第26話 訓練
綺羅星の弟子入りが決まった二日後。
影一はさっそく彼女を連れ、とある路地裏――あまり治安の良くなさそうな、うらぶれた一角にある廃屋に足を運び、ぼんやりと開いていたゲートをくぐった。
構造は”洞窟”型ダンジョン。
ごつごつとした岩肌が並ぶ、スタンダードな洞窟タイプだ。
「では綺羅星さん。お伝えしました通り、本日から簡単な訓練を始めます」
「は、はいっ。……それで、このダンジョンは? 今日のお仕事先、ですか?」
「いえ。今日訪れたのは”穴ぐら”と業界で呼ばれているダンジョンになります。……そうですね、折角ですのでそこから説明しましょうか」
ごつごつとした岩肌の並ぶ、まさに地下洞窟のようなダンジョンをゆるりと進みながら、影一はふむと顎に手を当てる。
「基本的に、ダンジョン、と呼ばれる存在にはいくつか共通した仕様があります。……内部に異空間が広がっている。モンスターと呼ばれる化物がいる。”洞窟”や”森林”など様々なタイプのステージが存在する。そして放置すれば、ダンジョン内のモンスターが増殖しやがてゲートクラッシュに至る」
「地上にモンスターが出てきて、被害が出るんですよね」
「ええ。――そもそもダンジョンが地上に悪影響を及ぼさないのであれば、政府もわざわざお金を出して駆除対象にはしないでしょう」
実際ダンジョンが出現した当時、各国政府は新たな”資源”として大いに着目した。
ダンジョンにモンスターが出現するとはいえ、現代にはない領土に、新種のアイテム。
政府が動かないはずもない。
またモンスター自体も当初は新種の生命体とみられ、様々な分野への応用が期待された。
……結果、モンスターはすべて魔力をベースにした存在であり、DNAすら存在しない非生命体だとわかったが。
と、ここまでは一般知識の復習になる。
「ところで。綺羅星さんはS級ダンジョン、A級ダンジョン、という言葉を聞いたことはございますか? 来週、我々が挑む”凪の平原”もまたS級ダンジョンの一つですが」
「ええと、政府が指定した、日本にあるとても大きなダンジョンですよね? まだクリアした人がいないっていう……」
綺羅星が、そこで、あれ? と眉を寄せる。
「先生。そういえばS級ダンジョン”凪の平原”って、一般人でも駅前のゲートからふつうに入れますよね? 私も、体育の授業でダンジョン学習したとき行きましたし……」
S級ダンジョン”凪の平原”低層――およそ1階から5階までは、一般人にも開放されている。
専属の狩人に頼めば、素人でも観光がてらダンジョンに入ることが許される、それくらい緩い迷宮だ。
それに、S級ダンジョンは出現して五年以上が経過している。
……にも関わらず、ゲートクラッシュが起きたという話は聞かない。
理由は幾つかある。
一つ、政府がきちんと管理し、定期的にダンジョンのモンスターを駆除しているから。
二つ、S級ダンジョンは魔力内包量が極めて高く、モンスターが多少増えてもゲートクラッシュに陥らないから。
要するに広大なだけで、管理しやすいダンジョンなのだ。
「S級ダンジョンをはじめ、ダンジョンの中にはゲートクラッシュを起こしにくいものが存在します。それらは業界で”当たり”といわれ、貴重な資源として活用されます」
例えば、スキルの練習場にしたり。
定期的に出現するモンスターを倒し、一定量のドロップアイテムを入手する”養殖”を行ったり。
大型アミューズメント施設が併設され、ダンジョン内でエンターテイメントを楽しむことも可能になる。
「そして野良ダンジョンにも稀に、現実への侵食が低く悪影響を及ぼしにくいものがある。本ダンジョンもそれに該当します」
「へぇ……」
「そしてそういうダンジョンは、その気になれば人が住める。かつ、本ダンジョンは迷宮庁に発生報告が届いていない。つまり――社会不適合者や犯罪者の隠れ家、というわけです」
「!?」
「練習相手には丁度いいでしょう。死んでも困りませんし」
「!?!?」
資源は有効活用しなければ、と影一が平然と歩いて行くがちょっと待ってほしい。
途中から話の流れがおかしくないか?
「あ、あの……先生? 今日、練習する相手って……モンスターなんですよね?」
「ええ。モンスターです。それより本題に入りましょう」
「本題より先に危ない話があったような」
「今日お教えするのは、ダンジョン探索の基礎にして最重要技術。通称”察”と呼ばれるものです」
聞いたことのない単語に、綺羅星が眉を顰めた。
影一はそれに構わず、軽く人差し指を持ち上げる。
「ダンジョンにおいて最大の危険は、やはり敵との遭遇。それも不意打ちとなれば非常に危うい。逆にもし、こちらが常に100%先制攻撃できれば、その有利は言うまでもないでしょう。――その安心安全思想を実現するのが、空間魔力のサーチ。通称”察”と呼ばれる技能になります」
”察”。
その名の通り、相手の魔力を感知しあらかじめ存在に気づく技能だ。
先日、例のナンバーズをはめた時やモンスターの襲来を予測したのも、この技能によるもの。
スキルやアビリティとは異なり、訓練次第で誰でも扱えるようになる重要な技だ。
説明しながら、影一は彼女にペンライト型の魔法具を手渡す。
「先生、これは?」
「手元のスイッチを押すと先端から微弱な魔力が放たれ、さらに、反響して返ってきます。蝙蝠でいうエコーロケーション、アクティブソナーの魔力版といえば良いでしょうか。まずはそれを使い、微弱な魔力を出す感覚、受け取る感覚を掴んでください。……ちなみに魔力は視界よりも、肌感覚や匂い、熱感に頼った方がわかりやすいでしょう」
試しにそれで、周囲を探ってみてください。
影一にいわれ、綺羅星はペンを逆手に握りつつ、正面に続く十字路を睨む。
……魔力の感覚そのものは、綺羅星も高校のダンジョン授業で学んだ。
体内を巡る力――生命エネルギーのようなものが全身を包んでいることをイメージし、それを操る……
影一のいう”察”とは、その魔力を打ち出し、反響を聞いて相手の存在を確認する行為だろう。
「察で放つ魔力は、限りなく薄く。素人がたまに、察のつもりでがんがん魔力を飛ばしますが、アクティブソナーをがん飛ばしするのは喧嘩を売っているのに等しい行為です。そもそも、”察”していることを相手に悟られた時点で負け、それくらいの意気込みで行いましょう」
綺羅星がペンライトでごつごつとした洞窟を、その奥に広がる十字路を照らしていく。
自分の魔力をちいさく放ち、ぼんやり返ってきたものを、耳で、肌で感じる。
瞼を閉じる。
ぼんやりとだが、綺羅星の肌にひりひりと、洞窟らしいごつごつした魔力反響。それに加え……
背後から熱感のある魔力反応。
綺羅星はぎくりと身を強ばらせる。
ダンジョンに入って、ずっと一本道だったはずなのに――
「振り向かないように。気づいた、と相手に悟られてはいけません」
「っ……」
「そして今から、私がある仕掛けをします。それも感知できますか?」
言われて、綺羅星がもう一度ペンライトを握り周囲をサーチ。っ、と息を飲む。
いつの間にか、影一の背後に熱反応。
鍋蓋のような形の丸いものが、地面に仕込まれている……?
直後、綺羅星の背後で熱が蠢く。
反射的に振り返った先。綺羅星が見たのはにやついた髭面の汚らわしい男が、棍棒のようなものを掴み殴りかかろうとしてくる姿――そして、
ピピッ
「へぎょわっ!?」
眼前でぶっ飛び、壁に叩きつけられる様だった。
そのまま男は動かなくなる。
「…………」
「サーチしやすいように威力を高めましたので、魔力は全損したでしょう。生きてはいないはずです」
「え。殺した……ん、ですか……?」
そんなに、あっさり……?
青ざめる綺羅星に、影一は「ご安心ください」と優しく声をかける。
「モンスターを駆除しただけです。問題ありません」
「え。でもこの人、人間……」
「モンスターです」
「えぇ……?」
「人語を放ち人間によく似た思考を持ちますが、彼等は他人に危害を加えることに躊躇がありません。つまりモンスターなので掃除をしておくべきでしょう」
「いやその――」
「それに、綺羅星さんも心当たりがあるでしょう? 人間の皮を被ったモンスターの存在に」
綺羅星はハッとする。
……先日、焼き払ったあの姉妹。
あとで城ヶ崎に聞いたところ、彼女らはもちろん生きており、ダンジョン関連の病院に入院したのだとか――
「そういった邪な存在に対抗するためにも、”察”は重要です。常に先回りし、相手に攻撃させる前にこちらが一方的に敵を圧倒する。それこそ、安心安全ノンストレスにダンジョンを攻略するコツでしょう」
影一の辞書に、正々堂々などという無意味な単語は載っていない。
敵には120%の損害を与え、こちらは一切の被害なく悠々と待ち構える。
そのためなら卑怯だと何だと言われようと、殺虫スプレーでも不意打ち地雷でも何でも使う、それが影一普通という男だ。
「私はべつに、殺人を好むシリアルキラーではありません。ただ、世の中を快適に過ごすために最適な手段を取ったらそうなっただけなのですが……これが中々、理解されない」
「…………」
「では続けてダンジョンを進みましょう。”察”を使い、つぎのモンスターを感知してください」
え、と綺羅星はまたも目を丸くする。
……まだ、このダンジョンには……人が?
「このダンジョンにいるのは、社会に害をなす悪党ばかり。政府にダンジョン出現の報告もせず、いきなりこちらを襲ってくるような連中など、消えてもらった方が社会のためになるでしょう。限りある人的資源、有効に使わせて貰いましょう」
「で、でも相手は人で」
「練習で人をやれないと、本番でもやれませんよ。……とはいえ、初日から手を出すのは重いでしょうから、今日は私が掃除をしましょうか」
影一が当然のように二つ目の地雷を仕掛けるのを”察”する綺羅星。
続けて、影一がちいさく鼻歌を歌い始める。
その鼻歌すら、敵の油断を誘うためだと気づいた直後、背後でズドンと爆発音と悲鳴があがる。
自分は、もしかしたら、とんでもない人に師事してしまったかもしれない。
JKに火炎放射を勧めるような人だ、まともでないとは思ってたけど、ここまでとは。
……けど。
これが自分に必要な強さなのかもしれない、と、綺羅星は若干青ざめながら拳を握り、前をゆく先生とともに薄暗いダンジョンを進み――二人はその日、十匹近いモンスターを駆除することに成功した。
もちろん証拠は残さなかった。




