記念SS 将来の夢
本作品への応援いつもありがとうございます。別サイト(カクヨム)の方になりますが、本作品がとある賞を頂きましたので、記念SSを公開致しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
「そういえば綺羅星さん。私は近年の高校事情について詳しくはありませんが、そろそろ中間考査の頃合いではないでしょうか」
本日のダンジョン清掃業務を終えて帰宅する最中、ふと影一に問われた綺羅星はちいさく喉を詰まらせた。
綺羅星はごく普通の真面目な優等生JKだ。
ダンジョン業務はあくまでバイトであり、本分は学業。そもそも両親からバイトを許可されている条件の中には、テストの成績を落とさないことも含まれている。
元委員長として、成績維持は必須だ。
「一応伝えておきますが、ダンジョン家業にかまけて赤点を取るようであれば、しばらく業務は禁止ですよ」
「赤点まではないですけど……」
うむむ、と口ごもる綺羅星。……勉強は一応してるけど、最近ちょっと、トラブル続きだった。
鎌瀬姉妹との一件に、城ヶ崎との関係改善。
色々あったものの、最後はきちんと友情を確かめ合うことができ、ぶじ和解した……けど、”友達”関係に力を入れすぎて、学業が疎かにならなかったかと問われれば、心当たりがないこともない。
まあそこは、これから頑張ろうと思います……はい……。
「先生。すみませんが、一週間くらいお休み頂いても宜しいでしょうか」
「もちろんです。試験一週間前はバイト禁止、という学校もあるでしょうし」
「はい……」
これも学生の務め。仕方ない、と綺羅星は溜息をつきながら空を見上げる。
夕焼けに赤く染まりつつある公園。その先に居並ぶ高層ビル群へと目を向け、勉強かあ……と呟く。
……そういえば――
昔の綺羅星は高校を卒業した後、大学に行くしかないと思っていた。
親や先生がそう望むから、そうするしかない、と、ぼんやりと。
……そうして大学を何となく卒業して、就職して……融通の効かない自分は上司に叱られ、周囲とのコミュニケーションが上手くいかず、ぎゅっとガマンしながら一生を終える。
そんな未来を、想像していた。
けど、今は……
「先生。あのぉ……現実逃避、ではないんですけど。ダンジョン家業を続けるなら、大学に行くよりダンジョンでレベルアップした方が良い……とか、ありますか?」
ダンジョン家業を続けるなら、レベルは上げるに越したことはない。
もちろん創意工夫をすることで、格上のモンスターにも抗うことは出来るけど。
やはり基礎ステータスが高い方が、より多くのムカつく奴らをボコボコに虐め……じゃない、安心安全に倒すことが出来る。
なら、勉強よりレベル上げに励むべきでは?
「綺羅星さんの仰りたいことは、分かります。……ですが、よほど決意が固い場合を除いて、大学には通っておいた方が良いでしょう。もちろん、理由もあります」
「聞かせて頂いても、いいですか?」
「一つは、純粋に知見が増えることです。ダンジョンにてレベルアップをすることは大切ですが、逆にいえば、ダンジョンでの経験しか増えません。もちろん将来、その道にしか進まないと決意し、心中する覚悟があるというなら、止めはしませんが……幸い、いまのダンジョン界隈は門出が広い」
ダンジョン界隈は決して、人生の全てを費やさなければプロになれない世界ではない。
むしろ掃除屋家業は人手不足の傾向にあり、フリーランスにもかかわらず国から仕事を貰えるほどだ。
全てを捨てて目指さなくてはならないほど、過酷なものではない。
「そういう意味では、多少、回り道をしても問題ありません。むしろ回り道をして人生経験を豊かにした方が、将来いい狩人になれますよ」
「……そんなもの、なんですか?」
「ええ。経験は、人生を豊富にします。大学もその一つと思って、受けてみるのも良いかと。……あと単純に、大学を出ておいたほうが潰しが効きやすい、というのもあります。まあ私は古い人間ですし、最近は新卒カードもどこまで有効かは分かりませんが……困ったときに他の選択が取れるのは、便利ですよ」
「でも、他の仕事って言われても……」
いまの綺羅星には、イメージがつかない。
他に出来そうなこともないし……
「それに。もし綺羅星さんがダンジョンの掃除屋を続けて、五年後――世界からダンジョンが消えてしまったら、どうしますか?」
「――え」
「あり得ない話ではないでしょう」
そういえば、と綺羅星は改めて考える。
歴史上、ダンジョンが世界に初めて出現したのは2010年頃だと言われている。まだ、二十年も経っていない。
当時まだ幼稚園児だった綺羅星には、ダンジョンなんてあって当然のものだけど……
「ダンジョン家業は、水商売。いざ業界の形が大きく変わった時、ダンジョンのことしか知りません、では、将来困ってしまいますし、ね」
「なるほど。……ちなみに先生は、もしダンジョンがなくなったらどうするんですか?」
「私には掃除屋家業で稼いだ資金や積立がありますので、優雅にFIREですかね。一人引きこもってクリエイティブなことに勤しむもよし、ゲームに没頭するもよし。私、元々ゲーマーですので」
あ。ず、ずるい……!
ていうか前から思ってたけど、先生じつは結構蓄えありますよね。ダンジョン産アイテム、インベントリから山ほど出てきますし。
むううとふて腐れる綺羅星に、先生がふふっと笑う。
「倹約家の独身男性を、甘くみてはいけません。いわゆる独身貴族というやつです。……とはいえ、全く仕事をしないとそれはそれで問題がありますので、何かしらすると思いますけど」
「……ダンジョン以外の仕事を?」
「ええ。アテはありませんが、何とかなるでしょう。……本当に困ったら、迷宮庁の後藤さんに紹介して貰えないかと聞いてみますし」
気楽に答える先生に、この人ならきっとどんな所でも生きて行けそうだなと綺羅星は思う。
どこでも、優雅に。悠々と。
安心安全ノンストレスで。
たぶん世界が滅ぶような出来事が起きない限り、この人が揺らぐことはないのだろう。
……対して、綺羅星はまだまだ未熟だ。
将来のこともてんで分からない――ダンジョンがなくなったら、なんて、考えもしなかったし。
本当、知らないことばかりで……。
そんな自分に、出来ることは。
「……とりあえず、中間試験、がんばります」
「ええ。学生は学業が本分です、知識は学んでおいて損はありませんよ」
はい、と綺羅星は素直に頷き、帰路につく。
先生の合言葉。日常をきちんと真面目に、しっかりと……と胸に刻み、綺羅星は先生と笑顔で、別れた。
*
その夜――試験勉強を終え、綺羅星はベッドにころんと寝転がりながら考えた。
……私に向いてる、仕事。
掃除屋が一番だけど、他に、何かあるだろうか?
配信業。もちろん迷惑系じゃなくて、きちんとした攻略系やエンタメ系だ。
最近はダンジョングルメとか、ダンジョン生活配信とかもあるけど……。
そもそも自分は真面目なJK。成長したら真面目なOLになって、例えば……ダンジョンの受付係、とか?
ダンジョンツアー案内人となって人前に……いや、なんか違う……モンスターを倒してる方が楽だし。
仕事。仕事かぁ……
私に、向いてる仕事……そんなの……
……うーん……
『レディース&ジェントルメーン! 大変お待たせしました、第三回暗黒ダンジョンデスマッチ・バトルロイヤル開幕ぅぅぅぅ!!!』
『『『うおおおおお――――――っ!!!!』』』
『相手が死ぬまで殴り合え! 全てのダンジョンが攻略された今、世界をアツく盛り上げるのはPvP! 男も女も関係ねぇ、相手の魔力がゼロにならなきゃ何でもアリ! あらゆる暴力が罪にならない、バーリトゥードの世界へようこそぉぉぉぉ!!!』
『『『うおおおおお――――――っ!!!!』』』
『さあ早速選手の紹介だぁー! まずは……赤コーナーぁぁぁっっっ! 挑戦者に立ちはだかるのはもちろんこの女! 悪鬼羅刹、死神の生まれ変わりと言われる killer star! その手で血に染めた友達の数は如何ほどか!? お前は今まで殴り倒した友の数を覚えているか!? 仮面の恐怖、狂気のメリケン&チェーンソー女、綺羅星善子ぉぉぉぉ――!』
『『『綺・羅・星!!! 綺・羅・星!!!』』』
『対戦成績29戦0敗/29KO/29death! 挑戦者を五体満足で帰したことなき女王に挑むのは、勇敢なる挑戦者か、それとも哀れな生贄か!? 青コーナーぁぁぁっっっ――』
がばっ、と綺羅星は布団を引っぺがして起き上がる。
べっとりと流れる冷や汗を振り払い、いやいやいやいやいや! と首をぶんぶん振い、恐ろしい悪夢を振り払う。
……わ、私の将来の…………し、仕事!?
いやそんなはずはない、何考えてるの私と大きく息を吐き、いまは中間試験を頑張ろう! と、もう一度布団に籠もる。
人生はいつも真面目が一番だから……と自分にじっと言い聞かせつつ、綺羅星はぎゅっと小さく拳を握るのだった。




