第31話 説明会
綺羅星のダンジョン用武具を調達した翌日。
影一達は次に参加する掃討作戦の説明を受けるため、綺羅星とともに政府指定の会場へと足を運んでいた。
迷宮庁指定の会議室は、刑事ドラマに登場する特捜本部のようなイメージだ。
多くの掃除屋や攻略者が揃うなか、背広姿と女子高の制服という組み合わせはかなり目立つため、綺羅星はかなり萎縮しているが影一はもう割り切っている。
定刻を迎えた頃、壇上に二人の人物が現れた。
一人は、ぱりっとした黒服スーツを着こなした小柄な女性。
童顔よりで愛嬌が滲み出る顔立ちだが、その歩みに無駄はない。
もう一人。主役と思わしき男は、ガタイのいい大男だ。
全身黒スーツに身を包み、岩の如き体躯をしたいかにも体育会系な男は「後藤」と名乗り、さっそく説明会を始めた。
「今回、皆様にご依頼したいのは政府指定S級ダンジョン”凪の平原”中層にあたる特定モンスターの掃討です。ニュースでご存じの方もおられるかと思いますが、大量発生の懸念が高まっているため、その前処置となります」
政府指定、四大S級ダンジョンのひとつ”凪の平原”。
影一達の地元、福岡県博多駅を中心に広がるその迷宮は、四大ダンジョンのなかでも東京、大阪のものに次いで広大な敷地をもつ。
公営ダンジョンではあるものの、深層の全容は未だ未解明――と、表向きには言われている。
ちなみに、S級=最高難易度のダンジョン、と勘違いする者もいるが、実際は少々異なる。
確かに深層はS級に相応しいモンスターが出現する未踏破域だが、低層はE級~F級とも呼ばれるほどにゆるく、公営ダンジョンとして一般人の立ち入りも許可されている。
その他、狩人ライセンス取得のための条件が低層5階にいるボスモンスターの突破であったり、素材集めに有用であったりと、何かと便利なダンジョンでもある。
……と、綺羅星に説明すべきか考えていると、彼女が横からつついてきた。
(影一さん。質問いいですか? S級ダンジョンって、配信者もたくさんいてモンスター退治してると聞きますけど……それでも、追加でモンスター退治をする必要があるんでしょうか?)
(低層であれば必要ありません。ただ中層以降となりますと狩人も少ないですし、えり好みが発生しやすくなります)
モンスターが落とす魔石の価値はその強さに比例することが多いが、何事にも例外はある。
中には旨味の薄いモンスターも存在し、それらは当然、多くの人に避けられる傾向にある。
(そうしてダンジョン内の魔物が偏るとバランスが崩れ、ゲートクラッシュの危険性が高まる、という通説があります。なので定期的に、政府が報酬を出して掃討を行っているわけです)
(なるほど……狩人も大変なんですね)
(商売ですからね。誰だって旨味のあるものを優先しますし、私も出来るならメタルなスライムに魔神斬りだけして稼ぎたいものです。が、世の中そう上手くはいきません。そういう意味では、迷宮庁はきちんと仕事をしていると思いますよ)
SNSには迷宮庁を税金泥棒だの対策不十分だの訴える者も多いが、影一は評価している。
下支えしてくれる存在がいるからこそ、ダンジョン探索や住民の安全が保たれているのだ。
(……あれ? とすると、先生は今回どうしてこの掃除に参加されたんですか? 報酬、そんなにお高いんですか?)
(旨味は大してありません。が、私もフリーランスとはいえ社会に参加している身、時には善意と奉仕の心から参加することもあります)
(嘘ですよね?)
(嘘です。とある調査をかねての参加です。同僚の狩人の実力を見定めておく、よい機会ですし。――先方も同じ気持ちでしょうが)
影一が会場をさらりと見渡す。
優秀な狩人は、どこの業種であろうと引っ張りだこだ。
もちろん政府も例外ではなく、こういった大規模イベントの際に実力を見極め、のちに直接スカウトしようと目論んでいるケースも多い。
(先生はスカウトされたいんですか?)
(まさか。お役所仕事なんて御免です。とはいえ、会場に集まる実力者がどれくらいかは、市場調査もかねて把握しておこうかなと。将来的に、厄介事に巻き込まれたときに対応できるように)
(……先生的には、この会場で一番強い人は誰か、わかりますか?)
綺羅星が後方席から参加者を見渡す。
強そうなのは、作務衣に刀をした達人っぽいお爺様か……一番前の、三角帽子を被った魔術師様か。
悩む綺羅星に、影一はふふっと笑いながら。
(強さの基準はいろいろありますが、厄介、という意味での一番は彼女ですかね。敵に回すと面倒そうです)
示したのは――壇上の黒服男の隣にいる、背広姿の女性だった。
え、と綺羅星が瞼をぱちくりさせる。
(あのボブカットの、地味そうな人ですか?)
(単純な実力でいえば、壇上の男が桁違いに高いです。ただ、いい意味でも悪い意味でも、あちらの子は敵に回すと厄介そうな魔力をまとっていますね)
まあ政府組織の人間と敵対する気はないが。
影一の囁きに、綺羅星もあらためて少女を伺う。
胸元のネームプレートに『虎子』と下げた、童顔に似合わない名前をした女性が、……そんなに強いのだろうか?
綺羅星は探る気持ちで、手元のペンライトから魔力を飛ばし……って、地上では魔力濃度が薄いせいで”察”は使えないんだった。
しまった、と思った時。
彼女――虎子が綺羅星を見つめ返し、ぴっ、と指を弾く。
(綺羅星さん、いま魔力を飛ばしたでしょう。返されてますよ)
(!?)
(地上は魔力濃度が薄く、ダンジョン産アイテムの効果も薄い。ですが、気づく人は気づきます。それと、相手に魔力を飛ばすサーチ行為は喧嘩を売っているのと同義です。格上には自重するように)
(はい……すみません……)
青ざめて俯く綺羅星をよそ目に、影一は代わりに頭を下げ謝罪の意を示す。
こちらの不手際、申し訳ない。
が、素人の察とはいえ地上での魔力飛ばしに気づく感度か、と、影一は壇上の役人二人に対する認識を改めることにしたのだった。