第43話 理解してもらうには
友達を正してあげる。
耳にした途端、ぞわぞわとした寒気のようなものが綺羅星の背を這いずり回った気がした。
彼女は、なにを言っているのだろう……?
城ヶ崎がそっと胸元に手をあて、聖女のように。
「私は綺羅星さんの友人として、純粋にあなたを心配しているのです。……もちろん、お相手の方が綺羅星さんの仰る通り、ごく普通の方かもしれません。ですが、もしかしたら違うかもしれません」
「そんなの、私の勝手じゃ……」
「委員長さんはとても真面目だからこそ、ストレスが溜まって騙されやすいのでは、という話も聞きました。……綺羅星さん。何か困っていることがありましたら、私にご相談頂けると嬉しいです」
そっと綺羅星の手を取りながら、花のように微笑む城ヶ崎。
私は、あなたを心から心配している、と言葉に変わり態度で示す。
「委員長さん。高校に入学したばかりの頃、右も左も分からず戸惑っていた私に、あなたは声をかけてくれました。それはクラス委員長としての仕事だったのかもしれませんが、私にとっては高校でできた、初めての話相手だったのです。……その友人が怪しげな男に引っかかっていると聞かされたら、心配にもなります」
「っ……」
「汚らわしい表現になりますが、私の実家には多少のお金もございます。もし何らかの理由で金銭的にお困りでしたら、援助することも吝かではありません」
柔らかい指先で綺羅星を包む彼女には、悪意のひとつも感じられない。
純粋に友人を想う、心優しいクラスメイトの鑑だ。
だからこそ――タチが悪い。
彼女には自覚がない。
友達だから助けてあげるべき、と無意識に上から目線で語り、影一のことを身勝手に悪人だと決めつける、その傲慢さに気づいていない。
……彼女が善意で語っているのは分かるのだけど、同時にそれは、無自覚な悪意でもある、と思う。
「いかがでしょう。何か、問題はございますか?」
「……そこまでしなくても、大丈夫です。彼は、そういう人ではありませんので」
「私もそう思いたいのですが、皆さんが怪しまれてる以上、誰かがきちんと確認したほうが良いかと……」
余計なお世話だ。
彼女は、綺羅星と鎌瀬姉妹の間にあったことも、綺羅星と影一の関係も知らない。
部外者は黙っていてほしい。
その上で、今まで通り表面上の友達として付き合うのなら、綺羅星もいつも通り会話が出来るはず、だから。
「……綺羅星さん。どうしても、理解して頂けませんか?」
「これは、私の問題ですので。……べつに、学校の成績が落ちたりしなければ、問題ありませんよね?」
「成績だけの問題ではありません。綺羅星さんの人生に関わる、大切なことです」
「子供じゃないので、それ位は自分で考えますから」
心配してくれるのは嬉しいけど、と返すと、彼女は残念そうにゆるりと首を振った。
……理解せずとも、諦めてくれた、かな?
なんて、身勝手な期待をした綺羅星だったが――
「畏まりました。では個人的に調査をさせて頂きます」
「――は?」
「お父様にお願いして、専属の探偵を雇って調べていただきますわ。ええ、ご安心ください、先方にご迷惑をかけるつもりはございませんので」
「ま、待って。それはダメ……!」
「どうしてです? ご安心ください、お父様お抱えの調査員はとても優秀で、相手に気づかれないと父も自慢していましたので」
それは違う、と綺羅星は零れかけた声を押しとどめる。
だって。綺羅星が知る影一普通という男は、神経質なまでに“安心安全”に気を配る人物だ。
そんな彼が、他人から調査される不快感を見逃すはずがない。
彼は必ず、逆追跡をするだろう。
そして必ず、調査員の出所が城ヶ崎だと気づき、芋づる式に綺羅星にもたどり着くだろう。
綺羅星はただ、先生に自分達のいざこざを持ち込みたくないだけなのに、これでは意味が無い……!
「城ヶ崎さん。何度も話してますが、彼はそんな人ではないんです。ただ、私は彼に迷惑をかけたくないだけで」
「そんなに必死に隠されては、逆に疑ってしまいますけど……」
「そもそも私に売りなんて怖いことできませんし……自分で言いたくはないですけど、委員長、なんて呼ばれてるくらい真面目な私に、そんなことできると思いますか?」
「……綺羅星さんの性格は存じているつもりですが」
「だったら私を信じてください。お願いです。私達、友達ですよね?」
綺羅星はここぞとばかりに”友達”を利用する。
日頃散々、友達、という切れ味のいいナイフで刺されてきた身だ。たまには刃を返してもいいはず――
「分かりました。では、その説明を――鎌瀬さん達の前でして頂いても、宜しいでしょうか?」
「…………は?」
「鎌瀬さん姉妹も、綺羅星さんが心配だねと皆に相談していたのです。先の、売りの話も」
「っ……!」
「ですが、綺羅星さんがそこまで仰るのであれば、ご自身で説明された方が良いかと存じます。もう一度、皆できちんと話し合いをいたしませんか? 友達として」
話し合えば分かるから。
鎌瀬さん達も理解してくれるから。
疑うことを知らない眼が、人類は話し合えば戦争はなくなります、と言わんばかりに善意をゴリゴリに押しつけ綺羅星を圧殺しようと迫る。
「今年一年、また同じクラスになりましたし……今のうちに、お互いわだかまりを解いた方が、お互いのためになると思うのです。クラスメイトとして、友達として今年一年、仲良くしていきたいですし」
ね、と彼女が笑ったところで朝のHR開始を知らせるチャイムが響いた。
約束ですよ、と彼女が笑う。
「明日の放課後など、どうでしょう。皆さんで集まって、きちんとご説明して頂ければきっと分かってくれますから」
「っ、待って、私説明するなんて一言も……」
「でもそうしないと、クラスの誤解が解けません。鎌瀬さん達も、ちょっと早まってクラスに噂を流しているようですし、誤解は早いうちに解いておかないと」
不自由な二択だ、と綺羅星は直感する。
説明を断れば、綺羅星にまつわる根も葉もない噂がクラス中を駆け巡り、自分の居場所はなくなるだろう。
さらに、城ヶ崎が影一の調査のため勝手に探偵を派遣する可能性もある。
先生への迷惑は、避けねばならない。
……けど。
鎌瀬姉妹に”友達”として、影一との経緯をすべて説明をする……?
「大丈夫です、綺羅星さん。あなたがきちんと説明してくだされば、きっと皆さんも分かってくださいますから」
説明。それは本当に説明なの?
本当は……綺羅星という魔女の戯れ言を蔑み、笑い、断罪するためではなくて?
……これでは。
まるで、公開処刑じゃないか――
「では明日、宜しくお願いいたしますね、綺羅星さん」
城ヶ崎が上機嫌に、部室棟裏を後にする。
その背を見送り、綺羅星は恐怖のあまり己の身体を抱き留めながら、耐えがたい吐き気を覚えて蹲る。
「っ……」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
私はただ、先生に迷惑をかけたくないだけなのに。
それだけなのに、どうして、こんな。
思考が袋小路に閉ざされていくのを感じながら、綺羅星はぎゅっと唇を噛んで涙を堪える。
分からない。分からない。わからない。
結局、私は弱いままなのだろうか。何も、変わることは出来ないのだろうか?
鎌瀬姉妹にやられたい放題なまま、今回も、黙って耐えるしかできない自分。
ああ。
私って本当にダメな人間だな……と地に膝をついて項垂れ、帰る気力もなく天を見上げ――
ふと、地上に視線を戻す。
目に映るのは、部室棟の奥に張られた黄色いテープ。
確か……学校裏にダンジョンが出現したので、近づかないように、と。
「…………」
綺羅星はふらりと、テープを越える。
校舎と囲障に挟まれた広間に、小さな銀色の渦がある。
綺羅星が足を踏み入れると、現れたのは岩盤に囲まれたダンジョン。
”洞窟”ステージだ。
綺羅星はそのまま数歩進み、たどり着いた広間にてインベントリを展開。
「………………」
無言のまま、血色に染まったチェーンソーを、




