第33話 たまには
……とまあ、いくつかのトラブルはあったものの。
外見がヤバい点を除けば、影一の上半身装甲は首狩り兎に対しきわめて有用であった。
迷宮の中腹、群れを成して迫る兎の群れ。
赤目を輝かせ飛び込んでくるモンスターに、綺羅星は指先まで覆ったガントレットにサバイバルナイフを握り、敵の軌道に備える。
こちらから刺すというよりは、相手の飛びかかってきた先にナイフを添える、カウンターの構えだ。
「っ、わっ……!」
一匹仕留めたものの、その隙に、二匹目に首を狩られる。
ガン、と硬質な衝撃によろめくも上半身鎧はびくともせず、綺羅星はすぐさま姿勢を正す。
綺羅星はまだ、ダンジョン初心者だ。
対する首狩り兎は、中層に登場するモンスター。実力的には圧倒的に不利だが、それでも、影一の鎧がある限り兎からダメージを受けることはない。
「綺羅星さん。こちらの安全は確保されていますので、慌てず、一匹ずつ仕留めてください」
「はい!」
「戦闘に必要なのは情熱や気合いでなく、確実丁寧な手順です。決められたことを決められた通りに処理しましょう」
鎧の中、汗だくになりつつ必死に刃を振るう綺羅星。
そんな弟子から目を離さす、後方に陣取った影一は左右から襲いかかる兎にトラップとショートソードで対応していく。
前衛が綺羅星、後衛が影一の布陣だ。
実力を考えるなら、影一が前に出るべき場面だが――理由がある。
ひとつは、綺羅星自身に直接的な戦闘経験を積ませるため。
もう一つは、レベリングだ。
人間のもつ総魔力量を上昇させる方法は、ダンジョンにてモンスターを倒してレベルを上げること。
それ以外にない。
いくら金を積んでも、ダンジョン外で勉強しても、これだけは自身の戦いを通じて獲得するしかない。
そして中層に登場する首狩り兎は、初心者である綺羅星にとってはまさにご馳走。
平たくいえば――安全を確保した上での、パワーレベリング行為である。
「っ! せいっ!」
綺羅星のナイフが煌めき、兎の身体がきれいに割かれた。
命中精度が上昇している。どうやら、目が慣れてきたらしい。
いかに安全とはいえ、首狩り兎の速度は結構なものだが――と感心していると、がさり、と草原の一部が不自然に盛り上がった。
「綺羅星さん、来ましたよ」
「分かってます!」
もぞもぞと地面が隆起しゆっくりと立ち上がるのは、全身に草木をまとった二足歩行型モンスターだ。
草原ゴーレム。
並の打撃や斬撃では全身を覆うしなやかな草木を割くことすら出来ず、かといって刺突系の攻撃では、自然の鎧の奥に秘められた石造りの胴体に傷一つつけることも叶わない。
セオリーは炎系魔法で体表を守る草木を燃やし、石の胴体を露わにしたところにハンマー等で破壊。
或いは物質系モンスターの弱点となる、特別な魔法を使うべきだが――
「っ……!」
綺羅星が一瞬怯むも、すぐに、ナイフ一本でゴーレムの元へと駆けていく。
草原ゴーレムが腕を振り上げ、叩きつけた。
綺羅星はするりと反復横跳びで回避し、そのまま、ゴーレムの股下をくぐり抜ける。
すれ違いざま、ゴーレムに隠れていた二匹の兎が跳びかかるが、鋼鉄の鎧に弾かれ不発。
そうしてゴーレムの背後に回った彼女は、くるりと振り返って地を蹴り――ゴーレムの背に飛びついた。
「せいっ!」
気合いを入れてゴーレムの背中にへばりつき、多い茂った草木を握りながら壁を登るクライミング。
上半身鎧にスカート姿の女が、ヤモリの如くゴーレムを昇っていく様は異様だが――それでも、彼女は目的となる草原ゴーレムの首筋へと到着。
そして勢いよく、人体でいう首裏。頸椎後方にナイフを突き刺した。
グオオオオ……!
身体を揺らして悶える、草原ゴーレム。
一般的に知られていないが、ゴーレムの魔力伝達経路は頭部から胴体へ導線のように流れている。
中でも首裏の部分は表層から導線への幅が短く、攻撃を決めれば大ダメージを与えることが可能だ。
全身を揺らし、綺羅星を振り払おうとする草原ゴーレム。
が、好機を逃す彼女ではない。
必死に食らいつきながら、綺羅星はその手が痛くなる程にナイフを何度も何度も突き立てる。
やがて――
グオ……とゴーレムが小さな嘶きをあげ、膝をついた。
全身から青い煙が吹き上がり、綺羅星がなんとかバランスを整えつつ着地すると同時に、魔石へと変化する。
「た、倒せました……」
「よく出来ました。お見事です」
はあはあと息をつく綺羅星に、影一は素直な賞賛を送った。
草原ゴーレムは強いモンスターではないが、初見はあの巨体にびびってしまい本領を発揮できない者も多い。
――やはり、と影一は目を細める。
この子は、自分では体育や運動が苦手でびびりだと話していたが……土壇場になると、やるタイプだ。
ふっと笑う影一の前で、ガントレットで汗をぬぐう仕草をする綺羅星。
「……すみません、時間がかかってしまって」
「いえ。時間がかかるのは当然です。大切なのは、きちんと敵を倒せたという事実ですから」
最初は誰だって未熟。
影一とて例外ではない。
彼は確かに、前世のゲームことLAWの能力を引き継いだ特殊な人物だが、今に至るまで全く苦労しなかった訳ではない。
まだまだこれからですよ、と彼女を励ましたところに、再び草原の揺れる音。
見れば、再び草原ゴーレムが姿を現し――
ピピッ、と影一のトラップが発動し、爆発とともに青い煙となって消滅した。
……それを見た綺羅星が、呆れたように鎧の中で溜息をつく。
「先生。褒めて頂けるのは嬉しいんですけど、あんなにあっさり倒されると私の立場が……」
「確かに。では、今日は私も肉弾戦をしましょうか」
「え? あ、すみません、嫌味を言ったわけじゃ……」
「いえ。たまには身体を動かさないと、なまりますからね」
それに弟子の手前、自分だけトラップでというのも格好がつかない。
業務効率は落ちるが、たまには良いだろう……と、影一は肩を鳴らし、自らも滑るように魔物達の間をかいくぐり始めた。
*
迷宮庁、掃討作戦本部。
黒服の男――後藤は、副官である虎子から奇妙な連絡をうけ、顔をしかめた。
「後藤先輩。なんか、鎧を着た二匹の化物が、ゴーレムの背中を這いずりながら倒しているという情報が入ったんですが……」
「なんだそれは。この世の地獄か?」




