第44話 歓迎
城ヶ崎からのグループメッセージを受け取った鎌瀬姉見は、面白くなってきた、と自宅ベッドに転がりながらにんまりと唇の端をつり上げた。
妹も似たような顔をしていることだろう、とほくそ笑む。
あのムカつく委員長に、きちんと友達としての立場を教えてあげる良い機会だ。
――姉見が綺羅星や城ヶ崎を連れ、ダンジョンに立ち入ったのは二週間ほど前のこと。
元々、告げ口をした綺羅星へのお仕置きを考えていた姉見は、たまたまSNSで流れてきた近場のゲートを利用する方法を思いついた。
学生が肝試し感覚で、野良ダンジョンにこっそり立ち入ることはよくある。
ただの冗談。
ダンジョン世代の高校生なら普通にやってることだ、と城ヶ崎を餌に綺羅星を誘い込んだ。
ポーションの購入を理由に、城ヶ崎をグループから外したのも計算通りだ。
……でも、最初はちょっと脅すくらいで終わらせるつもりだった。
魔物が出たら、どん、と背中を押してびびらせてやろう。
そうすれば、委員長も生意気なことは言わなくなるだろう、と。
けれど――
落とし穴を確かめるため背をかがめた綺羅星を見て、ふと、思ったのだ。
突き落としたら面白そうじゃね、と?
映画や漫画でよくあるやつ。
命乞いをする相手の指をぐりぐりと踏み、蹴飛ばして、奈落の底に落とすのはさぞ気持ちいいに違いない。
姉見も今年で十六。こういった経験も一回くらいやってみたい。
例えるなら、コンビニで見かけた新作のスイーツが美味しそうだったから。
ちょっとした遊びの延長。
そんな感覚で、突き落とした。
悪くない気分だったのは、覚えている。
……そこで終われば、気持ちよく全て解決したのに。
突き落としたあと一応、生死の確認はしておこう、もし生きてたら助けた体にして誤魔化そう……なんて、余計なことを考えたから……。
ああ。思い出すだけでおぞましい。
姿の見えないモンスターに火を噴かれ、全身を金属棒のようなもので殴られた、あの――
(最悪。ああもう、ほんと最悪……!)
ダンジョン内で受けたダメージは、すべて魔力に換算される。
よって服が燃える心配はないし、腕をおられても回復魔法で癒やせば元通りだが、それでも痛みはリアルに感じる。
結局あのあと、綺羅星は無事に助けられたみたいで――自分達だけ殴られ、燃やされ、親に叱られる理不尽極まりない扱いを受けた。
卑怯で、理不尽。
だから綺羅星に反省をさせるのは、友達として当然のことなのだ。
……そんな綺羅星が最近、背広姿の男と町中で会っている、と友人から聞いた。
実際にはただ買い物をしていただけ、らしいが――こんなチャンス、見逃すはずもない。
噂を立て、あの女をクラスで孤立させた。
ついでに城ヶ崎を利用し、あの女に弁明させる、という体で疑惑を深めさせた。
メッセージによれば、彼女が明日きちんと説明してくれるらしいが、もちろんまともに聞くつもりはない。
根掘り葉掘り男との関係を引きずり出し、あの女が泣いて許しを請うまで説明させるつもりだ。
明日が楽しみだなぁ……。
くふ、とベッドで転がっていると、妹からもメッセージが届く。
『ねえ、お姉。せっかくならみんなで歓迎しない? ほら、チクられた先輩もさ』
それは最高だ。友達の誤解を解く大切な機会、せっかくならみんなに聞いてもらったほうが彼女も喜ぶだろう。
にやにや笑いを抑えられないまま、姉見はそれいいねと返す。
ああ。あの眼鏡女がどんな顔を見せてくれるのか、今から興奮しすぎてたまらない――
*
「あら? 綺羅星さん、いらっしゃいませんわね」
翌日の放課後。
姉見は約束通り、城ヶ崎と妹屋、それと上級生の男二人を連れ部室裏を訪れていた。
先輩を連れてきたことに、城ヶ崎は不思議そうな顔をしたが「頼りになる男を紹介して、必要ならパパ活おじさんをとっちめよう」と説明したら納得してくれた。
この女本当にバカだなと笑いつつ、綺羅星を探すが……いない。
逃げたか? まあ、それはそれで。
「ねーお嬢、やっぱあの子ホントはやってんじゃない? ちゃんと説明できるなら、逃げる必要ないじゃんね?」
「それは……そうかもしれませんけど、でも綺羅星さんがそんな方とは……」
「お姉やみんなが時間を作ってくれたのに、これは酷い裏切り。自白してるようなもの」
妹屋に続き、上級生達もにやにやと頷く。
それにしても、委員長も頭が悪い。
ここで知らないフリをしても、明日には学校で会うのだ。逃げ場なんてないのに。
まあここで説明しても、逃げ場がないのは同じだけど。
あの女は既に、詰んでいる――
「……? お姉。何か落ちてる」
妹屋につつかれ、姉見も部室棟の裏に転がっていた、それ、を見つける。
「靴?」
片足だけ脱がされたローファーが、砂利の上にころんと転がっていた。
なにこれ、と顔を上げればすこし先にもう片方の靴が。
その奥にはソックスが、まるで脱ぎ散らかされたように、片方だけへたれたように転がっている。
姉見は誘われるように靴下へ近づき、――黄色いテープに阻まれる。
顔を上げれば、銀色に渦巻くゲートが目につく距離にあり、びくっとした。
……そういえば、校舎裏にダンジョンが出来たって言ってたっけ。
ダンジョンには正直、嫌な思い出しかないので近づきたくないけど――
「なあ。もしかしてその女、あのダンジョンにいるんじゃね?」
「え?」
「人目につかないところでの話し合いなら、ダンジョン、いいじゃん。それにこのダンジョン、出来たてでモンスターも弱いんだろ?」
確かに、ダンジョンの中で相談というのは悪くない。
むしろ、あの陰気な委員長の考えそうなことだ。
幸い、ダンジョンは出現したてであり、難易度も低い――D級下位かE級だろうとの話で、業者を呼ぶまでもないという噂も聞いた。
それなら……いやむしろ、人目につかないダンジョンの方が、やりやすいのでは?
「ふーん? そうだね。委員長、この中かな? 人目につかないところで話したいんだろうねぇ」
「そうでしょうか? 綺羅星さんが、校則違反になることをするとは思いませんが……」
「人に聞かれたくない話。つまり、いかがわしい話。委員長はもう罪を認める気かも」
妹屋が呟き、これは面白いショーになるな、と姉身は頬を歪める。
真実なんて関係ない。
言いがかりなんて、考えるまでもなく幾らでも言えるのだから。
「ま、とりあえず覗いてみよっか? お嬢、先いってもらえる?」
「わ、私ですか?」
「話し合いのためだからね?」
必要なことだからと城ヶ崎を先行させ、姉見も続けてゲートをまたぐ。
”洞窟”ステージ型の一本道。最奥に鉄扉がひとつ。
左右に分かれ道はあるが、鉄扉の前にもうひとつ靴下が落ちていたので間違いないだろう。
「委員長、そこにいるの~? ほら、引き籠もってないで出てきなよー」
恐怖を煽るように、姉見はわざと声をあげた。
ダンジョンに反響する声は、綺羅星には死神の足音のように聞こえていることだろう。
ああ。想像するだけでぞくぞくする。
きっとこの扉の向こうに、怯えたネズミのように震える委員長がいると思うと、もうそれだけで。
「ほら、委員長。どこにいるのー?」
「お姉。かくれんぼのつもりかな?」
「かなぁ。……こういう時って、なんて言うんだっけ? ああ、あれか。――鬼さんこちら、手の鳴るほうへ、なんちゃって?」
ぱん、ぱん、と煽るように手を叩きながら、城ヶ崎に扉を開けさせる。
さて、彼女はどう出るか。
言い訳を一生懸命考え、それでもうまく言葉が出ないまま真っ青になり、もしかしたらぶっ倒れるかもしれない。
それは最高だな、と姉見はにやつきながら扉をくぐり――
「……あれ?」
いない。
学校の教室ほどあるそこは、ただの、がらんどうな空洞。
「お姉、いないけど」
「っかしいなあ、こっちだと思ったんだけど」
余計な手間を。
チッ、と舌打ちしながら、顔を合わせたら絶対に痛い目をみせてやる、と誓った――瞬間、
ブルオオォォォォォ――――ッ!
「ぎゃあああああっ!」
え? 何?
びくっと身をすくめ、妹とともに振り返り――
「…………は?」
眼前の光景に、目を疑う。
ダンジョンに消えたはずの、クラスメイト。
綺羅星善子の代わりに、そこにいたのは――……
フルフェイスヘルメットのように顔面を覆う兜に、上半身から指先までを包む鋼鉄の鎧。
鎧兵士みたいな上半身に対し、下半身は校則違反ひとつしていない、ぴっちり揃えた赤のプリーツスカート。
硬質な金属製の鎧をガシャンと響かせるそれは。
なぜか、両手に真っ赤なチェーンソーを握りしめ。
”ともだち”と書かれた白のゼッケンを揺らしながら、最後尾の先輩を切り刻んでいる化物だった。




