第47話 師匠として
「では改めて、状況を整理しましょう。綺羅星さんは相手の友達に呼ばれ、悩んだ末にダンジョンでの闇討ちを考えた」
「……本当は、どうしたらいいか分からなくて、先生みたいにやったらどうかなって思って」
淡々と答える影一につられてか、綺羅星の声が少しずつ落ち着きを取り戻す。
いい傾向だ、と影一は頷きながら続ける。
「それでまず、相手を誘い出すために靴や靴下を置いて誘導した。相手は案の定それに乗ってきた、と」
こくこく頷く綺羅星。ミミックが得物を誘うかのような配置は、中々に面白い。
今度、自分も試してみようと思う。
「それで得物がノコノコと入ってきたのを確認し、綺羅星さんはフロア奥の扉の裏手に隠れた」
「部屋の中にいると、見つかってしまうので」
「それで、お友達が入ってきて、まずどうされました?」
「……知らない男の人が二人いたので、まずは男性を背後から襲いました。力で攻められると、まずい、と思ったので」
ダンジョンでの強さは魔力に比例するものの、男性のほうが筋力が強い――正確には、魔力を力に配分していることが多い。
男から無力化するのは、全員を制圧する観点から見ても間違っていない。
「それで男二人を動けなくするため、膝と腕を切った。いい判断です。それで?」
「……次に、城ヶ崎さん……お嬢様を、チェーンソーで叩いて。好きではない子でしたけど、悪い子ではなかったので……迷いが……」
「まあ人間ですから、そういうこともあります。それで?」
「残りの二人……姉妹が目の前で喧嘩し始めて……たぶん、どっちかを生贄にして逃げるつもりで揉めてたと思います。それで、姉が前に出されて」
「それで?」
「……チェーンソーを振りかぶって、でも、本当にやっていいのか一瞬迷って、そこで先生の声がしたので、慌てて”ハイドクローク”で逃げました」
「一応確認ですが、レコーダーは?」
「”察”で確かめたので、たぶん大丈夫です」
ダンジョンレコーダーは通信に魔力を用いているため、魔力を探知することで所持判別が可能だ。
ふむ、と影一は時系列を整理したのち、まず一言。
「綺羅星さん。私はお世辞の類は苦手ですので、素直に受け取ってください。――良い出来です。計画に粗はありますが、全体的にきちんと頭が回っていますね」
「っ……けど、目撃証言とか……あの姉妹と、部室棟の裏で待ち合わせてたって話を出されたら、私が疑われて」
「言い訳など幾らでも出来ます。例えば、綺羅星さんもその鎧の化物に襲われたとか」
偽装工作は隠蔽の基本。それ位はやって当然だ。
「放課後、綺羅星さんには友達と待ち合わせる予定があった。相手は深刻な悩みを抱えており、人目のつかないところで相談しようとダンジョンを選んだ。そしたら謎の化物に襲われ逃げ出した」
「……で、でも。犯人は私だって、あの姉妹はきっと」
「モンスターの正体が、鎧を着込みチェーンソーを担いだクラスメイトだった? ホラー映画の見過ぎでは?」
私なら鼻で笑いますよ、と影一はくつくつと笑う。
その点は、心配する必要もないだろう。
「綺羅星さん。前に、あなたにはあなたの力がある、と言いました。今こそ、それを使うべき時でしょう」
「え……」
「あなたは自身の真面目さを、あまり好いていないように見受けられます。が、模範的な生活態度に、優秀な成績。遅刻や校則違反も一度もないその経歴は、強力な武器になります。……常識的に考えて、そのような真面目な子と、相手の姉妹のようにいかにも生活態度が悪そうな子と、どちらが社会的に信用されるでしょうね」
事実がどうかは、どうでもいい。
真に大切なのは、彼女が周囲からどのような人物として見られているか、だ。
聞く限り、その姉妹も教室ではうまくやっているようだが――見ている人は、見ているものだ。
「さらに、綺羅星さんに有利な点があります。……確か、私とあなたが如何わしい関係にあると噂されたとか?」
「っ……す、すみません。それは本当に、」
「であれば私が直に赴き、全ての誤解を解きましょう。狩人ライセンスとレコーダー付きで」
「へ? え、えええっ!?」
目が飛び出すほどに驚いた綺羅星に、影一はそっとPC画面を提示する。
実は――先程、依頼を受けた。
綺羅星が通う学校にできたダンジョン、その掃除業務の委託。
「私が掃除を行うついでに、先生方およびクラスの皆様にご説明いたします。歳が離れているのは事実ですが、綺羅星さんは将来について真面目に考え、私のダンジョン掃除の手伝いをしていると。その上で後日、綺羅星さんがきちんと狩人ライセンスD級でも取得すれば、十分でしょう?」
隠し立てすることはない。
影一は正規の掃除屋であり、狩人B級ライセンス所持のプロだ。
ならば堂々と説明したほうが、余計な勘ぐりをされなくて済む。
「けど先生に、そこまでご迷惑をかけるわけには――」
「奇妙な縁とはいえ、あなたは私の弟子になったのです。であれば、弟子を守らなくて何が師匠でしょうか」
「……っ」
「ああ。別段、私が善意に目覚めたわけではありませんよ。ただ、私はルールを守る性格です。あなたを一度弟子と認めた以上、あなたが裏切ったり余程期待に沿わなかった場合を除いて、私にはあなたを守る義務がある」
彼女とは一度、師弟関係になる約束を交わした。
ならば彼女を守るのも、影一の業務範囲内。
職場で部下を守るのは、上司として当然だろう?
「ですので、綺羅星さん。もう少し素直に、私を頼っても良いんですよ」
「……けど」
「あなたはまだ高校生。ご両親には頼りづらい環境のようですが、多少の面倒ぐらい見ますよ」
その程度、影一には造作もないし、そもそも自分の義務の範囲だろう。
それに……彼女には言わないが、綺羅星善子という人間は、見ていて面白いし。
そう告げると、綺羅星はなぜか再び、ぐっと我慢するように涙を堪え。
けれど耐えきれず、瞳に大粒の涙をため込み……
「っ、ううっ……」
ぽろぽろと涙しながら、恥ずかしがるように俯いてしまった。
ふむ。何か言葉を間違えたのだろうか?
影一としては、当然の言葉を口にしただけだが。
他人の心情変化にうとい一面がある影一には、彼女がどうして泣いているのか分からない部分がある。
まあ、悪い印象は持たれていないと思うが……。
それよりも――、影一としては、まだ他にやるべきことがある。
弟子である彼女に今後、同じような後悔をさせないためにも。
「綺羅星さん。ひとしきり泣いたあとで良いのですが、今後についてのお話を宜しいでしょうか」
「……ぁぃ、す、すみません」
「謝らなくて大丈夫ですよ。――反省をした後は、今後の改善を行いましょう」
彼女の計画は、及第点ではあるものの反省点が全くない訳ではない。
とくに今回の話は、彼女の致命的な欠点をあぶり出すよい機会だ。
「綺羅星さん。今回の計画ですが、何が悪かったと思いますか?」
「……えと。計画のずさんさ、ですか」
「違います。綺羅星さんは私が思うに、けっこう頭は良い部類の人間です。そうではありません」
「じゃあ…………強さ、とか」
「正解。それも、心の強さです。計画実行時になるだけ動揺せず、きちんと意思を強くもつ。そのために、何が必要だと思いますか?」
人差し指を立て、影一は師匠として弟子に伝える。
人の心を鍛える方法は、何か。
影一自身、理不尽だと理解しているが……人間の心に強い耐性を持たせる方法は、ひとつしかない。
首を傾げる綺羅星に、影一ふっとゆるく笑いながら。
「宜しければ今から、私と修行に参りましょう。ええ、時間は既に夜遅いですが、今からです」
*
そうしてひとしきり、綺羅星の話を聞き終えた深夜。
影一は真夜中にもかかわらず綺羅星を連れ、再び新規ダンジョン”雪原氷山”入口ゲートをくぐり。
広がる銀世界の中、咆吼とともに現れた本ダンジョン最強の雑魚モンスター。
”氷結竜アイスオーグ”を見上げ、どうぞ、と彼女に道を譲った。
「綺羅星さん。三十分あげますので、アレと戦ってください」
「………………は?」
ぽかんとする綺羅星に、影一は営業用スマイルを浮かべ、宣告する。
「本物の竜相手に死ぬ気で戦えば、今後、同級生にびびることもなくなります。何事も実践、まずはやってみましょう」
「は? 先生なに言って……」
「あ。油断してるとがちで死にますので注意してください」
「え、え、ええええええ――――――っ!?」
綺羅星が悲鳴をあげ、泣きはらしたばかりの表情が、ぐにゃっと歪んだ。




