第40話 楽しみ
政府がS級ダンジョンの掃討依頼を出す理由は、三つある。
ひとつはお題目通り、ゲートクラッシュの危険性を減少させるため。
S級ダンジョンは内包許容魔力限度が極めて高く、ゲートクラッシュが発生しにくいと言われてはいるが、万が一発生すれば致命的な影響が出るのは歴史が証明している。
二つ目は、狩人の実力調査。
掃討作戦を通じて優秀な者を見つけ、引き抜きたいという動機は理解出来る。
そして、三つ目は――新規ダンジョン攻略のための、下準備だ。
迷宮庁役人の撤退を確認し、影一はふわりと音もなくダンジョンの床に降りる。
時刻は深夜。
基本的に、夜間のダンジョン侵入は推奨されていない。
モンスターの強さが激化するうえ、犯罪の温床になりかねないとして迷宮庁が注意喚起を行っており、四大ダンジョンへの時間外侵入には明白な罰則もある。
それを理解した上で、影一は”凪の平原”中層北部……地下へと続く階段の脇に佇み、傍の壁を調べていく。
案の定、隠し通路が見つかり――
その先に渦巻くのは、銀色に輝く新たなゲートだ。
「……予想通り、新規ダンジョンへの対策、でしたか」
ダンジョンは、一つのゲートにつき一迷宮が基本だ。
が、全20層以上にもおよぶS級ダンジョンとなると、その内部は複数のステージにまたがる場合もあり、またごく稀に、ダンジョンから新たなダンジョンへ繋がる”派生ゲート”が出現する場合がある。
迷宮庁が掃討作戦を行ったのは、この”新規ダンジョン”を捜索するための前準備だろう。
前世、LAWのアップデートでも似たようなイベントがあったからだ。
さて、と念のため装備していた”ハイドクローク”を外し、遠慮無くゲートをくぐれば――景色は一転。
視界一面に広がる銀世界と、遠目に窺える氷山を前に、ほう、と零した吐息が白く染まる。
「”雪原”ステージですか」
突き刺すような肌寒さ。
防寒対策を行わなければ持続的な冷気ダメージに加え、純粋な肌寒さからどうしても身を縮めてしまい行動もままならない。
戦闘においても雪に足を取られ、野生の魔物相手に苦戦は免れない。
そして、雪原ステージの中で代表的なモンスターと言えば。
「……やはり、来ますか。懐かしい」
革靴を擦り、空を見上げた影一の前でゆらりと影がゆらめく。
曇天の向こう、びゅお、と巨大な影が空を横切り、身を震わせるほどの咆哮とともに侵入者を迎えるのは――巨大な翼に、竜頭をもつ怪物。
ファンタジー界隈ではお馴染みの、しかし、現代ダンジョンにおいて未だ最強の一角を誇る巨大な竜が、愚かな人類を見下すように羽ばたき、蒼き眼光を輝かせていた。
”氷結竜”アイスオーグ。
”業炎竜”フレアオーグ、”雷鳴竜”ボルトオーグと対を成す属性竜の一種だ。
敬称の通り、氷鱗に包まれた表皮に並大抵の武器は通らず、その俊敏な飛行能力ゆえに近接武器ではそもそも刃が届かない。
弱点は、炎。
が、生半可な炎スキルでは逆に容易く凍てつかされまるで歯が立たないことだろう。
攻撃方法も凶悪で、口から放たれる典型的な氷ブレスに氷結弾。
竜特有の毒を含んだ尻尾攻撃に、巨体を生かした滑空や体当たりなど、厄介極まりない――
ただの、雑魚モンスターだ。
「ダンジョンボスでないのは存じていますが、とはいえ、攻略の障害にはなります。まずは排除いたしましょう」
影一が悠々と構えたのは先日、ニャムドレー氏に作成して頂いた”竜弩砲”。
空飛ぶ竜を落とす意味で持ち込んだこの武器は、当然ながら”竜特効”を備えている。
影一の人生に、苦戦はいらない。
バトルの興奮も、緊張も危機感も必要ない。
可能な限り100%安全に、敵を一方的に蹂躙する……当然、竜に対して竜特効武器を使う。
と、影一はきっちり敵に狙いを定め――
「……ふむ……」
珍しく手を止め、一旦クロスボウを収納する。
気が変わったのは今日の昼時、自分の弟子がゴーレム相手に奮闘していたのを思い出したからだ。
弓矢で蹂躙することは容易い。
影一のスタイルにも合致している。
が、たまには……
身体を動かし、直に戦闘をすることで肌感覚を取り戻すのも、悪くない。
ゴーレム相手では、些か物足りなさを感じていたところだ。
「何事も、楽をするのが私の主義ですが……楽をし過ぎると、本番のときに身体がなまります。たまには直に、刃を交えるのもいい運動になるでしょう」
弓を仕舞い、ショートソードと小盾を構える。
通常戦闘なんて久しぶりだと笑いながら、ふと――影一は自分でも気づかないうちに、弟子の影響を受けてるなと自覚する。
影一普通の人生は、常に自己完結を目指してきた。
他人に関わらず関わらせず、業務上必要なことを除き、他者とのコミュニケーションを可能な限り排除してきた。
人間は、面倒くさい。
親や家族、職場の上司や同僚、元クラスメイト――その大半は、面倒事を持ち運んでくる存在だと影一は思っている。
だからこそ他者との関わりを避け、日々自由に過ごしていたのだが……。
(そんな自分が、他人から影響を受けるとは、面白いものです)
綺羅星の弟子入りにより、影一にも学ぶべき点はあった。
特に、上半身鎧が他人からモンスターに見えるのは盲点だった。
他にも、久しく忘れていた基礎訓練の大切さや、モンスターとの基本的な戦闘方法。――懐かしさと同時に、自分が忘れていたものを思い出す。
(たまには私も、効率を捨てて真っ当に戦いますか)
ぐっと背伸びをし、靴底に触れる雪の感触を確かめ。
雪に足を取られないよう下半身に魔力を流しつつ、影一はこちらを睨む氷竜へと剣先を掲げる。
「今日の私は、些か機嫌がいいのです。それに、せっかくの新規ダンジョンへの挑戦。……少しばかり、遊び相手になっていただきましょうか」
挑発するように、くい、と手招き。
応じるように、氷結竜アイスオーグが自身のステータスUPと威嚇を兼ねた“竜咆吼”を放ち、ぎらつく口元に魔力を集束させる。
青白い光とともに、レーザー光線の如く放たれ、迫る氷ブレスを前に。
影一は左手に小盾を構え、軽々と弾くようにパリィを決めながら、楽しげに竜の胸元へと飛び込んでいった。
――自分は、冷血漢な男ではあるが。
たまには、ゲームを楽しむのも悪くない、なんて思いながら。




