第30話 武器選び2
は? え?
いや。あの……え? ナニコレ?
綺羅星はもう一度、自身の握りしめている武器を見下ろす。
どう見ても、何度確認しても、紛うことなきチェーンソーであった。
電動刃を回転させるタイプの、一般的には木を切ったりするための道具だが、ダンジョンでの用途はもちろん――って、そんな馬鹿な話!?
「すみません。何かの間違いじゃ……」
「いえ、お客様の選ばれた装備に間違いありません。ほら見てください、武器も喜んでますよ! 私を選んでくれてありがとうーって」
あ、ダメだ。
破光さんはなぜか目を輝かせ、初恋の人と無事に結ばれておめでとう、みたいな空気を醸し出している。
いやでも違う。違うのだ、綺羅星はこんな物騒な装備を使えるような性格ではなく……。
ああ、でも実は用途が違うのかも?
ダンジョンでは戦闘だけでなく、素材の採取や伐採といった行為も行える場所がある。
チェーンソーは木を斬るもの。
この武器は綺羅星に、モンスターではなくダンジョン林業に精を出せ、と教えてくれているのでは……?
「破光さん。この武器、もしかして素材集め専門とか、そういった平和的な運用に使うものなんでしょうか? だったら臆病な私にも似合って……」
「いえ。その”紅き血潮のチェーンソー”は歴とした近接武器です。業物ですよー?」
「二つ名付き!?」
物騒な固有名詞が出てきた。
ダンジョン武器で”二つ名”を持つ得物は”業物”と呼ばれ、特殊なスキルや能力を引き出す力もあったはず。
「……す、スキルとか、特殊効果は? もしかして、植物系モンスターに特効とか?」
もしかして自分には、植物と相性がよかったり。
まあ対人の荒事が苦手だし、その可能性も、
「対人特効です!」
「……」
「ダンジョン内限定ですが、対人、もしくは人型モンスターに有効です。一番効果が高いのは対人ですね。対人であれば相手の防御力を貫通し、鎧の上からでもぶった切ることが出来るかなり強力な装備となっております」
「…………」
「代わりに、他のモンスターに対してはさほど効果がありません。取り回しも悪く、非効率です。……つまり普段使いはできませんが、人間相手には圧倒できる超ピーキーかつクレイジーな武器、ということです!」
「………………」
「あと本武器には女性特効がついてます! つまり、お客様が心の底からムカつく女を足蹴にして切り刻みながら愉悦するのに最適、まさにあなたにぴったりで……」
綺羅星はチェーンソーを棚に戻そうとした。
その手をがっと掴まれ、破光さんが満面の笑顔で迫る。
「お買い上げありがとうございます!」
「!? いや私、まだ買うなんて一言も、」
「なに言ってるんですか、あなたが彼女を選んだんですよ、責任持って面倒みないと可哀想でしょう?」
か、彼女!? 責任!?
もしかして、チェーンソーのことを彼女と呼んでいらっしゃる!?
「あなたが手に取った時、彼女の鼓動が聞こえてきたんです。ああやっと、これで人間を刻める相棒と組むことができた、って……ご成婚おめでとうございます」
「何言ってるんですかご成婚って!?」
「それともお客様、一度手にした女は用済みであると? 真面目そうな眼鏡をしながら、とんだ浮気女なんですか?」
「意味分からないですし、わ、私、対人を想定した武器なんて使うつもりありませんし……! そもそもこんなので斬ったら殺人じゃないですか!」
「え、でも対人特効がある武器で人を殺さないなんて、中身のない餃子のようなもの……武器が可哀想っていうか……」
あ、ダメだ、この人。
外見は可愛いポニテ大学生なのに、中身が影一先生よりヤバい。
で、でもこんな武器、私には……それに値段も死ぬほど高そうだし……。
「とりあえず試し切りしてみません? 本店の奥に、試し切りコーナーもありますので」
「待ってください、買うなんて一言も」
「頭では嫌がっても、心と身体の相性は抜群……なんてことも」
「本当にないですから!」
抗弁も空しく、綺羅星はずるずるとショップ奥の専用スペースに連れてこられた。
カードゲームが出来そうなスペースには、テーブルの代わりに木製の案山子が並んでいる。
ダンジョン案山子という、斬っても斬っても再生する便利なサンドバッグらしい。
「…………」
けど、綺羅星はそもそも、チェーンソーの使い方を知らない。
一応、右手で後方のハンドルを、左手で前方のハンドルを掴む。
ぐっと両手で構え、綺羅星は右手の人差し指にあたるスイッチを押そうとして――いやでも、やっぱりムリなんじゃ……?
「ではお客様、その案山子があなたの大嫌いな人だと想像して、やっちゃってください」
「嫌いな人って……」
「いるでしょう? クラスに一人か二人くらい、バラバラにしたい子。会社の上司でも部下でもいいですし、私も前職のときは会社に隕石落ちてこないかなとか思いましたし。ね?」
恨みつらみのひとつやふたつ、と言われ、綺羅星の頭にふっと浮かんだのは――あの女達だ。
いつも綺羅星を呼びつけ、身勝手に椅子に腰掛けニヤニヤと笑う、あの女達……。
私達、友達だよね?
そう笑いながら心の底では綺羅星を嘲笑し、ドン、と奈落の底に落とすような。
いつも自分を見下す恐怖の対象にして、いつか、綺羅星が必ずやり返してやりたいと思っている、あの――
「っ……!」
どくん、と。奇妙なほどに、心臓の鼓動音が高鳴った。
直後、手にしていたチェーンソーの重みが消え、手に吸い付くようにフィットする。
刃を握りしめた綺羅星の視界が、真っ赤に染まる。
……この感覚は、何だろう?
よく分からないけど、今なら――
やれる。
殺れる。
確実にやれる。
そんな錯覚が、心の底から湧き上がり。
ぞわぞわと全身を駆け巡る魔力に身を任せ、綺羅星はぎゅっと奥歯を噛みしめ案山子へと飛びかかった。
……はっ!?
気がつくと、足下には徹底的なまでに四肢粉砕された案山子が転がり。
眺めていた破光さんが「素晴らしい!」と拍手し、しかも――って、いつのまに先生と、隣にヘンなウサギ人まで並んで微笑んでいた。
「待っ、ち、違っ……これは、あの……! ご、誤解で」
「影一さん、あなたのお客様は大変素晴らしい! 今後とも是非彼女を当店でごひいきに!」
「ええ。私も想像以上の相性のよさに驚いているところです。お支払いは後ほど」
「いえお支払いはいりません! ぜひ彼女に本武器を――」
「破光さん、商品の対価を趣味でねじ曲げてはいけません。社会人の常識です。……それにあなたも、店の収益があった方が、彼女の武器をより強化できるでしょう?」
「にゃはは、これはやりがい出そうだねぇ」
三者三様に綺羅星のことをからかい、もう! と顔を真っ赤にして否定する。
こんな武器、絶対に使わない。
絶対に、絶対だ。己の人生を賭けてもいい。
綺羅星善子はただ強くなりたいだけであって、こんな、他人を虐めるような武器なんてあり得ない。
頬を膨らませ、恥ずかしさのあまりぶんぶん首を振り、全力で否定しながら――
綺羅星は、血潮のチェーンソーを無意識のうちに、インベントリに仕舞い込んだ。
絶対に、使うことはないはずなのにと口にしながら。




