。その上で、どう抗うかを見ているので構いません」


 そして結果は出た。十分だろう。

 彼女を雪原に降ろしつつ、影一はスマホを確かめる。


「ところで、綺羅星さん。そろそろ約束の三十分ですが、どうします?」

「え。どうするって……?」

「私の依頼は氷竜と三十分と戦うことで、倒せとまでは伝えておりません。そもそも無理筋であろうと判断していたので」


 そうだった、と思い出したらしい綺羅星が、瞼をぱちくりと瞬かせる。


 その傍で、氷結竜が咆吼をあげ空高く飛び上がった。

 自ら放った自爆技からの復帰に、時間を要したのだろう。氷結竜の肌や口元からはうっすらと紫色の煙が零れ、少なからずダメージを与えていることが窺える。


 ……この後は影一が氷竜を始末して帰宅する予定だったが、これなら。


「せっかくなら、倒してみますか。あの竜を。……氷竜の攻撃パターンはすべて、敵影を視認してからのもの。もちろん氷ブレス以外の攻撃も持ち得ていますが、その動きは決して速くありません」


 光明を見つけたなら、彼女に最後までやらせたい。

 影一のバックアップ付きとはいえ、彼女一人で格上の化物を相手取れた。その経験は、彼女にとって大きな経験となるだろう。

 結果が全てとは言わないが、結果を出すことは、自信に繋がる。


 綺羅星が頷き、立ち上がった。

 魔力こそ酷く傷ついているが、気力は十分。


「うまくやれるか分かりませんが、頑張ってみたいです」

「了解しました。では私は優雅に見学しておりますので」

「そんなこと言って、本当に困ったときは助けてくれますよね、先生って」

「私はそんなお人好しではありませんよ」


 影一普通は善人ではない。

 が、前向きに努力している人間を見捨てるほど、薄情でもないだけだ。


「では頑張ってください、綺羅星さん」

「……はい! やってみます」


 綺羅星が再びダガーナイフを片手に、氷竜へと駆け出した。

 視認した氷竜が雄叫びをあげ、脆弱なる人類に牙を剥き――綺羅星はすかさず踵を返し、迷宮の物陰に姿をくらませる。





 その後の展開は、先程の焼き直しと呼んで差し支えないものだった。

 氷結竜アイスオーグは、標的をロストすると地上に降りる癖がある。モンスターとはいえあの巨体で常時飛行するのは、魔力を消費するのだろう。


 その着地を狙い、一撃を与えて離脱。

 弱点は口だけではない。眼球、耳、もし狙えるなら首筋の裏といった弱点部位を的確に狙い、氷竜がふたたび空を飛んだら身を隠す。

 時間はかかるが堅実なヒットアンドアウェイ。

 そのうえ致命的なミスをしても影一が手を貸すのであれば、勝敗は見るまでもない。


 影一の戦闘理念に、感動は必要ない。

 ダイナミックで配信映えするスキルも、劇的な逆転に繋がる博打もいらない。

 ただ淡々と、相手にダメージを与える通常動作を繰り返し、排除する。それが掃除屋の戦い方だ。


 綺羅星が再び竜の口へと飛び込む。モンスターなりに学習したのか、とっさに口を閉じ得物をかみ砕こうとする氷竜。

 が、綺羅星は直前でバックステップ、からの転身。

 地を蹴り氷竜の眼球へとナイフを振り下ろす。

 眼球は口内より硬いのか弾かれるものの、蓄積されるダメージはいずれ火を吹き――やがて眼球に損傷を与える。


 視界に頼り切ったモンスターの視界を制限すれば、あとは綺羅星の独擅場。

 狙いが甘くなったブレスを悠々と回避し、果敢に口へと攻め入り、一撃を加えて飛び退く。


 影一が援助する必要もなく、綺羅星はゆっくり戦況を有利に傾かせ、やがて――





 二時間ほどの奮闘の末、氷竜がついに紫色の煙となって消失した。

 荒れ果てた雪原に手のひらサイズの魔石が転がり、綺羅星が膝をついて息切れする。


 ……本当に、倒せるとは。

 途中で魔力回復ポーションを支給したとはいえ、二時間、継続的に立ち回れたのは素晴らしい。


 大したものだ、と珍しく素直に感心していると。

 綺羅星が汗塗れになった顔をあげ、ひび割れた眼鏡を抑えながら、ふと。


「なんとか、倒せましたけど。こんな卑怯な戦い方、何か、役に立つんでしょうか。結局、先生の助けがなければ何も出来ませんでしたし」

「いえ。今回の件は必ず、綺羅星さんにとって大きな経験となりますよ」


 今すぐ彼女の人生が好転するわけではない。

 が、こういった経験を一度しておけば、人生の逆境に立たされたとき必ず役に立つ。


 影一の嫌う根性論ながら、綺羅星の将来にとって大きな糧になるだろう。


「何はともあれ、今日はよく頑張りましたね。お疲れ様でした」

「……先生も、たまには人を褒めることがあるんですね」

「私は優れた成果を出した人は、素直に賞賛致しますよ。賞賛しない理由がない」


 それに影一自身も、楽しませてもらった。

 人間、何事も経験。

 影一にとっても、彼女は人生ではじめて取った弟子であるぶん、色々と知見を得るよい機会となった。


「さて。そろそろ帰りましょうか。だいぶ遅くなってしまったので、綺羅星さんの親御さんに心配されないと良いのですが」


 影一が手を差し伸べ、はい、と彼女が頷く。

 その表情からは迷いが消え、これなら今後も問題なさそうだな、と影一が密かに確信し――





「……む」


 ふと、微細な魔力の波動を感じて顔を上げる。

 つられて綺羅星も、人工物めいたダンジョンの曇天模様を見上げ、


 直後。

 びり、とダンジョン全体を揺らすかのごとく轟いた波動に、影一が眉を寄せた。


「ひゃっ……!」


 綺羅星が大地震でも起きたかのように膝をつき、その身体を支えながら、これは何事か――迷宮がきしんでいる?

 ……この予兆は、まさか。


「妙ですね。ダンジョンボスが活性化している?」

「え」

「ですが”雪原氷山”はまだ未開拓のダンジョンであり、ボスに到達した者もいないはず。不自然です」


 考えられる原因としては、何者かが”雪原氷山”のダンジョンボスとエンカウントし、目覚めさせた可能性が高いが……。

 一体、誰が――いや、考えるのは後で良いか。


 いま懸念すべきことは……何かがダンジョンボスを中途半端に刺激し、活性化させてしまったという事実だ。

 もしダンジョンボスを中途半端に傷つけ、暴れ狂ったダンジョンボスが迷宮を破壊すれば、最悪、ゲートクラッシュに陥る危険性がある。

 そして”雪原迷宮”がクラッシュすれば必然的にS級ダンジョン”凪の平原”もゲートクラッシュを起こすことになり、被害の程は計り知れない。


 ……やれやれ。

 どうして面倒事は、毎回こうも重なるのか。

 今日は綺羅星の成長を見届け、気分よく眠りにつくはずだったのに。


 まったく、と影一は悪態をつきながら、綺羅星にもうひとつ魔力ポーションを手渡す。


「申し訳ございません、綺羅星さん。お疲れのところ恐縮ですが、緊急の仕事が入ったようです。いえ、正確にいえば私の仕事ではありませんが、本件を放置すれば将来的に、私にとって大変なストレスになる可能性がございます」


 安心安全、ノンストレスで布団に籠もり明日を迎える。それが影一普通のめざす理想の人生だ。

 その理想を体現するために、現時点で余計なものは処分しておくのが最適だろう。


「では参りましょう。残業はしない主義ですが、仕事とあれば致し方ありません」


 全く面倒な、と影一はひとつ溜息をつきながら、事前に印したマップに基づきボスの元へと急行した。




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― 新着の感想 ―
視認?例の姿消すやつ使わないの?
死ねば終わる関係なら卑怯は何のデメリットも無いんですよね あのナンバー何とか、余計なことしかしないな…
うんいつも通り素晴らしい
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